30話――竜狩りの為の準備。
「おいポンコツ。ちょっと付き合え」
そう言うなりおもむろに地面に置いた弓を掴むと、立ち上がってみせた。
アンジェリカと視線を合わせるも彼女も何を考えているのかわからないらしい。
そうしてダンジョンの奈落を歩き続けることしばらく。
唐突に魔力で形成された弦を引き絞るフィーネが四方八方に矢を放ち始めた。
一本二本と壁に突き刺さる術式の込められた弓矢。
それは魔力を形跡して、術式ならぬ魔方陣を描き、途端、魔力の高まりを感知したのか谷底の奥深くから何体ものワイバーンが群れを成して現れた。
「レオ、アンジェリカ。お前らは手ぇ出すなよ」
そう言うなりアイテムポーチから術式の込められていない魔石の矢を取り出し、弦につがえていくと、
「近距離弓術式――奥義。夜明けの日輪」
アンジェリカの呟きと同時に、四属性の魔力が矢じりの核となる魔石に集中していく。
一本、一本弓につがえ、放たれるたびに交じり合った術式が様々な効果を発揮する。
炎、雷、氷に風。
それはまさに戦況に合わせて自在に色を変える殲滅術式そのものだった。
「これは、すごいな」
幻想的なまでの光景に思わず言葉が奪われる。
ワイバーン。正確には飛竜種の亜種のドラゴンの成り損ない。
彼らだって弱くないのに、彼女はまるで玩具でも壊すかのように彼らの身体を破壊していく。
本来ならもっと奥まった谷に生息しているはずの魔物なのになぜ……
そんな疑問も虚しく数分も経たないうちに無残な死体がいくつも谷底に転がり――、
「おわったぞ、クソッタレ」
返り血を一切つけず、全てを終わらせて見せた戦いの申し子が大きく肩を揺らし、
挑戦的な笑みを浮かべて振り返ってみせた。
◇◇◇
四方にに突き立てられた特別な矢を疑似的な神域として周囲のマナを強制的に術式。
近距離弓術式――奥義。夜明けの日輪。
ネーミングセンスはあれだが、弓矢を使った実力試し。と言いたいのだろう。
全て急所を射抜かれ絶命している小型のワイバーンたち。
その見事なまでの弓の腕前と、
初めて見せつけられた本気の後ろ姿に、俺の言葉を奪われていた。
(常々、どこか余力を残して実力を隠していたとは思っていたけど、まさかここまでとは……)
結界を形成するために相当魔力を消費したのか。滝のように肌に張り付く汗を腕で拭ってみせるフィーネ。
呼吸も荒いし、魔力欠乏症を引き起こしているのか顔色が悪い。
でも俺を見るその瞳だけは全く生気を失っておらず、いまにも襲いかからんばかりの気迫があった。
「これが、今の、あたしの限界だ……。素人の見立てでいい、あたしの実力は、ダンジョンボスに通用すると思うか?」
確かに彼女の実力はそこら辺の冒険者と比べれば段違いだ。
周囲のマナを強制的に利用する『近距離弓術式』の極意。
まず間違いなくS級になれる素質がある。
だけど、これまで十年間ギルドの雑用として冒険者を見続けてきた俺から言わせてもらうと……
「はっきり言ってかなり無謀な挑戦になる。フィーネたちほどの実力者でもまず間違いなく死人が出るだろうな」
「そう、か……」
ここで誤魔化したって何もならないことをフィーネも理解しているのだろう。
その色鮮やかな黄玉の瞳に僅かな失望の影が落ちた。
そう、どう言い繕っても今のままでは勝てない。
フィーネの奥義はそれこそ近距離戦闘でこそ輝く戦い方だ。
いくら多彩な術式があっても巨体な竜種を殺しきるにはどうしても決定打が足りない。
それは実力者である彼女たち自身が一番よくわかっているはずだ。
でも――
「ただ……、俺が全力全開でサポートすればわからないかもしれないな」
「だったら――」
「ああ、ここまで来たらやってやろうぜ、伝説の竜狩りを」
「まさか本気でやるつもりなの!?」
そう言って僅かに表情を明るくさせるフィーネの言葉にしっかりと頷いてやるれば、
まるで予想外とでも言いたげな感じで驚いてみせるアンジェリカの声がダンジョンの谷に響き渡った。
アンジェリカは俺が反対派となってフィーネを止めてくれると期待していたのだろう。
俺だって無謀な賭けだというのはわかっている。
結局、彼女たちをどこまで『底上げ』できるのかは俺の腕次第なのだ。
他人をいきなり英雄クラスまでドーピングできる技術があるのなら
俺は今まで雑用係なんかやらずに冒険者として活躍している。
(ある日ふとした力が目覚めて『英雄』になれましたなんて、世の中そんな甘い話があるはずがない。でも――)
俺は彼女の後ろ姿に『伝説の英雄』としてダンジョンを踏破する姿を夢見てしまった。
冒険者なら惚れた女に全てを尽くすのが礼儀だ。
彼女がやりたいというのなら
俺はその意思を汲んで、彼女たちが万全に暴れられるように備えてやることしかできない。
それに――
「あたしらは冒険者だ。ここまで来てダンジョンボスなんて化物とやりあわない方がおかしいだろ」
「たしかに私も戦っては見たいけど、でも相手は邪竜かもしれないのよ!?
