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16話―― 雨降って地固まる

 まぁそんなわけで待ちに待った昼食である。


 『腹が減ってはダンジョン潜れん』という格言があるように生きていれば誰しも腹は減る。


 それはたとえ魑魅魍魎が跋扈する危険なダンジョンでも当たり前に起こりうる生理現象だ。

 だから――


「お昼ご飯できたよー」


 といえば二人分の愉快な声が俺の所に駆け寄ってきた。

 今か今かと待ちわびたように器を握るレオとアンジェリカ。

 その視線はたったいまできた『レッドベアーのシチュー』に向けられており、特に鼻のいいレオには我慢できなかったのか白い尻尾がはち切れんばかりにビュンビュン動いていた。


「うーんいい匂い」


「まだっすか? ねぇまだっすか!?」


「もうちょっと待ってな。あと少しで出来上がるから」


 ふっふっふー三人に不評だったレッドベアーの肉も俺の『管理技術』にかかれば

 たちまち最上級のオーク肉へと変貌するのだ!!


 煌々と輝く薪の上で鍋の底を静かにかき回せば、香ばしい匂い立ち込める白乳色のとろりとした液体が食欲を刺激する。


 血抜きも完璧。下処理もまぁまぁ完璧。


 あまり『道具』がないので、うまさを極限まで追求することはできなかったが

 それでも会心の出来には違いない。


 足りない要素は今まで『品質向上』のために培った『技術』で補った。

 そんなわけで――


「よし、それじゃあ。最後にそこらにあったニトロ草を振りかけて。特製レッドベアーの赤身シチューの完成だ!!」


「「おお~~」」


 怒涛の勢いでそこの深い器に盛りつけていけば、感動した声がダンジョンの森に響き渡る。


 まぁダンジョン飯と言えばあまり贅沢できないのが普通だ。

 調味料なんてもってのほかだし、なにより探索中に持っていける食料が限られている。


 普通は日持ちのいい黒パンに、炙った干し肉というのがセオリーなのだが――


「どうだ!! 俺の必殺、最低ランク肉もおいしく熟成させる管理技術は! ニトロ草のトロミと脂の旨味が合わさってすごいことになっているだろう!!」


「「おいし~~~」」


「それは良かった。おかわりもまだあるからどんどん食べなよ」


「「おかわり!!」」


 そう言って勢いよく突き出されるおかわりに、思わず苦笑してしまう。


 ああまったく。こうして誰かに喜んでもらえたのはいつぶりだろう。

 ギルドにいた頃は、ほとんど当たり前のように雑用を押し付けられてたから

 誰かに喜んでもらえるなんて感覚は久しぶりだった。


 とてもいい反応だし、作り甲斐があるなこれは。

 あとは――


「どうだフィーネ。自分で解体して、調理したレッドベアーの味は」


「別に、普通だし。だいたい、これはあたしが捌いた肉だろうが。なんでテメェがそんなにうれしそうなんだよ」


 そりゃもちろん、素材の管理の重要性を理解してもらえたからに決まってるだろ。

 

