25話―― 目には目を。歯には歯を。
大地を震わせる咆哮に、反射的に視線を持ち上げれば
そこには、一目見ただけで災厄と呼ぶにふさわしい存在感を放つ『覇者』の姿があった。
悠然と大空を舞う巨大な翼。強靭な四肢。
遠目からでもわかるほど鈍く輝きを放つ深紅の鱗はまるで宝石のようで
上空から獲物を見定める鋭い眼光は、怒りに満ちていた。
まさしく生物界の頂点に君臨するにふさわしい超存在――ドラゴン。
覚悟はしていたがまさかここまでとは。
誰もが目の前の光景に呆気に取られているなか。
無意識に息を飲み込めば、正面から驚愕に彩られた男の声が聞こえてきた。
「ドラゴン、だと……ッ!? なんで竜種がここに、奴らは巣から出てこないはずじゃ――」
「はっ、そりゃあれだけ派手にテリトリーを荒らされたんだ。気位の高いあいつらが怒らない方がおかしいだろ」
「――ッ!! テメェ、その口ぶり、まさかあの煙玉はッ!?」
「そうだよ。ようやく気づいたかマヌケ」
驚愕に彩られる眼帯の男の言葉を鼻で笑ってやれば、その髭モジャな顔が怒りの形相に染まっていく。
そう、お察しの通りあの煙玉はただの煙玉じゃない。
あまり知られていないが例え周囲の毒素を匂い消しで浄化しても、毒を生成した時に使った素材のフェロモンはしっかり空気中に残るのだ。
俺はただその周囲に漂うも魔物のフェロモンを『ポーション』で活性化させただけ。
「誇り高い天空の覇者は、己の領域を穢されることを極端に嫌う。
自分たちが支配していたはずの領域を他の魔物の匂いまみれにされたんだ。奴らが現れるのも当然だろ?」
「クッソ、この死に急ぎ野郎が!!」
そう言ってわざとらしく唇を持ち上げてやれば、悔しがるように顔をしかめ、俺の胸ぐらを掴み上げる眼帯男の姿があった。
まぁ俺としてはビックスパイダーかポイズンフロッグでも出てくれば御の字とは思っていたが、まさか本命のレッドドラゴンが釣れるとは。
まさに竜の逆鱗に触れてしまったという訳だ。
『時間稼ぎ』という意味では結果オーライってとこだろうが――、
「どうする? ここで俺達と心中するつもりはないんだろ? 早く逃げなきゃ文字通り竜の餌になっちまうと思うんだが?」
「クッソが、余計なことしてくれやがって! 無能を殺すだけの簡単な依頼だったもんをッ!! なんでこんな危険な目に合わなくちゃなんねぇんだよ!!」
「もともとはお前らが振りまいた毒だろうが、利用して何が悪い」
キッと片方の目で俺を睨みつけてくる眼帯の男。
さすがにこの展開は予想外だったのか焦りの表情が窺い知れる。
あれだけ巨大な存在力を正面から叩きつけられたのだ。
震えるなという方が無理がある。
「侮ったことは認めてやるよ。だがな。ここでテメェが死ねば問題ねぇだろ?」
まるで勝ち誇ったかのように笑ってみせる眼帯の男。
やっぱりそう来たか。
まだ猶予はあるとはいえ、ここで冷静さを取り戻せるのはコイツが強者であることの証だ。
まぁここで撤退を選べない時点で即座に二流だと証明しているものだが――
「精々、俺達が生き残るための餌になってくれよ死に急ぎ野郎!!」
その手に握られたナイフがまっすぐ俺の顔面に落下した時、遅れていくつも肉を抉る音が俺の鼓膜に響き渡る。
滴り落ちる真っ赤な液体。
しかしそれは俺の口から零れ落ちたものではなく――
「――っ、なんだ、これ」
「どうやら間に合ったみたいだな」
「――ッ!? まさか――ッ、この攻撃は」
震える眼帯の男の声が別の驚愕に彩られる。
肩に深々と刺さった三本の矢。
それは本来、ありえるはずのない攻撃で――
「なんであのガキが動けてやがる!! 奴らは毒で動けないはずじゃ」
「拡散型応急万能薬。俺の最後のとっておきだ。せいぜい噛み締めて死んでいけ」
「ぐ、がはッ!?」
続けさまに二本の弓矢が眼帯の男に突き刺さり、苦悶の悲鳴を吐き出してみせる眼帯の男。
その僅かに開いた隙に構わず鳩尾に蹴りを入れてやれば、
よろめくように巨体が後ろに下がってみせた。
「ちくしょ、あのクソアマ、舐めた真似しやがって。殺す、ここでテメェ等をぶっ殺す!!」
「さてそんな時間があればいいな」
「はっ、テメェを殺すのに三秒もいらねぇ。せめてテメェだけでも道連れに……ッッ!!!?」
そうして地面に零れ落ちたナイフを拾い上げ、俺に突進しようとした瞬間。
眼帯の男の足がもつれるようにして地面に崩れ落ちた。
「かっ――、身体が、動かねぇ。なぜだ。万能薬は完璧だったはずなのに。なんで今頃毒が――」
「たとえ万能薬と言えども完全じゃない。昔ギルドでポーション系の取り過ぎには注意しろって教わらなかったか」
「てめぇ、そういうやさっき万能薬って――」
そう、あれは俺がギルドの雑用時代に研究に研究を重ねた『吸引型万能薬』の試作品だ。
万能薬と言えどポーションの飲み過ぎは身体に重大な機能不全を巻き起こす。
それは冒険者にしてみれば当たり前の常識で、
それこそ従来の五倍の濃度で結晶化させた粉塵を直接吸い込んだのだ。
毒を喰らったフィーネ達ならまだしも、健康体の賊徒たちが吸い込めばその薬はたちまち毒へと裏返る。
そう、俺以外は――
「ひきょう、ものが。こんな勝ち方して嬉しいかよ。テメェには冒険者としてのプライドってもんがねぇのかよ……っ」
「女子供を殺すのに捕獲用の毒を使ったお前らが言えることか。それに――俺がお前を裁くんじゃない。ダンジョンがお前を裁くんだ」
背中に弓を突き立てたまま立ち上がろうとする眼帯の男の瞳にどす黒い執着の輝きが灯りだす。
もはや気力だけで何とか出来るものじゃない。
それに――
「最後に使ったポーション爆弾。あれはヒポクテ草とニトロ草をいぶしたものだ。
これがこのダンジョンでどんな意味を持つかアンタでも知ってるだろ」
ヒポクテ草にニトロ草。それはダンジョン街でもよく使われる香りづけの方法で。
「なっ――まさか……俺を置き去りにする気か!? やめろ。それだけはやめてくれ。俺達が悪かった、だから――」
「お前は今まで同じように命乞いをした人たちを助けたことはあるのか?」
そう言った瞬間、眼帯の男の表情が絶望的なものに変わる。
「それが答えだ。自分のやったことを後悔しながら死んでいけ」




