33話―― 彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)。
風を切って走りだせば、足元をくすぐる花弁が宙に舞った。
第10層『翼をもつ者の楽園』
竜の巣と噂されている、ドラゴンの住処は幻想的なまでに美しかった。
神話の夢物語に登場するようなドラゴンならそれこそ火山や渓谷に住んでいるイメージが強いが、
「よりにもよってこの花が咲き乱れてるとか。皮肉が効きすぎていて嫌になるなぁオイ!!」
フィーネの興奮気味な声と共に
真っ赤な血しぶきが舞い、ワイバーンの断末魔が大地を濡らす。
こっちはフィーネ達の死角をカバーし、指示を飛ばし、彼女たちが存分に戦えるように条件を整えていくので精一杯だが、確かにフィーネの言う通りかもしれない。
地獄と思えるような場所に咲き乱れる真っ白なトコシエ草の花。
本来、死者を弔うために使われる花だが、その意味がフィーネの言う通りならば確かに皮肉が効きすぎているだろう。
この花は、まるで領域に足を踏み入れた者は殺すとでも言いたげなメッセージだ。
まったく魔物にしてはシャレが効きすぎているが――
「フィーネ集中!!」
「わぁーってるよポンコツ。射程圏内だ。そろそろ来るぞ!!」
走りながら迫りくる攻撃の全てを躱していけば、迎撃態勢に入るフィーネの口調がいつになく真剣実を帯びていく。
以前もこんな予言めいた言い回しで助けられたものだが――
「ヤベェっていう割にはワクワクが隠しきれてないんだよな実際」
竜種の住まう神聖な領域を駆け回る仲間の楽しげな声は、まさしく新しいおもちゃに目を光らせて遊ぶ子供そのものだ。
それでもフィーネの勘はよく当たる。それこそ未来でも見ているかのように的確に。
現にレオを先頭にいつ何が起きてもいいようにフォーメーションを汲んだ瞬間、言葉にできないようなプレッシャーが肌を炙った。
この皮膚がひりつくような重苦しい感覚。間違いない。
意識を研ぎ澄まし、目を凝らせば、すぐ横の花畑から『警告』が飛んできた。
「アンジェリカ右前方!!」
「はい!!」
反射的に弾かれたように身をひねり指示を飛ばせば、
這い寄るように飛び出してきたスネークドラゴンの胴が二つに分かれた。
本来ならここで警戒心を緩めてもいいところだが、ここはドラゴンの領域だ。
こんな簡単に対処できるはずがない。
血に混じって香るこの甘い香りは――
「そのまま突っ切れ。囲まれてるぞ!!」
咄嗟に立ち止まりかけた足に活を飛ばせば、遅れて花畑から蛇型のドラゴンの群れが飛び出してきた。
さっきの一匹は陽動。油断させるための罠かッ!!
(つくづく魔物と戦ってる気がしないな、こりゃ!!)
数にしてざっと数十匹。
その全てが俺を食い殺さんと牙を剥く。
よりにもよってスネークドラゴンが俺を狙うとは何て皮肉だ。
ただでさえ無力な俺だ。特別な目を持つとされている竜種からしてみれば俺は格好の足手まといにしか映っていなのだろう。
だけどな――
「そうなることすら想定済みだとしたらどうする?」
大胆不敵に笑ってみせれば、そのまま勢いを殺さず前転の要領で地面を転がる。
すると、その頭上を身の丈あるほど大きな大剣が風を引き裂いて通過し、
まるで大きな太鼓でも叩くかのように全身全霊で振り抜かれたアンジェリカの一撃がレオの大盾に炸裂した。
ザンッッ!! と鈍い音が鳴り響き、
レオの固有スキル『物理反射』によっていなされた『一撃破壊』の衝撃波がスネークドラゴンの身体を悉く無残に切り裂いていった。
奴らにしてみれば何が起こったのかもわからずに絶命したようなものだが、
「はっ、舐めんなよクソトカゲ。ウチのポンコツはテメェ等の習性すら織り込み済みだぜ」
「まぁ威張るようなことじゃないけどな。でもこれで――」
第一関門突破だ。
密かに握った拳を強めてやれば、
遠方でふんぞり返っている古竜どもに中指を突き立て走るフィーネの姿に苦笑し、肩をすくめてみせる。
こんな脅威、まだ序の口だというのにこのリーダーは。
「あんまり調子に乗ってると足元掬われかねないぞフィーネ。気を引き締めろよ」
「うっせぇな。テメェはあたしの母ちゃんか。んなこと言われなくてもわかってるっつーの」
「本当にわかってるの? いま絶対一人で突撃しようとしたわよね?」
「んなわけねぇだろ。ガキじゃあるまいし、ポンコツの作戦が上手くいったからって誰がハシャぐかよ」
「えーほんとにー? 実はちょっと照れてるんじゃない?」
「ああもう、しつけぇぞアンジェリカ!! テメェもちったぁ集中しろ!!」
撃てば響くような会話に今度こそ俺の口から笑いが漏れる。
案の定、前方を走るフィーネとアンジェリカからお咎めの視線が飛んでくるが関係ない。
もうここまで来たらなるようになれだ。
「はぁ、まったく……今にも死ぬかもしれないってのに。竜種を目の前によくやるよお前らは」
「別にあたしは作戦の成功なんてどうでもいいし。突っかかってくるのがアンジェリカが悪いんだよ」
「それを言うならフィーちゃんでしょう。嬉しい癖に変に意地はっちゃって。らしくないったらないわ」
「はいはい二人とも落ち着いて。おにーさんの作戦が上手くいってザマァしたくなる気持ちはわかるっすから今は目の前のことに集中しましょう」
「「そんなんじゃない(ねぇ)ッッ!!」」
二人の叫びと同時に飛び出すベビードラゴンを叩き潰すと、八つ当たりとばかりに急所を潰された小竜の身体が二つに裂けた。
どんなに些細なことで喧嘩しようと立ち止まることはしない。
それは俺たちがこの竜の巣に挑む際に決めた取り決めの一つだ。
ここら一帯は見た目以上に死の脅威に満ちている。
少しでも躊躇い、足を止めれば『死』は形を変えてその牙を突き立ててくるだろう。
一つ一つの脅威は確実に、冷静に対処していけばいい。
俺たちは今、ダンジョンそのものを相手しているのだ。
たかがスネークドラゴン一匹にもたついている時間などない。
だけど、やはり現実の距離はどう努力しても埋めがたい差が生まれてくるもので――