「というかなんでお前はそんなに不機嫌なんだ? まさかおいしくなかったか?」


「そんなことないわよねーフィーちゃん? ただ単にワタくんに剥ぎ取りの技術で負けたのが悔しいだけなのよね?」


「そうなのか?」


「はいっす。フィー姉ぇは負けず嫌いっすからね。特に新人のにぃちゃんには自分と立場をわからせてやるって息巻いてたっすね」


「うっせぇ! なに余計なこと言ってんだレオ!!」


 噛みつくようを唸り声を上げるフィーナを見れば、居心地が悪そうに鼻をは鳴らしてみる我らがリーダー


 ああなるほど、いいとこ見せたくて失敗したから拗ねてたのか。


 まぁ確かに当初目標といていたレオとアンジェリカが帰ってくるまでに解体は終わらなかったのは事実だ。


 彼女としては俺よりうまく解体技術を見せつけ、自分が上だと見せつけるつもりだったのだろう。


 でも結果は失敗。


 だけどそれは時間が足りなかったというだけで――、


「別に気にするようなことじゃないと思うんだけどなぁ」


 見た感じ手先は器用に思えた。


 解体作業自体もちょっとやそっと指導したくらいで技術が向上するのなら苦労しないので

 レッドベアーをここまで上品質の状態で解体できただけでも上等である。


 だからあとは俺が代わりにと『見本』を見せる意味で率先して解体作業を手伝ったのだが――


(露骨に『解体技術のコツ』を見せたのがまずかったらしい。もうちょっとリーダーのプライドを考えてやるべきだったか)


 年頃の娘なら誰しも通る道なので深く追求するつもりはないが、それでももうちょっと違うやり方があったなと反省しなくはない。

 だけど――


「初めはみんなあんなもんだって言っただろ? むしろどこからも教えを請わず我流であそこまで探索活動できた方が驚きだよ」


「うっせぇし。同情じみた励ましなんかいらねぇんだよ! そもそもあたしはテメェの事なんざ認めてねぇんだからな!」


「もーフィーちゃんは相変わらず負けず嫌いなんだから。

 まぁ私たちにいいとこ見せたかったってのはわかるけど、おいしいならおいしいってちゃんと言えばいいのに」


「別にそんなんじゃねぇし。そもそもお前らがそんなんだからあたしがしっかりしてんだろうが!!

 なんでよそ者のコイツを簡単に受け入れてんだよ!!」


 そうして木製のスプーンでシチューを掬い美味しそうな声を上げるアンジェリカを睨みつければ、

 焚き火の隅でいじけていたフィーネがおもむろに立ち上がり、よくわからない地団太を踏んでみせた。


「そもそもレッドベアの肉がうめぇわけねぇんだよ! なんでお前らはそんなにがっついてんだよ。あたしの作った料理よりうまそうに食ってんじゃねぇか!!」


「だって、ねぇ? フィーちゃんが作る料理より」


「めちゃくちゃおいしいんすもん」


「結局それじゃねぇか!!」


 ああなるほど。どうやら彼女の拗ねポイントは二人が思いのほかいい反応をしていることにも関係しているらしい。

 

 まぁ確かにフィーネの言う通りレッドベアーに肉は固くてまずいことは有名だ。


 毛皮はともかく肉を市場に下ろしたって二束三文にしかならないし

 ほとんどは『テイマー』の扱う従魔たち餌として扱われるのが常だ。


 そんなくず肉がうまいと言われてもお世辞にしか聞こえないのも無理はないだろう。


(まぁ実際、俺から見てもレッドベアーの肉は人が食べるのにはあまり適しているとは言えないからその気持ちもわからなくないけど)


 でもそれは『未処理』で扱った場合の話で――


「きちんと素材の管理を怠らず、下処理を徹底すれば食べられない肉でもここまで化けるんだってこれまでの道中に何度も説明したろ? ギルドの新人研修は受けてこなかったのか?」


「あたしらはそんなもん受けなくても十分やっていけるんだよ! テメェらみたいな金持ってるしか能のねぇポンコツギルドの冒険者と一緒にすんなし!」


「なるほどつまり、おんぼろギルドすぎて研修は受けられなかったと。

 もったいないことしてんなぁシャロンも」


 でもまぁ――


(あのボロさなら納得か)


 ギルドの新人研修は一般的に国が指名したギルドに授業料を払って実施する方式になっている。


 もちろんどのような状態でダンジョンに挑むのも個人の自由だ。

 ギルドはあくまで仕事の斡旋場なので、フリーでダンジョンに入る輩もいる。


(でもだからと言って研修が必要じゃないかと言われればそうじゃない)


