39話―― イニシエの結末。
◇◇◇
それはこの領域を見下ろした時に気づいた最初の違和感だった。
上空から見えた古びた剣。
最初は奇妙な形の枝が生えていると思ったが――それは違う。
そもそも竜種の住まう領域に武器が落ちていることのほうがおかしいのだ
そして、歴史上この竜の巣に辿り着いた冒険者は一組しかいない。
(そこから導かれる答えは一つ!!)
死者を弔うトコシエ草の花を踏みしめ、一直線に目的地に向かう。
いまも伝説になっている邪竜と勇者の激闘。
その結末を国はなんと伝えた?
つまりあの剣が今もこの領域に残されているのには理由があるのだ。
そして――
(俺の固有スキルがあの剣を引き抜けと叫んでいる)
そうして僅かに呼吸を整えて上空を睨みつければ、いまも悠々とこちらの出方を窺う傷だらけの王者の姿が俺達を見下ろしていた。
ずいぶんと余裕そうに俺達を見下ろしているが――奴も十分消耗している。
すると横から挑むようなフィーネの声が聞こえてきて、
「……勝算はあるんだろうな」
「それこそやってみなけりゃわからないさ。冒険者に無茶はつきものなんだろ?」
「でもワタくん。あなたの右足が――」
「フィーネがこれだけ補助してくれたんだ。十分走れる」
あとはどれだけ俺の身体がもってくれるか。
大地を踏みしめるように右脚を動かせば、神経を通して突き刺すような痛みに顔をしかめた。
膝からフィーネの魔術式で覆われていた氷の義足。
足と呼ぶにはあまりにも不器用で不恰好な急造品だが
幸いにも固有スキル『自己管理』のおかげで拒絶反応は起きていない。
それに今は動けるのならそれで十分だ。
「さて、ここが最後のふんばり時だ。何がなんでも勝つぞ」
◇◇◇
爆音がダンジョン内に轟き、破壊の権化が大地を震わせる。
俺が彼女たちに伝えた作戦は至ってシンプルなものだった。
暴れろ。
ただそれだけだった。
おおよそ作戦と呼べるような代物でないことはわかっている。
だが拙い根拠を口にした俺の言葉をにべもなく信じてくれたのもあいつ等だった。
それにーー
「どうやら俺の予想は当たりみたいだったみたいだな」
フィーネ達が全力でエンシェントドラゴンの気を引いている間。
隙きを見て地面に突き立てられた『剣』に向かって走り出せば、怒り狂ったかのようにエンシェントドラゴンが暴れ出した。
王者としての誇りを投げ捨て、剥き出しの本能を開放したなりふり構わない猛攻。
地面が融解し、遠くの方で火柱があがる。
レオが何とか大盾を振るって攻撃を逸らし、ギリギリ生き延びてはいるがそれも時間の問題だ。
なにより――
(何度も頼るには限度がある――ッ!!)
固有スキル『物理反射』だって万能じゃない。
きっと何らかの欠点は必ずあるだ。
咆哮と共に放たれる殺気に堪らず、全身の細胞が警告を発した。
でも――
「オラオラ、よそ見してんじゃねぇぞクソトカゲ!!」
「あなたの相手はこの私たちよ!!」
フィーネの眼球を狙った執拗な嫌がらせ共に放たれる、アンジェリカの斬撃。
そして、返すアンジェリカの一閃が火球を切り裂き、
フィーネの限界を超えた光の矢が無遠慮にエンシェントドラゴンの鱗を削っていく。
もはやお互いなりふり構わない特攻の応酬。
背中にはエンシェントドラゴンのプレッシャーが依然として降りかかるが、もう振り返っている暇などない。
(――頼むぞ、お前ら)
祈るように拳を握り
今にも止まりそうな地面を蹴り出す。
一直線にワイバーンの群がる中央に突貫し、
ありったけのポーション爆弾を目くらましに使う。
爆風に煽られる身体を強引に傾け、僅かに開いた隙間に身体をねじ込む。
爪が、牙が、俺の身体を引き裂いていくが構うものか。
目標はあの妙に盛り上がった古びた剣だ。
それを引き抜くまではなにがなんでも生き延びてみせる。
「ぜったいにたどり着く!!」
時に身を捻り、飛びつきをワイバーンの猛襲を躱していく。
だが現実はそう簡単にうまくいかない。
初めに聞こえてきたのはドンドンと不気味に揺れるくぐもった『音』だった。
まるでダンジョンそのものを揺らすような振動。
フィーネ達がなにかやったのかと思ったが、そうじゃない。
この空気が乾くような緊張感。
それに続いて竜の巣そのものが揺れはじめ――世界の常識的な『何か』が砕かれる音が聞こえてくる。
「この魔力の高まりはまさか――ッッ!! ブレスだとっ!?」
この密封された領域でダンジョンそのものを半壊させたアレが放たれるというのか!?
