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23話―― 覚悟の証明。


 あざ笑うかのように下卑た男たちの笑い声と共に、情け容赦ない飛びナイフの一撃が飛んでくる。


 咄嗟に三人を庇うように覆い被されば、衝撃と共に鈍い痛みが俺の背中に突き刺さった。


「うぐっ!?」


 麻痺毒が塗布されているのだろうか。

 一本、二本と意図的に急所を外したナイフが次々と突き刺さる。


 背後からはまるでこの状況を楽しむかのような嘲笑の声が。

 でも……


「ポンコツ、テメェ……」


「いい、から。だまってろ」


 彼女たちは絶対に傷つけさせない。

 それは失態を犯した俺ができる数少ない償いだった。


 俺には固有スキルがある。

 この程度の傷ならすぐに治るが、フィーネ達はそうはいかない。


 それこそ魔物の麻痺毒をもらいすぎて冒険者を引退したなんて話があるくらいだ。

 

(これだけの量の麻痺毒を打ち込まれれば、どんな重篤な後遺症が残るか分かったものではない……それだけはダメだ)


 彼女らの体調管理を任された者として、それだけは絶対に許されない。

 それに――


「悪い。俺のせいで、お前たちを危険に巻き込んじまった」


 歯を食いしばり慣れない『痛み』に顔をしかめる。

 背中の傷は痛いが、それ以上に痛むのは俺の心だ。


 警戒を怠った方が負け……もちろんそれはわかっている。


 魔物の命を奪って生計を立てる以上、一つの油断で命を落とすなどこの世界ではよくある日常の一つだ。

 命を奪うものが、命を奪われる覚悟を決めていないはずがない。


 それはダンジョンに潜り、その恩恵にあずかっている者なら誰しも胸に刻む常識だ。


 だけど――だからって冒険者同士の殺人が許されている訳ではない。

 そんなことが許されるのなら、ここはもっと殺伐とした戦場になっている。


 ギルドだって馬鹿じゃないのだ。

 それこそダンジョン内で依頼とは違った『違法行為』を行えば冒険者カードを通じて違反者にそれ相応の罰が行く仕組みになっている。


 だがそれはあくまで冒険者ギルドに在籍していればの話。


 こいつらのように人を人とも思わないクズには関係のない話なのだ。


「これは、完全に俺の落ち度だ。

 初めて交流する奴らにはもっと気を配っておくべきだった」


「ということは、ワタくんが聞いた、竜種がこっちに飛んできたっていう情報は――」


「俺らの罠に決まってんだろーがバーカ。ここで待ってれば竜の雫を求めたテメェ等がのこのこ現れると思ったよ」


「はっ、万年E級の弱小ギルドのくせにこんな大それた依頼を受けて名をあげようだなんて考えるから俺達みたいな奴らに付け狙われるんだ。

 残る獲物は男だけってのがやりがいがねぇが、女どもだけでも無力化できただけでもよしとするか」


 完全に勝利を確信しているらしい。

 リーダーと思わしき眼帯の男の言葉に他の五人が歓喜の声を上げる。


 あぁなるほど。つまり――


「なる、ほどな。この依頼自体、テメェ等『賊徒』を利用するための罠だったってことか」


「そういうことだよフィーネちゃん。お前ら『夜明けの日差し』の噂は聞いてるぜぇ。

 なんでも『天上の神域』を目指してるんだってな?

 あんなクソ餓鬼の口車にのって、お伽噺に夢見るなんざ馬鹿みてぇだとは思わなかったのかよ」


「うる、せぇ! それ以上シャロンのことを馬鹿にするとその喉食いちぎってやるぞ!!」


「おーおー怖い怖い。だが、その様子を見る限りどうやら抵抗するのも難しくなってきたみたいだな」


「くっ――」


 必死に震える両腕で身体を持ち上げようとするフィーネ。

 その身体にはじんわりと熱い汗が噴き出していた。


「へっへっへ、無理すんなよフィーネ。いくら頑張ったって苦しいだけだぜ? 風下に麻痺毒と毒薬も撒いておいたんだ。あれだけ連戦して消耗してたんだ。立てる訳がねぇよな?」


