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37話―― 女狩人の後悔。

女狩人、フィーネ視点です。

◇◇◇


 最初見たときはどこか頼りなく虚勢を張ったナヨナヨした野郎だと思っていた。

 特別な固有スキルもなく、かといって一人でダンジョンに挑めるわけでもない。


 ポンコツには到底無理な依頼だと思っていた。だけど――


「あの野郎、やりやがった。マジでやりやがった」


 まさかあのポンコツを褒める言葉が自分の口から洩れるとは思わなかった。

 戦闘の最中。しかもエンシェントドラゴンなんて化物を相手によそ見なんてそれこそ自殺行為に他ならない。


 それでもあたしが五体満足でいられたのは、信頼する仲間の援護と呆気にとられたように上空を見つめる化物のおかげだ。


 夜空に咲いた銀色の花弁(結界術式)


 それはエンシェントドラゴンが支配する『竜種』の応援を防いだだけでなく、

 ダンジョンでの『結界』の形成は一時的な『領域』の支配を意味し――


「どうやらテメェも予想外だったみたいだな、クソトカゲ」


 即座にアイテムポーチから儀式用の弓矢を地面に穿てば、

 エンシェントドラゴンの支配下にあった周囲のマナが強制的にあたしの身体に集まってきた。


 近距離弓術式――奥義。夜明けの日輪。


 最後の最後。これがあたしの切れる最高の切り札だ。


「んぐっ、こいつは……すげぇな」


 筋肉が、内臓が膨大な魔力の供給に悲鳴を上げる。

 ブチブチと脳内で切れてはいけない神経が断ち切れていく。

 でもこの一瞬だけは全てを忘れ――全部を解放する。


「うらああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 引き絞った弓矢に集約する眩い四色の術式。

 それはあたしが歯を食いしばり溜め込んだ知識の全てで――この時初めてエンシェントドラゴン(領域の支配者)が首をひねって回避行動をとった。


 閃光と共に後ろの岩壁が抉れ、破壊の強度を物語る。


 ダンジョンの中心に結界を張るだけでここまでマナ支配率が違うものなのか。

 口の中に錆び臭い味がゴボリと広がり、無理やり抑え込む。


 連射はできないが、手ごたえはあった。ならあとは――


「待たせたなレオ、アンジェリカ。ここからはあたしらの独壇場だコラ!!」

「ふぅ、ようやく出番? やっぱりシャロンちゃんの見込み通りだったって訳ね。託しておいてよかったじゃない」

「それじゃあ、コイツを倒すのはレオ達の仕事っすね」


 目の前で旋回していたはずのピクシードラゴンは魔力の高まりを感知し、どこかに行ってしまったらしい。

 ブラックドラゴンはアンジェリカの一撃で使い物にならない。

 となれば――


「よぉトカゲやろう。この前の借り、ここできっちり返させてもらうぜ」


 ジッと挑むように睨み返せば、エンシェントドラゴンの黄金の視線が静かにぶつかり合う。

 重く、冷たい羽虫を見る視線。

 それはある種の敵を見定めた支配者の苛立ちだった。


 マナそのものを震わせる咆哮。

 ここからは正真正銘、支配権の奪い合いだ。

 少なくとも命を懸けて紡いだポンコツのチャンスを潰す気はない。


 立ち上がる巨体は生半可な攻撃じゃ致命傷を与えられず、翼を広げて天に嘶く姿はまさしく王者のそれだ。

 だが、その視線が一瞬だけ上に向き――


「させるかよコラ!!」


 即座にあたしの固有スキル『未来観測』がエンシェントドラゴンの意図を理解する。

 数十秒先の未来の先取り。


 結界の破壊。

 どうやら奴にとってはこの結界は相当、邪魔なものようだ。


 数十秒後にポンコツもろとも結界ごと破壊され、余波であたしらごと吹っ飛ばされる未来が見え――その動きが不自然に止まった。

 素早く爆裂矢を換装すれば、思いとどまったようにエンシェントドラゴンの口から火球が吐き出され相殺されるが、


「見たか今の」

「ええ、バッチリと。やっぱりこの領域には壊されたくない『何か』があるみたいね。むやみやたらと攻撃してこないのがいい証拠だわ」

「つーことはあのポンコツが睨んだ通り、コイツが『番人』だったって訳か」


 この一週間、あたしたちはあらゆる想定を考え、対策に組み込んできた。

