21話―― 不器用な背中は答えを示す
「前進だな。最悪このまま突っ切って竜の巣を目指す。いいなお前ら」
「うっす、了解です!」
「わかったわ。竜の巣、腕が鳴るわね」
フィーネの言葉に異存はないと頷いて見せるメンバー達。
いや、いまの彼女たちなら竜種の一頭くらいならなんでもないかもしれないけど、
「正気で言ってるのか? 正気で役立たずの俺を連れて竜の巣に向かうつもりで――」
「正気も何もあたし等はもう進むしか残されてねぇんだ。ポンコツのテメェみたいにチャランポランにどこへでも行ける立場じゃねぇしな。
だいたい、その装備で十層探索とか舐めてんのか?」
「それはお前らが有無言わさず俺を無理やり簀巻きにして連れてきたからでしょうが!?」
俺だってこんなことになるんだったらもうちょっと装備揃えたかったよ。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題は、彼女がたったいま定めた目的地の方だ。
「わかってるのかフィーネ。竜の巣に行って今まで返ってきた冒険者は『一組』しかいないんだぞ!? 本気で足手まといの俺を連れてそんな場所に行くつもりなのか?」
「なんだ? また男のプライドとかくだらねぇ理論持ち出すつもりか?」
「そういうことを言いたいんじゃない! 確かにお前らの指示に従うとは言ったがわざわざ
「はぁ、ったく。なんだってあたしらみたいな弱小ギルドに不釣り合いな依頼があるのかねぇ。よりにもよってランクAの超難易度の依頼を」
そう、俺達が危険な第十層を目指しているのもそれが関係している。
難易度ランクA。
『竜の涙』を納品せよ。
よりにもよって初の依頼が竜種の討伐になるなんてな誰が予想できる。
そもそも――
「フィーネ達は竜狩りの経験あるのか?」
「んなもんある訳ねぇだろ。なにせ竜種だぜ竜種。万年E級ギルドのあたしらじゃそんな上等な依頼自体回ってこねぇし、旨味がねぇのに誰が好き好んでそんな厄ネタ突きたがるんだよ」
「そうよねぇ。竜種と言えばドラゴンでしょ?
何度か第10層に足を運んでワイバーンを狩ったことはあるけど、ここまで深く潜ったのは初めてだから生で見たことはないのよねぇ。レオちゃんは?」
「レオは前に故郷で一度だけ見たことがあるっす。口からぶわーって火を噴いて村が焼かれたっすけど、緊張感ビンビンで楽しいかった思い出があるっす」
「お前はお気楽でいいよなぁ」
フィーネの呆れ声に、へへへっと暢気に笑ってみせるレオ。
『竜の雫』
それは文字通り、竜種が最後の命を落とすときに額の竜骨に浮きだす赤い魔石のことだ。
成り損ないのワイバーンと違って本来、竜種と呼ばれる上位存在は滅多に見つかるようなものではないのだが、
(ここ第10層だけは話が変わってくる)
なにせここ第10層は文字通り竜種の巣食う階層なのだ。
普通ならA級冒険者が十人そろってようやくって場所なのに足手まといが一人が付いて回るとか救いがなさすぎる。
道中、一体でも幼体の竜種と出会えればめっけもんだと思っていたが、本気で竜の巣付近を目指すのなら今の状態では危険すぎる。
「なんだポンコツ。この期に及んで怖気づいたのか?」
「いや、そうじゃないけど。だとしてもリスクがでかすぎる。俺みたいな足手まといを連れて竜の巣窟に乗り込むなんて――」
「そうか? あたしらはもともとそのつもりで覚悟を決めてたつもりなんだけどな」
衝撃の事実に、思わず言葉が詰まる。
「――本気で言ってるのか? 本気で俺を連れて竜の巣窟まで」
「そもそも前提が間違ってんだよ。依頼が失敗してギルドを抜けても問題ねぇポンコツと違ってあたしらは金を稼がなきゃ居場所を失うんだ。もう引くに引けねぇとこまで来てんだよあたしらは」
本当ならあのおんぼろE級ギルドに達成できるような依頼ではないのだが
おそらくギルド全体のランクを低くなるからという理由による排斥だろう。
これすらできないのであれば、ギルドでいる価値はない、と訴えるつもりで
依頼受注を回してきたに違いない。
そう言ったギルド間の見栄や実力主義はわからなくもないが、それにしたってこの貧乏くじを引いたシャロンはなにを考えてこの依頼を『ギルド加入試験』にしたのだろうか。
(まぁ金払いが良すぎるって理由で飛びついた可能性もあるけど……)
さすがにそれはないと願いたいが、それにしたって無謀すぎる。
命を懸けて得られるものが報酬だけなんて。
冒険者ならもっと損得勘定ができなければやっていけないというのに
「そんな気持ちわりぃ顔すんじぇねぇよポンコツ。なにもあたしらは黙って死ぬつもりはねぇぜ。なにせあたしらは生粋の冒険者だからな。目の前のお宝をみすみす獲り逃すつもりなんざねぇのさ」
「お宝? どういうことだ?」
「はん。そんくらいテメェで考えろ」
そう言って僅かに顔を歪めズンズンと前に進んでいってしまうフィーネ。
彼女がああまで固執する宝が竜の巣にある?
