27話―― 生きてるからこそできる茶番。
正直、紙一重だった。
レオが瓦礫の破片を上空にぶん投げてくれなかったら俺達は影も残さず蒸発していただろう。
ぶん投げた瓦礫の破片を弓矢で穿ち、紐でくくった俺達ごと上空に移動させる緊急回避。
空中に煽られた状態で素早くフィーネが崖の壁面に『収縮矢』を打ち込んでくれたからなんとか崖下に落ちずあの強烈なブレスを回避できたはいいが……
「行ったか」
「たぶんな」
「ふぃいいい。生きた心地がしないっすねこれは……」
空を見上げれば、地上の光すら微かにしか届かない谷底で俺達は大きくため息をついていた。
まさかあそこで壁面にぶっ刺した弓矢がエンシェントドラゴンのブレスの『余波』によって岩ごと外れるとは思わなかった。
レオの固有スキル『物理反射』がなければ間違いなく雑なひき肉になっていただろう。
とりあえずエンシェントドラゴンと遭遇して、全員五体満足で生還できただけでも上出来なわけだが――
「納得できるわけないよな」
「当たり前だ。あたしらは『アイツ』の行方を一刻も早く追わなきゃなんねぇんだぞ。いつまでここで待機するつもりだよ!」
苛立ちを含んだフィーネの怒声が谷底に響き渡る。
俺としても元々そのつもりで準備してきたので彼女のやる気も理解できるが、
「しばらく探索は無理だ。ダンジョンがあんな状態な以上、地上から行動するのは危険だ。数日はここを拠点に生活した方がいいだろうな」
「――ッ!! そんな悠長なこと言ってていいのかよ。あたしらはあいつを狩りに来たんだろ!? だったら――」
「フィーネ。目の前の『伝説』を前に興奮する気持ちはわかる。けど、お前だって『死の灰』にやられたくはないだろ? せめて上空の灰が消えるまでは我慢してくれ」
『死の灰』
それはダンジョンを探索する者誰もが恐れる『災厄』の一つだ。
その正体は、高純度にまで結晶化したマナで、
その灰色がかった結晶体を人体に入れようものなら高確率で重度の魔力機能障害を起こすのだ。
強すぎるマナは人体にとって毒になり得るという事象の一つで
魔道を極めんとするものなら好んで採取しそうな『触媒』として有名だが、
『死の灰』を浴びることは冒険者としての死を意味している。
それに――
「お前だってまだ万全なわけじゃないだろ。そんな状態で外を出歩けると本気で思っているのか?」
「うぐっ――それは」
ダンジョンの奈落の底。
ここから上層部まで登っていくのはそれこそかなりの労力がいるはずだ。
麻痺の残った身体でここを踏破するのは身軽なフィーネでも難しいし、なにより――。
「あの化け物に挑むにしろ『ポーション』の在庫切れだ。準備不足な状態で勝てるほど楽な相手じゃないのは実際に対峙したフィーネがよくわかっているだろ」
そう言って諭すようにその細い肩に手を置いてやれば、唇を尖らせそっぽを向いてみせるフィーネの姿が。
どうやら納得はしていないが俺の意思を組んでくれたらしい。
実際、あの化け物は万全な状態でも勝てるかどうか怪しいクラスの『災厄』だ。
それこそ伝説の英雄譚に出てくるような化け物クラスと言ってもいい。
普通の冒険者ならあの圧倒的な破壊を目の当たりにして心折れそうなもんだが――
(それでも勝てないと絶望しないあたり、こいつらには素質があるんだよなぁ)
言葉にすればそれこそ「一狩り行こうぜ!」と言い出しかねないので死んでも言わないがそれでも絶望に暮れるよりはずっといい。
今は探索用の『太陽鋼』の化学反応で周りを明るく照らしているがそれも『素材』が尽きてしまえばおしまいだが、彼女たちの気力が尽きていないのならいくらでも立て直しは利く。
そうとなればとりあえず――、
「一呼吸おけるキャンプスペースを見つけよう。ここは休憩するには『少し騒がしすぎる』」
◇◇◇
そうして蠢くリュウモドキを駆逐した後、俺達は休憩と名ばかりな治療タイムに入っていた。
エンシェントドラゴンの咆哮にビビったのか、二頭狩っただけでやけにあっさり逃げていくリュウモドキにも拍子抜けしたが、
麻痺毒が残っていてあれだけ的確に敵の動きを把握して俊敏に動けるフィーネの身体能力にはいつも驚かされる。
「しっかしあれが竜種か。こいつらモドキと比べて想像以上の化物だなありゃ」
そう言って不貞腐れたように上層階から落ちてきたであろう『焚き火』を囲んで息をつくフィーネ。
