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38話―― 身勝手な覚悟の代償。

◇◇◇


 結界の天幕を張り終えれば、それでも俺の足は動いていた。


 役立たずなのも足手まといなのもわかっている。

 きっと多くの者は役目を終えたんだから休めというだろう。

 でも、仲間のピンチに満足して負えられるほどチキンなわけでもない。


 仲間が、自分より一回りも小さい子供たちが命を張っているのに、黙って見守ってましたなんて――


「できるはずがねぇだろーがアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 助走をつけて決死の覚悟で断崖絶壁の崖から飛び降りる。


 明らかな暴走。

 ダンジョンの純度の高いマナに当てられたか、それとも闘争心だけで動いているのか、とにかくそんなことはどうでもいい。


 フィーネはエンシェントドラゴンの存在に掛かり気味で後ろのブラックドラゴンがまだ生きていることに気づいていない。

 だったら俺ができることはただ一つ。

 この命を使ってでも彼女の身代わりになること!!


(固有スキルがなんだ。雑用がなんだ。ダンジョンでは等しく誰かの命が零れ落ちる場所だ。

 特別な力があったって何かできる訳じゃない!!)


 全部、俺の選択次第なのだ。

 だったらどこでどう命を使おうが俺の勝手だ。


 宙を泳ぐようにして風の抵抗を増やし、咄嗟に宙を旋回するワイバーンの首を巻き込むように掴む。

 バランスが崩れ、視界が回転するが

 それでも振り落とされないように必死になってワイバーンの首にしがみついた。


「GUGYAAAA」

「くっそ、大人しく言うことを聞きやがれッッ!!」


 上か下かもわからない混沌の視界。

 それでも仲間の『位置』だけは不思議とはっきりとわかって、


「レオォォォォオオッッ!!」


 視界の端。一瞬だけ俺の声に反応して見せたレオと視線が合い、

 俺の意図を察したようにフィーネの方へ走り出す小柄な少女が見えた。


 ここだ。ここしかない。

 

 一瞬湧き上がる恐怖を叫びに変え、ワイバーンの背中を蹴り込めば

 巻き込むようにフィーネの身体に抱き着き、続いて鋭い感触が右足を中心に駆け巡る。


 激痛が、真っ白な電流が脳天を貫き、思考をぐちゃぐちゃにかき回す。

 それでも俺の身体はまるで自分のものではないかのように動きだしていて――


「レオッッ!! 後は頼むッッ!!」

「はいっス!!!!」


 右足を食いちぎられる同時にアイテムポーチから頼みの綱である超高濃度のポーション爆弾を放り投げれば、まるで隙間を塞ぐように大盾を構えたレオが滑り込む。


 そして――


 バンッッ!! と内側から炸裂する爆音が背後から轟き、どす黒い霧が断末魔の如く吹き荒れる。


 あれだけ苦戦したはずのブラックドラゴンの呆気ない最期。


 咄嗟に覆いかぶさるような形で爆風からフィーネを庇えば、押し倒した際の衝撃で我に返ったのか。

 わずかに身を起こすフィーネの瞳が驚きに彩られ、その口元から微かな息づかいが聞こえてきた。


「ポンコツ、なんでテメェがここに……」

「ようやく、気づいたか、まったく気付くのが遅すぎるんだよ。おかげでしなくてもいい無茶をする羽目になったじゃねぇか」

「無茶ってお前、この状況。なんであたしは生きて――まさか例の爆薬を使ったのか!?」


 背後にあるブラックドラゴンの残骸を見て全てを悟ったのだろう。

 目の前の惨状にあからさまに取り乱してみせるフィーネ。

 まぁ身に覚えのない状況で、俺みたいな奴に助けられて戸惑うのもわかる。


 だがその疑問も焦りへと変わり――


「おい、ポンコツどうした? いったいなにがあった!? 尋常じゃねぇ汗だぞ。返事をしろオイ!!」

「――ッ。フィー姉ぇ退いてくださいっス!! いま治療するんで!!」

「レオ……、治療ったってあたしは何も――」


 そこでヒュッ――と吐息を呑み声が聞こえ、彼女の視線が俺の失われた右足に注がれた。

 ああクソ、気付かれちまったか。

 でいれば気づかないで欲しかったもんだが……


「ポンコツ。テメェ、右脚が――」

「ははっ、まぁそういうことだよ。ウチのリーダーの命を救えたんだ。足の一本や二本、安い代償だよ――ッ」

「んな馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!! さっさと止血を――ッ。くっそ、なんであたしなんて庇ったんだよ!!」