でもあの不器用なリーダーがメンバーを危険にさらしてまで強行するような理由があるとはどうしても思えなかった。
「いまのは、いったいどういう意味だ」
「あら分からないの? あの子は貴方のことを認めているって言いたいのよ」
「アンジェリカ」
そっと音を殺すように背後から顔を出すアンジェリカに驚き後退れば、レオと二人でニヤニヤ微笑んで見せるアンジェリカの姿があった。
しかし、認めているとは一体どういうことだ?
俺はまだ試験には合格していないはずなのに。
「うーん。ここまで自己肯定感が低いと厄介ねぇ」
そう言って僅かに苦笑を浮かべてみせるアンジェリカ。
その顔には明らかな呆れた感情があり、まるでダメな生徒に課題を出すかのように俺の目の前で指を振るってみせた。
「まぁ要するに、貴方はこのパーティーで必要不可欠な存在だってことよ」
開いた口が塞がらない。
だって彼女たちは俺がいなくてもやっていける。
むしろ探索では足手まといにしかならない無能を連れて10層までたどり着くだけでもじゅうぶんすごいのだ
それこそちゃんと知識を収めれば、間違いなくS級冒険者になれる器だと俺は確信している。
『彼女たちの『体調管理』はあくまで俺の自己満足の延長でしかない』
そう思っていたのに――
「……ワタくんには黙っていたことだけどこの『試験』は私たちの昇級試験も兼ねているつもりなの」
「昇級試験?」
「そうっす。レオたちはこれまで無茶な探索を繰り返してきたから、ギルマス権限で十層の奥深くを『攻略』することを禁じられてたんす。
今回、おにーさんをどうこうすることを条件にフィー姉ぇはダンジョン攻略の自由探索権を要求したんす」
「つまり、この依頼を達成しないと自分たちのやりたいダンジョン攻略に挑戦できないっていいたいのか」
「まぁそんな感じっす!!」
レオのやる気十分といった声に、アンジェリカも柔らかく頷いてみせる。
そうか。そういう事情があったのか。
たしかに彼女たちはE級なんて地位にくすぶっていいような存在じゃない。
常々、上を目指すことを目標にしているとか言っていた気がするし
今後のスキルアップにギルマスの許可が欲しいからあんなにやる気になるのもわかる。
「でもそれは命の危険を冒してまで手に入れなきゃいけないものなのか? 日を改めればいくらでも挑戦できるはずなのに。わざわざ今回、足手まといを連れて危険を冒す必要なんてないだろ」
「うーんまぁ私も最初はそのつもりだったけど、たぶん今はちょっとちがうじゃないのかなー」
「――? どういうことだ?」
そうやって首を傾げれば「これはあくまでも私の考えなんだけど」と耳打ちしてくるアンジェリカの言葉が俺の心臓を大きく揺らす。
「あの子、あれでもかなりの見栄っ張りだから。ギルドランクが上がれば、あなたを迎えるにふさわしいギルドになるって思ってるのかもしれないわね」
そんな――あのフィーネがそんなことのために命をかけようというのか。
アンジェリカの言葉に思わず言葉が詰まる。
「それじゃあ、フィーネは――」
「まぁこれはあくまで私の推測。もしかしたら本当に名誉や竜狩りをやってみたいのかもしれない。けど――」
「おにーさんを守れなかったら、レオ達はギルドにいる資格はないってギルマスのシャロン姉ぇに言われてるも同然なんすよ」