 本来、魔物に用いるための捕獲用道具だ。

 それを人体に使われて抵抗できる奴なんて、それこそ一握りの『才能』を持ったものしかいない。

 だけど――


「ぐっ――」

「ふっ――ようやくくたばったか。雑魚の癖にずいぶんと手間取らせてくれる」

「ポンコツ!! くっそ、カゾック、テメェ……ッッ!!」


 悔しげに歪むフィーネの表情が眼帯の男を睨みつける。

 さすがに毒をもらいすぎた。

 『体調管理』が追いつかない。


「くそ、が――あたしらを、どうするつもりだ」


「さーてね。俺達はただいつも通り、金に目がくらんだ愚かな馬鹿どもを殺すのが仕事だ。前回はテメェのせいでヘマやらかしたからもう後がねェんだけどな」


 そう言って眼帯の男が手下に指示を飛ばすと手下らしき男どもがアイテムポーチから魔物捕獲用の縄を取り出してみせた。


 どうやらここで殺すのではなく、もっと安全な階層で始末するつもりらしい。


 眼帯の男が俺達に向ける視線のなかに復讐の色が灯り始めたのが確かに見えた


「さてと、俺らの依頼はお前らの死骸を魔物に喰われたと見せかけてギルドに持ち帰ってやることだが……少しくらいいい思いをしても許されるよな?」


「へっへっへ、ずっとダンジョンに潜ってってご無沙汰だったんだ。やってもいいっすよね。お頭」


「この男はどうする」


「逃げられても面倒だし、殺せ。女以外に用はねぇ」


「へへ、そうだな」


 下卑た笑みを浮かべて一歩二歩と近づいてくる賊徒たち。

 用意周到な奴らのことだ。

 当然、状態異常の万能薬は飲んできているだろう。


 冒険者界隈では、魔物を狙わずその道中の帰り道に冒険者を襲い生計を立てている盗賊のような輩がいると聞く。


 そう言う輩は総じて『賊徒』と呼ばれ、発見次第――指名手配されるのだが


「その賊徒が、ギルドを通じた始末屋に成り下がってやがるとはな」


「へへ、わりぃな兄ちゃん。そこの生意気な女どもに巻き込まれたんだろうが大人しく死んでくれや。まぁ冒険者なんだしダンジョンに潜った以上、死ぬ覚悟はできてんだろ?」


「くっそ、やめろカゾックッ! そいつは関係にだろ!?」


「関係ない? いいや違うね。お前らがこの男がを巻き込まなきゃ、コイツはこんなあぶねぇ場所で死ぬ必要はなかったんだ。

 いわばコイツはテメェ等が殺したも同然だよ。違うか? あばずれ」


 フィーネの良心をいたぶるように彼女の頭を踏みつける眼帯の男。

 その太い指先が彼女の髪を掴み上げようとした時、俺の中で何かが吹っ切れた。


「その汚ねぇ手で彼女たちに触るなクズが!!」


「――っ、テメェ!? やりやがったなこら!!」


 男たちの手をはねのけ、腰から引き抜いた解体用のナイフを構えてみせれば、咄嗟に眼帯の男の腕を切りつける。


 瀕死の状態で動けないと油断していたのだろう。


 咄嗟に身を引いた男たちの包囲の輪が緩み、

 ぎろりといくつもの不機嫌な鋭い視線が突き刺さる。


「は、はは。無能がいっちょ前に反抗してきやがった。どうやら本当に苦しんで死にてぇらしいなオイ」


 眼帯の男の言葉を合図にすらりと武骨な武器を引き抜く賊徒たち。

 何度も何度も道行く冒険者たちを騙し、同じようなことをしてきたのだろう。

 奴らに誰かが死んで可哀想なんて心はない。


 それでも、俺にだって譲れないものはある。


「やめ、ろポンコツ。テメェじゃ、勝てねぇ」

「いやだ」

「頼むから馬鹿言ってねぇで、逃げろ。これはアンタが生き残れる、最後のチャンスなんだよ」

「いやだって言ってんだろ!!」


 そうして背中から聞こえてくる掠れた声を大声で拒絶してやれば、あれほど下卑た笑い声で彩られていた廃墟がシンと静まり返り返った。


「いままでずっとお前らに助けられてきたんだ。こんなときくらい、お前らと一緒に命張らせろよ」


 皆呆気にとられたような表情で俺を見ている賊徒たち。

 まるで心の奥底から勇気を絞りだしたかのような俺の声に、男たちの視線が徐々に嗜虐の色に染まり始めかと思うと、リーダーの嘲笑と共に大爆笑が巻き起こった。


「はっ――おい聞いたかお前ら。コイツは傑作だ。この男、自分の命を懸けて女たちを守ろうとしてやがる」

「馬鹿な奴だぜ。いまから自分がどんな目にあうかも知らねぇで」

「泣いて、命乞いしてももう遅いってのにな」


 きっとこの行為は最悪の選択だったに違いない。

 『俺』を殺すことに意味があると奴らにわからせてしまったのだ。


 こういう下衆野郎の思考回路はわかりたくないが、きっとこいつらは俺を殺した後、俺を晒しものにして『愉しむ』つもりだろう。


「意地張ってねぇで逃げろポンコツ。いまなら誰もテメェを追わないはずだ。力のねぇテメェが勝てる相手じゃねぇ……あたしらは、隙をついて逃げるから。だから――」


「大丈夫? ふざけたこと抜かすと今度こそ怒るぞフィーネ」


 そんな強がり言って俺を逃がそうとしてくれるお前らを置いていくなんてクソみたいなことが俺にできると思うか? 

 たぶん。久しぶりだ。


 久しぶりに俺はキレている。それこそあのクソ野郎からギルドを追放された時以上の怒りが俺の中に渦巻いている。


 それに――勝算がないわけではない。


「ビックスパイダーの麻痺毒にポイズンフロッグの毒液、それにか眠眠茸の睡眠香か……ばかなことをしたもんだな」

「あん? なんだテメェ死ぬのが怖くてついに狂っちまったか?」

「……フィーネ」

「あん、だよ」


「お前の言う通り俺はこいつらに勝てない。挑んだところでどうなるのかも目に見えているし、俺が死んだらきっとお前らは死ぬよりつらい目にあわされるかもしれない」


 それは紛れもない真実だ。

 どんなに逆立ちしたって俺はこいつらを殺せない。


 圧倒的な実力不足。


 彼女たちを大事にしたいと思った矢先のことだ。

 麻痺毒でジワジワと身体が蝕まれ、言うことを効かず。

 目の前で下卑た想像をするクソ野郎に『仲間』の尊厳を好き放題言われて悔しくないわけがない。


(でも、だからこそ――俺はこいつらを助けたい)


 血がにじみ出す拳をそっと解き、どす黒い感情を胸の奥深くに沈める。


 覚悟は決めた。もう迷わない。

 男なら、俺が目指し憧れた冒険者ならきっとこういう時こそ笑って仲間を安心させてやるのだ。


 だから――


「……こいつらは俺が何とかする。少しだけ信じて、耐えて待っててくれるか」


 その不安げに彩られた少女の髪をそっと撫でつけ、いま最も助けたい人たちの前で堂々と勝利宣言を口にする。


 震えはいつの間にか、止まっていた。


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