「そりゃもちろん、お前が、死んだら元も子もないだろうが……ッッ!!」


 脂汗が噴き出し下手糞に顔を歪めてやれば、ジュッっと焼ける痛みに歯を食いしばり激痛に耐える。

 幸いにも食われた部位は膝から下だ。止血すればまだどうにかなるかもしれないが、


「くっそ!! 血が止まらねぇ!! おいレオ! お前、スタミナポーションは……」

「さっき使ったので最後っす。あとはおにーさんしか持ってないはずっスけど……」

「クッソ、おいポンコツ!! ポーションの在庫は――ッッ」

「残念、ながら……ポーション系はお前らに渡したので全部だ。

 まぁ、あったとしてもッ……この傷は最高位の治癒術士でもなけりゃどうにもなんないだろうけどな」


 ぶっちゃけ、身体の欠損は初めてのことで固有スキル『自己管理』で完治するかも怪しい。

 意識だってどうにか痛みを散らしてギリギリのところで保っているくらいだ。

 おそらくあと数分もすれば俺の意識は完全に闇の中に落ちるだろう。


 たぶん、死ぬことはないはずだ。


 でもそうなる前にいまは、やることがある――


「俺のことなんてどうでもいい。お前はお前でケリをつけなきゃいけない相手がいるんだろ? 今は、そっちに集中しろ……ッッ」

「集中しろって言ったってポンコツ、お前……」

「いいから聞け。手遅れになる前に、お前には、やってもらいたいことがあるんだ」


 そうして息も絶え絶えに、彼女の耳元で『お願い』を口にすれば、彼女の表情がわかりやすく狼狽えだす。


「お前――ッ、それは――」

「この中で魔法が使えるのはお前だけだ。頼む。やってくれ」


 こんなこと仲間想いのフィーネに頼むのはそれこそ酷なことだろう。

 俺だって()()()()()彼女に頼みたくない。


 彼女の様子を見ると俺の右脚は相当ひどいことになっているのだろう。

 でも――このまま動けないよりかはずっとマシだ。


「……あたしはそんなことをさせるためにテメェを送り出したんじゃねぇぞ」


「でもこれしか方法がない。お前らだってあの化け物だけでも手に余るんだ。だったら役立たずで警戒もされていない俺がその役目を全うするのが適任だろ?」


「――ッ!! だったらなおさらあたしがやらなきゃ――」


「グダグダ言ってねぇでさっさとしろ!! 本当に間に合わなくなるぞ!!」


 胸ぐらをつかみ上げ、唾を飛ばせばフィーネの表情が驚きに彩られる


 本来、エンシェントドラゴンのトドメ用に使うはずだった高純度の濃縮ポーション爆弾は、エンシェントドラゴン攻略に置いて最も需要な要素の一つだった。


 毒を以て毒を制すならぬ、エンシェントドラゴンの魔力を内側から炸裂させることで竜種が持つとされる莫大な魔力抵抗を下げること。


 だが、この作戦が使えなくなった以上、頼れるのはフィーネだけだ。


「もう、俺たちが生き残るためにはお前の殲滅力に頼らなければならないんだ。

 責任の所在なんてどうでもいい。

 リーダーなら仲間の犠牲一つでいちいち狼狽えてんな! お前は勇者以上にみんなに認められる英雄になるんだろ? だったらここで躊躇ってる暇はねぇだろ!!」


「――ッッ!!」


 それは本当にダンジョン内での軽口のようなものだったはずだ。

 彼女だって自分が将来のこっぱずかしい夢を語っていたことは覚えていないだろう。


 でもフィーネの口から語られる夢は、俺がこれまで実力不足を言い訳に取りこぼしてきた

 どこまでも純粋で尊い『憧れ』そのものにみえたのだ。


 だからこそ俺は、お前にその夢を叶えてほしいと本気で思っている。


「これでも俺は身勝手にお前の夢に期待してんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だからなフィーネ。

 お前がそんな痛そうな顔する必要はねぇんだよ。


 この怪我はそれこそ俺が身勝手に他人の夢に自分を重ねた代償だ。

 お前が責任を感じる必要はない。

 それに……なにも失ったのは俺たちだけじゃない。


 ブラックドラゴンを討伐したことで見えてきたことがある。

 もしかしたら、この状況をどうにかできるかもしれないのだ。

 

「それでもお前はここで駄々をこねる気か?」


 そう言って挑発するようにまっすぐ黄玉の瞳を見つめてやれば、その瞳の奥に英雄に相応しい闘志の覚悟が灯り始めるのだった。


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