26話―― 復讐の吐息は、ダンジョンを焼き尽くす
◇◇◇
途端、頭の中に響き渡る大警告に条件反射で走り出せば、溶岩を煮詰めたようなブレスが大地を赤く焼いた。
巻き上がる炎の舌。
あと少し、反応が遅れていたら確実に巻き込まれていただろう。
「うらあああああああああああああああああああ!!」
皮膚が焼け、水分が蒸発していく感覚が全身を舐めまわす。
本来なら巻き込まれただけで即死の一撃。
でも赤く染まった視界のなかでもなんとか生存できたのは、下準備のおかげだ。
(防御策がギリギリ効いた!!)
主に起爆剤の原料にも使われ、火薬の爆炎から武器を保護するのにも使われるニトロ草。
今回の『依頼』から竜種との戦闘になる確率が高いと踏んで、
一昨日から最上品質の魔石を使って耐火の護符と耐火の粉塵を作ってみたが
こんなところで使う事態になるとは思わなかった。
背後では生きながら焼かれ、食われる愚か者の叫び声が聞こえるがすべて無視だ。
腰を抜かした賊徒の残党たち。
一瞬どうすべきか迷ったが、慈悲はない。
ここで死ぬならそれまでだし、奴らを助ける余裕なんてない。
(今はとにかく――逃げることが最優先だ)
全ては助けられないと切り捨てる覚悟を決め、即座にフィーネ達の下に駆け寄れば僅かに麻痺毒から回復しつつあるフィーネがこちらを睨みつけていた。
「フィーネ、援護助かった! 今すぐ動けるか!!」
「ばっか、行けるに決まってんだろ。そんで、この後の対策は考えてんだろうな!」
「逃げる!!」
「はぁっ!?」
即座に逃走を選択してやれば、まだ麻痺から脱しきれていないフィーネから素っ頓狂な声が上がった。
彼女にしてみれば念願叶ったドラゴン退治だ。
元々『あれ』と戦うためにこのダンジョンに潜ってきたと言ってもいい。
だけど――
「俺だってここであの化け物をぶちのめす策があれば、頑張ってみたいが『あれ』は無理だ」
「ふざけんな。獲物を前にして尻尾巻いて逃げろってのかよ!!」
「麻痺毒から脱しきれてないお前が『あれ』に勝てる訳もないだろ! やる気なのはいいけど少しは落ち着けこのおバカ!! 今は体勢を立て直すのが先決だ!!」
そもそも――
「想像以上の化け物を怒らせっちまったらしい。普通のドラゴンならまだしもあれはエンシェントドラゴン。上位種だ。ブレス対策してないお前らじゃ間違いなく灰にされるぞ!!」
「てめ――、このポンコツ。後でマジでぶっ殺すからな!!」
「ああ生きていたらいくらでもやってくれ。とにかく説教は後だ。いまは死ぬ気で逃げることを考えろ!! レオ、つらいだろうが、動けるよな? アンジェリカを頼めるか?」
「了解っス!!」
「あ、ちょ、テメェなにしやがる!!!?」
と駄々をこね始めるフィーネを無理やり背中に抱え、脱兎のごとく走り出す。
このまま何もない開けた場所に居ても狙い撃ちされるだけだ。
せめて遮蔽物の多い森の中に身をひそめればまだやりようがあるのだが――
テリトリーを荒らした慮外者を頂点に君臨する王者たちは許さない。
「来た来た来たキターッッ!!」
「やばいっす!! 確実に狙われてるっすよ!! どうするんすかこれ!?」
唯一、麻痺毒から脱却したレオも、さすがにパニくっているようだ。
その巨体を揺らし、ゆっくりこちらを睥睨するプレッシャーが背中を刺す。
ふと視線だけ後ろを振り向けば、その黄金色の瞳を目が合った。
不味い。
奴は完全に俺達もターゲットにしている。
領域内でドラゴンに目をつけられて生きて帰ってきた者はいないという。
ドラゴンと対峙して取れる選択は『無謀にも剣を取る』か『生きたまま絶望する』かのどちらかだ。
だから――もう、これはイチかバチかだ。
「崖だ! この先にある崖に飛び込むぞ!!」
「はぁ!? 正気かポンコツ!? ここから最下層まで何千メーテルあると思ってんだよ!!」
「生き残るにはそれしかない!! あのブレスを見ただろ。一発貰っただけでお陀仏だぞ!!」
幸いにも森の木々に隠れていて俺達の姿まではとらえきれていないようだ。
崖まで残り300メーテル。
死ぬ気で走ればギリギリ間に合うかもしれない距離だ。
だけど――そう簡単にいくほど現実は甘くない。
ゾクッと背筋に冷たい汗が伝う。
このプレッシャー。まさか――
(――っ!? アイツ、まさかテリトリー内の森ごと焼き尽くす気か!?)
背後からは強大なマナの高まりが大警告となって頭の中で気持ち悪いくらいガンガン響き渡る。
もう、間に合わない。
せめてフィーネ達だけでも逃がせれば――
そう一瞬諦めかけた時、背中から弱気な俺を叱咤する鋭い声が飛んできた。
「ここで諦めんのかポンコツ!! まだ終わってねぇぞ!!」
「そうっすよ! レオ達はまだ負けてないっす!!」
どこまでも諦めの悪い子供たちの声に、
頭の中で外れてはいけないネジがはじけ飛ぶ音が聞こえてきた。
そうだ。竜種と戦うと決めた以上、この事態は初めから想定済みじゃないか。
雑用の俺が真っ先に諦めてどうする。
両足の筋肉が切れるのも構わず『リミッター』を解除して大地を踏みしめれば、両足が嘘みたく軽くなる。
一時的な『筋力強化』。
その代償は――のちに冒険者生命に致命的な肉体の機能不全を起こすだろうが、
(そんなものはどうでもいいッッ!!)
俺はただ、俺のことを仲間だと信じてくれたみんなを信じるだけでいい。
一直線に加速した身体ががむしゃらに谷底を目指す。
俺の仕事はこいつらを生かすことだ。
対策がどうたらとか、そんなものは全部捨てろ。
するとアイテムポーチから引き抜いた二本の弓矢をつがえたフィーネが隣を並走するレオに視線を投げかけ、
小さな獣人の少女が倒壊した遺跡の残骸から分厚い壁を片手で引っこ抜いてみせる。
「来るっすよフィー姉ぇッ!!」
「りょーかい!! レオ、ポンコツ!! あたしの身体を離すんじゃねぇぞ!!」
瞬間――音が消えた。
空気が消失したかと思えば、大地を赤く焼き尽くす無慈悲な熱線が轟音となってダンジョンを震わせた。
まさしく災厄の名にふさわしい一撃。
巻き上がる黒い粉塵が瞬く間に空へと打ちあがり、きのこ雲を作って雨を降らす。
そして――そのダンジョンそのものが悲鳴を上げているかのような光景に
全てを灰燼と化した天空の覇者は、一度その黄金色の瞳を細めると、
まるで何事もなかったかのように天に方向を上げ、空の彼方へ飛んでいくのであった。




