34話―― 秘中の秘策の『魔術式』。
「ったく、本命までの道のりは長いってか。雑魚の数が多いったりゃありゃしねぇなオイ。何体いんだよこいつら」
「陽動で大物はずいぶんと減らしたと思ったっすけどさすがは『翼をもつ者の楽園』っすね。想像以上の脅威度っす。この調子だとまだうじゃうじゃ来るっすよ」
「はぁ……多すぎるのも考えものね。優に危険度SSSランク超えてるんじゃないの、これ」
「まぁ超えてるだろうな実際」
ぶっちゃけ世界広しと言えど、竜種と好き勝手やりあえる場所などここしか存在しないだろう。
弾幕のように迫りくる小型竜たちの群れを掃討し、それこそ一生分の竜種を相手にしたと思えても、まだ戦闘を初めて10分も経過していないというのが現実だった。
「装備は潤沢。狙いもバッチリとはいえ限度があるなこれは……」
「どうすんだポンコツ。そろそろ奥でふんぞり返ってる奴らが動く気配がすんだけど――まだ見つけんねぇのか」
「ああ、残念なことにな」
周囲を警戒しながらフィーネ達に戦いの指示を飛ばせば、背後から聞こえてくるフィーネの声に同意して見せる。
ざっと見た限りダンジョンボスと思しき竜種の姿は見られなかった。
それこそ『竜の巣』というくらいだ。
確実に邪竜の類が待ち構えていると思ったのだが――
「当てが外れたっていうのか?」
そうなるとこの戦闘もただの消耗戦にしかならないのだが――それにしては何かが変だった。
(一体どうなってんだこれは。これだけ支配領域を踏み荒らされてなんで出てこないなんて。噂に聞くドラゴンなら普通ブチギレて出てきそうなもんだが……)
その割には下等な竜種の動きだけがやけに活発なのが気になる。
もしかして出てこられない理由でもあるのか?
この妙な圧迫感。
ダンジョンボスと思われる気配はひしひしと感じるのにいくら周りを警戒しても肝心の≪邪竜≫の姿が見当たらないのにも理由がある?
とにかく――
「考えたって仕方がない。邪竜が見つからない以上、どうやらここで一度、方針を変更せざる負えないな」
「つーとやっぱりあのうざってぇワイバーンの群れか?」
「ああ、あれをどうにかしないと『本命』まではたどり着けそうもないだろうな。その上――」
「エンシェントドラゴンに、ピクシードラゴン。おまけにブラックドラゴンまで相手にしなきゃなんねぇか。わかっちゃいたが無茶苦茶なメンツだなオイ。世界でも滅ぼしに行くのかってくらい過剰戦力じゃねぇか」
「たしかにフィー姉ぇの言う通り、あの化け物たちを前にこのままジリ貧ってのはさすがにきついっすね」
そう、レオの言う通り俺たちはあくまで大量の素材と資源を惜しみなく投入して短期決戦をキメるつもりで来ているのだ。
装備は十分とはいえ消耗戦が避けられない以上、余計なことに物資を割いている余裕はない。
ならば俺たちが取れる作戦は一つ。
「例の別枠プランか?」
「ああ、出来れば使いたくなかった試作品だけど、ここまで来たら使うっきゃないだろ。
作戦通り一気にワイバーンの群れに突っ込むぞ。指定の位置までは死ぬ気で突き進め」
「りょーかい。まぁ実際それしかねぇよな」
「まったく数の暴力はいつ見ても嫌になるわ。普通ならここで撤退するんだけどこれを乗り越えたら伝説ね。それとも死んで英雄にでもなってみる?」
「はっ、上等。やれる気しかしねぇぞコラ!!」
「レオもやったるっすよー!!」
アンジェリカの発破に応えるかのように勇ましく、それでいて楽しげにフィーネの背中が躍る。
矢をつがえ、ためらうことなく前進するそれはまさしく神話の幕開けに相応しい行進だった。
フィーネの背に導かれ、俺たちもまた一足飛びにギアを上げれば、それぞれがそれぞれ最善だと思う方法でお互いをカバーする。
ポーション爆弾が炸裂し、浮き上がった爆風を利用して弓が縦横無尽に踊りだす。