 なにせ研修で得る知識の有る無しでダンジョン生還確率は段違いなのだ。


 だからほとんどの冒険者は大金を支払ってでも、新人研修に金を費やすのだ。


「命あっての物種とはよく言うけどよくこれまで無事でいられたな。教えてくれる冒険者とかいなかったのか?」


「ええ。わたし達の場合は運がいいのもありますけど、みんなフィーちゃんが追い払っちゃって……」


「ああなるほど、たしかにこの性格じゃ教えを乞うのは無理かもな」


「んだとコラ!! もっぺん言ってみやがれポンコツ!!」 


 言うに事欠いてポンコツか。

 まぁ言い返せないのが悔しいところではあるが

 この様子だとダンジョン攻略のいろはもよくわかってないみたいだったし、

 もしかしたらこれまで本当に我流で生き延びてきたのかもしれない。


 運に恵まれたのか、それとも天性の実力があったのか。

 どちらにせよ危なっかしいことには変わりない。


 クソギルドを擁護するつもりはないが、新人の教育という分野に関しては力を入れているギルドだ。

 それこそ毎年、国から新人研修先として指定されるくらいに。


「なるほどな。あの無茶な戦法や妙なところで手が止まってたはそういう理由があったのか。道理で変なところで常識知らずなわけだ」


「うっせぇし。解体作業が得意ってなんの自慢にもならねぇし、探索中はまるで使えねぇじゃねぇか」


「そうは言ってもこのおいしさは異常よ? わたしもできるだけ丁寧に剥ぎ取ってるけどここまで品質を保つのは不可能だわ。何かコツでもあるのかしら?」


「まぁこれでもこの技術一本で食ってきたからな。これくらいできないとやっていけなかったんだよ」


 そう言って感嘆の息をつくアンジェリカにおかわりのシチューをよそってやれば

 アンジェリカの評価を認めたくないのかフィーネの表情が僅かに歪んだ。


 『素材管理』の『下処理』


 それは俺がギルドに入った新人にダンジョンのいろはを教えるときに真っ先に伝授する『教訓』だ。


 冒険者の世界というのはそれこそ実力社会で

 素材の状態いかんでは価値が十倍に上がったり一目置かれたりされることなどざらにある。


 そう言った過酷な世界で生き抜くには、

 解体技術や管理技術といった『技術』は戦闘スキル以上に重要視される場合が多いのだ。

 それこそ――


「焦ってせっかくの素材が台無しになったら嫌だろ?

 たしかにフィーネの言うように取るに足らない技術かもしれないけど、

 下処理の仕方で素材の品質がまるで違う。その様子だと苦労した魔物の素材が二束三文の値段で売れたなんてことあるんじゃないのか?」


「うっ――それは」


 そう言って指摘してやれば心当たりがあるのか

 僅かに身じろぎ、言葉を詰まらせる三人の冒険者たち。


 どうやら図星らしい。


「まぁ実力主義の冒険者にとっては見落としがちなことだけど、冒険者の仕事は

 一流の冒険者となればこういった『基礎』技術は大事にする」


「ふーんなるほどねぇ。これがワタくんの言っていた素材管理の重要性ね。勉強になるわー」


「けっ、どーせこいつを気遣って無理して食ってるだけだろ。あたしは騙されないからな」


「そんなことないっすよ!! めちゃくちゃ柔らかくておいしいっす!!」


 レオの言葉にぐぬぬぬと歯を食いしばり俺を睨んでみせるフィーネ。

 どうやら純粋無垢なレオの言葉に反論できないのだろう。

 とにかくだ。


「俺ができることは確かに少ないかもだけど、それでも知ってる知識だけは自信がある。

 これを食ってもまだ信用できないのか?」


 そう言って改めてシチューを差し出してやれば、

 忌々しそうにレッドベアーのシチューを一瞥するフィーネの方から舌打ちがあった。

 そして俺の手からシチューを奪い取ると


「不味かったらただじゃおかねぇ」


 という捨て台詞を口にしたあと白乳色の液体を恐る恐る口にし、

 その後堰を切ったかのように荒々しくシチューを口の中にかきこみ、大きく鼻を鳴らしてみせるのであった。

 

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