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29話―― 冒険者史上、最悪の事態。


 さすがは冒険者というべきか。


『ダンジョンボス』の生存の可能性をした途端、三人の目つきが明らかに鋭い輝きが混じりはじめた。


 抑えきれない高揚感と表現すべきか。


 ギルドの雑用時代もそうだったが冒険者はこの手の話になるととことん食いつきがいい。


 まぁダンジョン攻略者としての栄誉と攻略武器を手にできる可能性がある以上

 気持ちが湧きたつのもわからなくはないが――


「……ふぅ、ごめんなさいワタくん。つい興奮しちゃって」


 そう言って真っ先に冷静さを取り戻したのはアンジェリカだった。

 彼女が一瞬でも我を忘れるなんて考えられない事だが、

 ダンジョンボスは冒険者の性のようなものなので仕方がないだろう。


 むしろ、なぁなぁで仕方なくフィーネ達についていっているんじゃないとわかって逆に嬉しいくらいだ。


 するとコホンと咳ばらいを打つアンジェリカが興奮の冷めない二人の様子に目を配り、代表して口を開いてみせた。


「それでワタくんがダンジョンボスの『邪竜』が生きていると結論付けた根拠を聞いてもいいかしら?」


「それについてなんだが、お前らも冒険者なら一度は聞いたことがあるかもしれないが、

 ここ10層『翼をもつ者の楽園』が開放され、11層へ続く階層ルートが開拓されて約10年。

 10層のダンジョンボスの素材が見つかったって話を一度でも聞いたことがあったか?」


 少なくとも俺はない。

 仮に俺の耳に届いていなかったとしても、噂の一つくらいたちそうなものだがそれが全くないってのがあまりにも不自然すぎる。

 そもそも――


「少なくとも『邪竜』は討伐されたって報告だけは残っているんだ。

 ダンジョンをくまなく探せば鱗なり血痕なり見つかるはずなのに未だ痕跡すら見つかってないのはおかしいだろ?」


 ≪邪竜≫と呼ばれるダンジョンボスの情報は少ないが、


 なにせ勇者はダンジョンボスとの激闘の末、相当の手傷を負わされたって話だし、ダンジョン10層そのものが半年間立ち入り禁止の封印指定されたほどだ。


 若干十五歳とはいえ『あの』勇者と引き分け、半年にも及ぶ≪死の灰≫を降らせ続けた存在がピクシーのように小さいわけがない。


 少なくとも古竜クラス。

 いや、それ以上の巨体を持つ化物だと想定した方が自然だ。


 そしてなにより重要なのは――


「ここは≪()()()()()()()()≫だ。その頂点たるドラゴンの骸が今の今まで残り続けているなんて本当にあると思うか?」


「たしかにそれはそうかもしれないっすけど、ダンジョンボスが生きている状態で階層の扉が開放されることあるんすか?」


「あー、いやでも待てよ。そういやガンテツのおっさんから、ダンジョンボスを倒したダンジョン報酬が攻略武器になるって話を聞いたことがあるけど、確かにポンコツの言う通り10層の攻略武器が見つかったって話はとんと聞かねぇな」


「ダンジョンボスの素材のひとかけらでも見つかればそれこそ騒ぎになるはずなのに、確かに屍一つ見つかってないのはおかしいわね」


 シンと静まり返る。

 顔を見合わせるパーティーメンバーたち。

 その顔はどれも困惑に満ちたものだったがフィーネが代表して口を開いてみせた。


「つまりなにかポンコツ。テメェはあれ以上の化け物が未だにこの階層に潜んでいる可能性があるって言いたいのか?」


「可能性は十分高いと思う。でなけりゃ『遺跡』があのまま破壊された状態で放置されている訳がないと思うんだ」


「あーなるほど……ダンジョンの修復機能か。たしかに上のぼって確認すりゃ一発だろうがそれは盲点だったな」


「うーん。でも邪竜が今もこのダンジョンで生き続けているっていうのはいくらワタくんの言葉でもちょっと難しいような気がするのは私だけなのかしら?」


 というと?


「えっと、例えばただ単に見つかりにくいところにいるじゃないかしら? ほらここみたいな奈落に落ちちゃったとか十分あり得るし、なんなら竜の巣付近で力尽きたとかもありえるし……」


「だとしたらなおさら国の調査団が動かないはずがないんじゃないか? 

 なにせ攻略武器一つでそれこそ国と渡り合えるくらいのチカラが手に入るんだ。

 イチかバチかでも調査する価値があるのに10層探索に手を出さないのはあまりにも不自然な気がする」


 そもそも≪竜の巣≫に至っては、無事に到達したのが勇者しかいないため証明するのは難しいかもしれない。

 だが、だとしたら尚更ダンジョン攻略者の勇者が攻略武器を持っていたという記録がないのはあまりにもおかしい。


 となると考えられるのは――


「王国ぐるみでの隠蔽、ってことになるか」


「俺もフィーネに同意見だ。国が何らかの理由でダンジョンボスの討伐を誤魔化していたって考えた方がスッキリする」


 若いフィーネたちはあまり知らないかもしれないが、それこそ十年前のギルド黎明期でもっとも過酷な時期だったのだ。

 10層から上の階層を攻略できず、

 誰もが希望を見出せず、ただ生きるためにダンジョンに潜って日銭を稼ぐ毎日。


 そこに現れた勇者という名の希望は、多くの冒険者たちに見果てぬ夢を与えたのだ。


 ダンジョンを神聖視し、その利益を一身に受けているディスティニア王国としては

 その死闘で実は勇者は敗北しましたなんて、報道できるはずがない。


 何らかの異常事態はあったにせよ、

 フィーネの言葉はまさしく核心をついていると俺は考えている。


「ちょっと待って。いくらなんでも考えすぎじゃないかしら。だってあの勇者よ? 