反射的に飛びつくように地面に伏せれば、俺の周りを飛び交っていたワイバーンが消失し、あたり一面が白い閃光で覆われた。
まさに空気そのものを焼きつくす強力な魔力の胎動。
一瞬で音が消し飛び、生きとし生けるもの全てを滅ぼさんとする古竜の一撃が大地を震わせる。
だが――こっちにだって奥の手はある。
「フィーネ!!」
「ああ、耐火術式発動!!」
叫ぶように奥の手を口にすれば、フィーネの魔力に反応して虎の子のカウンターが炸裂する。
一回きりのブレスの無効化。
たまたま取れた退魔石で作った護石だが、使いどころはここしかない。
胸のペンダントが赤く燃え、結界を張るように一撃絶死の咆哮から俺達の身体を守り抜く。
トコシエ草の花畑が抉れ、大地が溶けるように融解していく。
そして背後のエンシェントドラゴンの口から放たれたブレスはまっすぐ――いくつも『視線』が俺の背筋を震わせた。
この肌を突き刺すようなプレッシャーはまさか!!
「あの野郎、これを狙って――ッッ」
反射的に振り返ればブレスはまっすぐ結界ではなく、竜の巣の岩壁に大穴を開けていた。
そしてその奥には、まるで予めそうなることがわかっているかのようにドラゴンの大群が配備され――
黄金の瞳と目が合った。
その拒絶ともいえる敵意は明らかに俺の方を向いており、全身に言い知れぬ悪寒が走る。
「くっそが――ここに来てこれかよ」
今度こそ悪態をつかずにはいられなかった。
領域の破壊。
並の生物ではダンジョンそのものを破壊するのは不可能だ。
だが普通の生物ではできない事でも生物の頂点であるドラゴンならそれができてしまう。
(自分たちの巣を破壊するなんて普通はしないがよっぽど触れられたくない何かがこの先にあるのだろうが、これはまずいッッ!!)
フィーネ達はエンシェントドラゴンにかかりっきり。
ポーション爆弾もこの距離では届かない。
おまけに奥の手は使い切り、この雪崩れ込むように吐き出されるドラゴンの火球。
(俺一人で捌くのは無理だ。――でもッッ!!)