 身体強化のポーションはもちろんのこと。

 竜種の習性から推測できることまで全て。


 その中で一番に議題に上がったのが『門番』の存在。

 もしかしたらエンシェントドラゴンは何かを守っているのかもしれないということだ。


 竜と英雄にありがちなテンプレートは冒険者を志すのなら一度は聞いたことのある物語だ

 宝を守る邪竜の物語はあたしだって耳にタコができるほどギルマスに聞かされている。


 もしこの『竜種』にもその『習性』が当てはまるとすると――


「ポンコツを別行動にさせたあたしの勘もあながち間違いじゃなかったってわけだ」


 なんだかんだ戦闘では役に立たないくせに『目端の利く』ポンコツのことだ。

 きっと今も上の絶壁で突破口を模索している最中だろう。


(あたしの術式付与の矢の制作や術式構築に加え、レオやアンジェリカの武器の改造や調整に至るまで毎日徹夜だってのにほんとよくやるよあのポンコツは)


 少しは休めと言った時も「このくらい平気」とか言ってモクモクと楽しそうに作業するもんだからつくづく狂ってやがる。

 でも、まぁ――


「その意味もようやく分かって来たところだがな!!」


 勝てないと思っていた相手を見返し、圧倒するのはさぞ気持ちがいいことだろう。

 

 相手が全力を出せないのなら好都合。

 ここからは出し惜しみは無しだ。

 空気を切り裂く一撃を紙一重で避け、ひたすら周囲のマナを古代級の魔術式に変換し、矢をつがえ、放つ、放つッ、放つッッ!!


「反撃する隙なんて与えねぇぞコラ!!」

「GYAOOOOOOOOOOッッ!!」


 ポンコツが作った矢はどんな鍛冶屋で作らせた矢より深く刺さり、理論以上の術式暴走を起こして炸裂する。

 大盾の先端を振り回し飛び回るレオの切れもいいし、なによりアンジェリカの伸び伸びとした大剣捌きは過去イチだ。


(イケる。あたし等でもこいつをどうにかできるッッ!!)


 戦闘の高揚感に文字通り血が沸騰する。

 血中のマナ濃度が上がり、一つ一つ外れてはいけないリミッターが外れていくのがわかる。


 これが領域を支配するということか!!

 あのエンシェントドラゴンがあたしに手も足も出ない!!!!


「あはははは死ねシネ死ね!! みんな死んじまえ!!」


 旋回するエンシェントドラゴンだけじゃない。地面に転がったブラックドラゴンの首まで吹っ飛ばす。


 ぎちぎちと引き絞られる殲滅の光矢(こうし)はワイバーンの存在そのものを消し去り、竜の巣そのものを破壊していく。


 狂騒の感情が全身を支配し、全能感が抑えきれない。

 レオとアンジェリカが何かを言っているが、もうどうでもいい。


 アドレナリンが馬鹿みたいに噴き出し、本能が嫌でも体を突き動かす。

 これなら『次』に控えているダンジョンボスも何とかなるかもしれない。


 だからこれはほんのささいな油断だった。


「あたしが、英雄に……」

「――っ。――る!! フィーネちゃん危ない!!」

「なっ――ッ!?」


 アンジェリカの声に反応して後ろを振り返れば昏倒したはずのブラックドラゴンが首だけになってでもあたしに迫っていた。

 そんな、コイツはさっきあたしが殺したはずじゃ――


 そこまで考えて、そう言えば真の竜種は竜骨の中心に心臓とは別に魂が内包されている、とポンコツが言っていたことを思い出し、


(ああ、そういえばあたしらは『竜涙石(そいつ)』を取りに来たんだったな)


 ふと我に返る。

 あたしを食い殺さんとばかりに開かれる大顎。

 回避は間に合わない。

 

(ちっ――つまんねぇところでしくじっちまった。ダンジョンの魔力に当てられて我を失ってた)


 『未来予測』はすでに絶望的な『未来』をはじき出している。

 一瞬で死を覚悟してし、それでも諦めきれずに矢を引き絞る。


 せめてコイツだけでも道連れに――ッッ、


 そうして急造なりに体内で無理やり増幅させた魔力を暴走させ、魂をかけた渾身の一撃を放とうとしたところで――

 

「うらあああああああああああああああ」


 『固有スキル』すら見逃した予想外の衝撃があたしの背中を叩いた。


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