 もし勇者のでも討伐しきれなかった怪物が今もこのダンジョンを支配しているのなら、ここはもっと殺伐としていなきゃいけないんじゃない?」


「でもよく考えてみればやっぱり不自然なんすよね、ここ」


「レオ?」


 俺の仮説にどこか確信を持ったような反応で首を傾げてみせるレオにフィーネが訝しげに眉をひそめてみせた。


「もしかしてなにか心当たりでもあんのか?」


「いや、その――心当たりというほど立派なものじゃないんすけど……」


「いまは少しでも判断材料が欲しいんだ。なにか気づいたことがあるなら遠慮なく話してくれ」


 言い淀むレオの小さな肩を掴み前後に揺すってやれば、その瞳が大きく見開かれる。


 突然、頼られて驚いたのだろうが、

 それこそダンジョンボスが生きているかいないのかで生存率が大幅に関わってくるのだ。


 あれだけ派手にダンジョンを破壊する存在を呼び込んでしまった手前。

 俺がレオに状況打破のためのアイディアを催促するのは筋違いだと思うが、それでも最悪の場合、第10層そのものを封印されてしまう恐れだってあるのだ。


 そうなるとせっかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけで――


「頼むレオ。封印指定で探索不可能となる前に出来る準備、可能な限りの想定は今のうちに全てやっておきたいんだ。なにか気づいたことがあるのなら教えてくれ」


「わ、わかったから土下座は勘弁してくださいっす。そんなことしなくても話しますから」


「本当か!?」


「でもあくまでレオの突拍子もない感覚の話なんで参考になるかわからないっすよ?」


 いいや、十分だ。

 こういう時というのは大抵、冒険者の勘というものが頼りになる。


「それじゃあはっきり言うっすけど、その――レオは今までダンジョンに潜って怖いと感じたことがなかったんす」


 それは頼もしいかぎりだが、


「ええっとレオちゃん。その話と討伐されたはずのダンジョンボスが生きているかもしれないって話のどこに納得できる要素があったのかしら?」


「いやいや言いたいことはそういうことじゃなくってですね。えっとなんていえばいいんすかね? いつもどこか抜けているというかー管理者がいないって感じというか。

 ただ漠然と無秩序が広がっているって感じなんすけど、ここのダンジョンは少し勝手が違うというか、何かに睨まれているような圧迫感を常に感じていたんす」


「圧迫感……」


 そう言えばダンジョンは常に『生きている』という話を弟子のトールから聞いたことがある。


 それこそダンジョン内で死んだ魂は輪廻転生のように繰り返してダンジョンに巡っているというのは有名な話だ。

 ダンジョンにほぼ薬草やら魔物だのが際限なく無限湧きするのはそれが原因だという説があるくらいだ。


 その過程を前提として話を進めていくとするなら。

 

「もしも、もしもっすよ? その各層の領域をそのダンジョンボスが支配しているとするなら――」


「各階層がダンジョンボス固有の生態系領域になっているのにも説明がつくってことか」


「ちょっと待てよポンコツ。だとしたら ダンジョンが各階層の生態系を決めているじゃなく、

 ダンジョンボスがそのものが各階層の生態系を自由に『創造』し、管理しているってことになるじゃねぇか!? 本当にそんなことあんのかよ!!」


「でも、そう考えた方が自然だ」


 この世界ではダンジョンそのものが神聖視されていたから気づきもしなかったが


 管理権限の移譲。もしそんなことが本当にできるのだとしたら――


(それこそ世界がひっくり返るぞ!!)


 なるほど、なんで今まで思いつかなかったんだ!!

 ダンジョンボスを討伐した階層にダンジョンボスが現れないのは管理者が不在だから。

 道理で階層ごとにダンジョンの『世界観』が違う訳だ!!


「ん? ちょっと待てよ。だとするならだ。もしレオが感じたその圧迫感が『ダンジョンボス』のものだとすると……」


「まだこのダンジョンは『解放』されていないってことになるよなぁ。

 とくれば裏を返せば、あたしらはそのダンジョンボスを怒らせたってことにならねぇか?」


「あーちょっと待ってちょうだい。頭痛いどころの騒ぎじゃないわねこれ。

 つまり私たちはこのダンジョンそのものに命を狙われているってのと同じじゃない」


 深く息をつけば、重苦しい空気が胸中を支配する。

 なるほど事態は思っていた以上、想定を飛び越えた事態に陥っていたらしい。


 先ほどまで浮かれ気味だったフィーネもさすがの急展開に、押し黙っている。


「さて、これらのことを念頭にとりあえず、今後の方針を固めていきたいわけだが。この馬鹿げた最悪な状況を考えたうえでもう一度確認するが、まだやる気はあるか?」


 そう言って誰でもない無力で役立たずな俺が仕切るようにしてあたりを見渡せば、無言の沈黙が返ってくる。


 このまま探索は終わりを迎えるのか。

 そう思いかけたところで――、


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