フィーちゃんだってあの化け物の一撃を見たでしょ? いまの私たちでも手に余るような相手なのにあれ以上の化け物を相手取ろうだなんてそんな――」
「たしかに無謀かもしれねぇな。だけどなアンジェリカ。どのみちあたしらには後がないんだ。だったら――冒険者らしく前に進むっきゃないだろ」
若干照れくさそうに頬を掻き、笑ってみせるフィーネ。
どうやら彼女のなかではすでに覚悟は決まっているらしい。
「それでポンコツ。どのくらいで準備を整えられる」
「……最低でも一週間は欲しい。その間必要なものをフィーネ達に揃えてもらうことになる。身体を休める暇なんてそれこそないが、大丈夫か?」
「はっ誰に物を言ってやがる。上等だよ! 探索はあたしらの仕事だ。あの傲慢な竜どもに一泡吹かせられるんだったらなんだってするぜ、あたしは」
「もう、無茶よ。なにもいまダンジョンボスを相手しなくても依頼は達成できるのに。なんで」
「アンジェリカ。希望的観測を否定してしまうことになるかもしれないけど、たぶんそれは難しいと思う。君だって竜種という生き物がどれだけ面倒な相手かわかっているんだろう?」
竜種という生き物は本来、縄張り意識が強い魔物で有名だ。
ドラゴンの卵を取りに縄張りに下手に踏み込んだ国の軍団が、ほぼ壊滅状態まで追い詰められたという話だってある。
にも拘らず、あれだけテリトリーを荒らされてようやく俺達侵入者を排除しに来たことを考えると、きっと拠点となる竜の巣には縄張り以上に『守るべきなにか』がいるのだろう。
だとしたらこれまで第10層を探索して竜種を一頭も見かけなかったのも頷ける。
「たぶん次、同じようにドラゴンをおびき寄せようとしたら今度こそ空を覆いつくすような大群が襲ってくると思う。
そうなった時、あの脅威を背に俺達は無事、逃げ伸びることができると思うか?」
「そんな……、それじゃあ私たちは竜種たちが待つ竜の巣まで死にに行くようなものじゃない。そんなのって――」
「もちろん撤退は常に頭の中に入れることが挑戦するための条件だ。そうじゃないと俺も協力できない」
俺だって死にたくないし、将来有望な英雄をこんなところでみすみす死なせたくない。
勇気と蛮勇は違う。
それこそ可能な限り挑戦して撤退、ということも考えなくてはいけないだろう。
それに――
「対等とまではいかなくともそれなりの備えはできる。けど、その備えすら不十分だと感じたらこの話は無しだ。それでもいいかフィーネ」
「わかってるよ。相手がダンジョンボスになるかもしれねぇんだ。あたしだって無茶はいえねぇ。まぁ最大限の所まで譲歩するけど――あたしは死んでもテメェの無茶ぶりをクリアするぞ」
「……ああ、その覚悟があるのならそれでいい。アンジェリカもこれでいいか?」
「はぁまったく、結局こうなるのね。ちゃっかりワタくんもフィーちゃんのカリスマに落ちちゃってるし」
「まぁやることは最初から変わってませんし、いつものことじゃないっすかアンジェ姉ぇ。どうせなるようになるっすよ、きっと」
「いいわねレオちゃんは気楽でいられて。少しはいつもあなた達に振り回される私の身にもなってちょうだい」
そうしてお互い頷い合うと、フィーネ、アンジェリカ、レオの順に表情を確認していく。
どうやら彼女らも覚悟を決めたようだ。
俺の覚悟は、彼女たちの目を見た瞬間から決まっている。
だから――
「それじゃあはじめよう。勝つための準備を」