最初から無傷で生還できるなんて思ってない。
あと少し、あと少しなんだ。
例え喉が焼け、肺がつぶれ、内臓をぶちまけようと一歩前に踏み出したとき、重心が僅かにブレた。
「なっ!! これは――!?」
急造の義足の限界。
フィーネの魔法に落ち度はない。
これは必要以上に無茶を重ねた俺の責任だ。
(だからってこんな時に壊れなくてもいいだろうが)
歯を食いしばりそれでも這うようにして前に進む。
するとその最後のあがきをあざ笑うかのように古の竜の咆哮があたりを震わせ、絶望の口が開かれた。
まるでエンシェントドラゴンの呼び声に応えるようにドラゴンの大群が一斉に口を開き始めた。
尋常ではない魔力の込められた灼熱の炎がまっすぐ俺に放たれる。
視界が真っ赤に染まり、時間が引き延ばされるようにゆっくり流れ始める。
ああチクショウ。結局最後まで足手まといのまま終わるのかよ。
そして数秒も満たずに火球が着弾する寸前――、
一陣の白い風が俺の前に立ちふさがった。
「諦めちゃダメっスよおにーさん!!」
幼さの残る声と共に、ガキン!! という炸裂音が全身に響き渡った。
ガチガチと盾と火球が拮抗し、
「うおおおおおおおおっーーりゃッッ!!」
両盾を弾頭に見立てて突っ込んできたレオがドラゴンの火球をカチ上げる。
でも――
「なんでお前がここに――盾役のお前がフィーネの所にいなくなったらあいつらは――」
「そのフィー姉ぇからの伝言っス。『あたしを焚きつけた責任を果たせ』だそうっすよ。まったくおにーさんに似て負けず嫌いッスよねぇウチのリーダーは」
あいつ、自分だってギリギリの癖に……
「まぁフィー姉ぇらしい無茶ぶりって奴っすよ。こればっかりは諦めるしかないっすよね」
「でも」
「レオだけじゃ役不足って言いたいんすか? 確かにフィー姉ぇほどの殲滅力はないッスけどこういう時は役に立つんすよ?」
そう言って下手くそにウィンクしてみせるが逆だ。
お前のスゴさは俺が一番よく理解している。
そうじゃなく、俺が言いたいのはーー
「いいんすよ、これで。レオの代わりなんてそれこそたくさんいるんすから」
まるでこのあとの結末がわかっていているような口ぶり。
その幼い口元がそれに――と言葉を区切り、
「仲間を守るのがレオの仕事っスからね。だからおにーさんは黙って守られてくださいっス」
スッとレオの目元が鋭く尖り、
迫りくる熱線をがむしゃらに、それでいて完璧な角度でさばき続ける。
ビシリと大盾から悲鳴が上がり、ひび割れた大盾の隙間から洩れる熱で肉が焼ける匂いがした。
それでも盾を振ることを止めないレオの身体に小さく赤い亀裂が走り、
「やめろレオ!! これ以上はお前の盾が持たない!!」
「まだ、まだあああああああああああ!!」
気合いの雄叫びと共に盾を振る勢いが増していく。
はぁはぁと重苦しい息づかい。
もうとっくに限界なんて超えているはずだ。
それでも懸命に腕を振るい盾の動きは止まらず、小さな身体を使って一切の火の粉すら寄せ付けない。
だが――
「くっそ、このタイミングでお前かよ!!」
それこそ一瞬の隙をついてフィーネとアンジェリカの包囲網から脱出したのだろう。
翼を広げ立ちふさがるエンシェントドラゴンが俺達をあざ笑うかのように大口を開けていた。
破壊の化身とも言うべきエンシェントドラゴンの一撃。
途端、今までどんな攻撃にも耐えていた2つの大盾からバキンッッッ!! と不吉な音が溢れ、
「あとは、よろしく頼むっすよ」
いったい誰に向けられた言葉なのか。
そう言って最後まで無邪気に笑ってみせるレオ。
でもその顔にはこれまでよく見慣れた自己犠牲の感情が垣間見え、
「待て、レオ。お前まさか一人で――」
「だっしゃらああああああああああああああッッ!!」
途端、爆発があった。
大地そのものを抉りとらんとする一撃が俺の身体を優しく捉える。
そして砲弾のごとく撃ち出された俺の身体を迎え撃つように、エンシェントドラゴンが真紅の咆哮を溜め込みーー
不可避の一閃が古竜の喉元を貫いた。
深々と突き刺さるアンジェリカの大剣。
それは一切過たず、竜種の急所である逆鱗を貫いておりーー
「ああ、たしかに任されたぜレオ」
「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッ!!!?」
完全に予想外だと言いたげなエンシェントドラゴンの断末魔がダンジョンに響き渡る。
イニシエの竜の最期の悪あがき。
だが、その一撃すら俺の仲間の援護によって空を切り、無惨にも崩れ落ちた。
「届けええええええええええええええ!!」
ありえないほどの竜種の大群。
その包囲網を真っ直ぐ突き抜け、火傷まみれの右手を大地に突き立てられた『剣』へと伸ばす。
それはどこにでもある普通の剣だった。
どこまでも平凡で当たり障りのない造り。
でもその柄に手が触れた瞬間。
俺の頭の中に『世界の声』が鳴り響いた。