まぁ非力な俺からしてみればあたりに魔物の気配がないのは好都合だが、彼女からしてみれば消化不良と言ったところなのだろう。
あれだけ巨大な存在を目の当たりにして微塵も闘争心が落ちていないのは結構なことだが怪我人なんだからもっと大人しくしてもらいたいものである。
「ちっ――カゾックの野郎最後の最後まで余計なことをしてくれたぜ。せっかく英雄になれるかもしれねぇってのに。面倒な毒を使いやがって」
「相当恨まれてたみたいだなお前。普通、希少なビックスパイダーの麻痺毒なんて人に使おうなんて思わないぞ」
あれだけ魔物捕獲用の毒を受けてこうして後遺症もなく動けるようになってるだけでも十分奇蹟なんだが、どうやらそのことを理解していないらしい。
「まったくたくましいことで」
「ふん、この程度の毒あたしにかかればないも同じなのよ。それにそれを言うならあれだけ毒喰らってケロッとしてるテメェの方が異常なんだがな」
「そりゃ年季が違うからな。
万年、素材管理室なんて場所に引きこもっていれば自然と毒耐性は上がるもんだよ」
まぁそれも固有スキルのおかげなんだが……
「まっ、その経験のおかげであの劇的な窮地を乗り越えられたわけなんだけどな。……どうだアンジェリカ、少しは楽になったか?」
「ごめんなさいワタくん。みんなピンピンしているのに私だけまだ回復できていないなんて」
「こればっかりは体質の問題だから仕方ないさ。ほら残りの素材で調合した解毒薬だから少ないが。これで少しは楽になると思う」
背中を持ち上げてそっと口元に流し込むように解毒薬を飲ませれば、小さく息をつくアンジェリカの身体から徐々にこわばりが抜けていった。
どうやら、筋肉の硬直は無事解けてきたらしい。
手持ちの解毒薬が少ないため回数を分けて飲ませているが、はじめの頃と比べればだいぶ楽そうだった。
「つらい思いをさせてごめんな。俺がトチらなければ今頃、万全の状態でドラゴンの巣に到着できたかもしれないのに」
「それを言うならレオも同罪っス。レオもアイツらの匂いにもっと気づいていればこんなことには……それでおにーさん。アンジェ姉ぇの後遺症とかは」
「見た感じ普通に受け答えできるから問題ないと思う。あとは自然回復を待てば大丈夫かな」
「そうっすか。本当によかったっす」
しょぼんと白い尻尾と耳を垂れさせる。
どうやらホッとして涙が零れ出たらしい。
真っ先に睡眠香が効いたのに責任を感じているのか、なかなか麻痺の取れないアンジェリカの看病を真っ先に名乗り出たのはレオだった。
「ううっ、周囲の安全確認は鼻の利くレオの仕事なのに見方を危険にさらすなんてレオは盾役失格っす。アンジェ姉ぇ……ごめんっス」
「それを言うのなら、そもそもの原因を作ってしまった俺に非があるのだが……」
「ふふっ二人ともそんなこと言わないの。あれは不意打ちだったし、どう頑張っても用意周到な彼らの奇襲防げなかったわ。
ワタくんの頑張りがなければ今頃私たちは殺されていてもおかしくなかったでしょうね」
「いや、アイツ等が単純で間抜けだっただけ俺は何も……そもそもあいつらは俺も始末するつもりだったみたいだしそういう意味じゃ俺が巻き込んだようなもんだよ」
「もう、そう卑屈になるものではないわ。私だけじゃなくレオちゃんだってちゃんとあなたの活躍を見ていたんだから。最後の啖呵、カッコよかったわよ?」
そう言って震える腕を持ち上げてそっと笑ってみせるアンジェリカ。
まったく彼女の慈悲深さには本当に助けられる。
「あなた達は私たちを守るために命を懸けてくれました。結果的にすっごく怖い存在を呼び出すことになっちゃったけど、目の前の脅威に目を逸らして挑みかかるよりかはずっといいわ。
私たちもドラゴンなんて楽勝だって舐めてかかってたところあったし。ワタくんの言う通りになっちゃったわね」
「アンジェリカ……」
「ううっアンジェ姉ぇ。レオは、レオはああああああああ!!」
「あらあら泣き虫さんね。もう終わったことなんだからこれから強くなっていけばいいのよ」
そうして感極まった様子のレオを豊かな胸に迎え入れるアンジェリカ。
よしよしとその白い頭を撫でる姿はまるで聖母の如く輝いており、思わずもらい泣きしかけたところで、
「――で、盛り上がってるところ悪いが。その傷の舐め合いもそろそろ終わりにして反省会に入っていいか」
呆れたようにどこかいい加減にため息をつくフィーネの一言が無慈悲にバッサリとこの茶番劇に幕を下ろすのであった。