爆炎を切り裂くような一撃が切り払われかと思えば、重操車の如き激しい突貫が目の前の敵をなぎ倒す。
白い花弁が舞い散り、数多の竜種が襲い掛かる。
まだ自ら手を出す必要がないと舐め切っているのか。
エンシェントドラゴンの嘶きに付き従うように小手調べとばかりに迫りくるワイバーンたちばかり。
フィーネ達にしてみれば一体一体の脅威度はそこまで高くはないが、下等とはいえ竜種は竜種。
まとめてこられればやはり面倒な相手なことには変わりない。
だけど――気力体力ともに充実している彼女たちの敵ではなかった。
「どけどけどけぇ!! 轢き殺されたくなかったら道開けやがれトカゲども!! フィーネさまのお通りだーッッ!!」
死肉をついばむカラスの如く群れる灰色の濁流が渦を巻き、
鋭い牙が。爪が。火球が。彼女たちの命を刈り取らんと迫りくる。
だけど、その全ては少女の柔肌に触れることはなかった
「せぃっ!!」
「やぁッ!!」
「うらぁッ!!」
まるで飛ぶ鳥を落とすが如き勢いで、一閃が煌めき、鈍い殴打の音が骨を砕き、的確に射抜く弓矢の嵐がワイバーンの命を刈り取っていく。
順調だ。順調すぎるぐらいのスムーズに進んでいく。
エンシェントドラゴンと俺達の距離はあと300メーテル。
だけど――
(どう考えても間に合わない!!)
おそらく奴らとの戦闘の途中で物資が途切れると、俺の本能が叫んでいる。
アイテムだって無限じゃない。
きちんとした使いどころで使用しなければ意味がない。
誰にも話していない秘密のプラン。
いよいよそれを実行するときが来たかとアイテムポーチに手を伸ばした瞬間。
「まだまだぁ!!」
俺の思考をぶつ切りにするかの如く、フィーネの咆哮が鼓膜を震わせた。
迫りくるワイバーンの群れを大盾で捌き、アンジェリカが一刀の下に切り伏せるあいだ。
まるで挑戦状でも叩きつけるが如く、正面の『宿敵』に狙いを定めたフィーネの鋭い視線が僅かに俺の方に飛ぶ。
そして――その顔が僅かに勝気に歪んだ時、
「腹ァくくれよポンコツ!! ここであたしらの生き死にが決まるぜ」
何のことかわからず堪らず目を白黒させれば、
勇ましくアイテムポーチから先端がU字状になった弓矢を取り出してみせた。
先端にワイバーンの魔石を削りだして作られた矢じりの特別な弓矢。
だけどそれはこのタイミングで使うためのものではなく――
「なっ――!? まさかこのタイミングで『それ』を使う気か!? まだ下準備もおわってないんだぞ!?」
「うるせぇポンコツ! いま使わなくていつ使うんだよ。ここが最高の使い時だろうが!!」
そう言って半ば強引に弓の弦を引き絞ると、
「見晒せクソトカゲ!! これがあたしらからテメェ等に送る挑戦状だ!!」
迷う隙を与えないかの如くフィーナの堂々とした声が背中を叩く。
途端、放たれた『鏑矢』が大気中のマナを空気ごと震わせた。
聴覚とマナ感知の発達した竜種に致命的な感覚麻痺を誘発させる俺特製の自信作。
神気絶唱型術式――『コード・バベル』
大気中に存在するマナを強制的に振動させ、不協和音を発生させることで竜種同士のコミュニケーションを封じるための秘策だったが――確かに効果はあったようだ。
一頭のワイバーンがこちらに向かって滑空してきたかと思えば、己の武器を下し、ジッと睨みつけるように正面を見据えるフィーネ。
一瞬『コード・バベル』の副作用が人体に影響を及ぼしたのかと思ったのだが……
「フィーちゃん!? ちょっとなにを――」
「……いいから黙って見てな。おもしれーもんが見れるぜ」
いったい彼女には何が見えているのか。
そう言って唇に指を当てれば、両翼を広げたワイバーンが俺達の脇をすり抜けるようにして通り過ぎ、すぐ傍から飛び出したスネークドラゴンの身体に食らいついた。




