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12話―― 雑用。借金を背負い込む。


「これでひとまず手を打ってくれないか」


 そう言ってアイテムポーチから取り出したのは一房の干し草だった。

 だがこんな重要な『取引』の最中、役に立たない干し草なん手出す馬鹿はいない。

 当然、これは俺が『素材管理』の際に使う重要アイテムなのだが、こいつを知らなければそれこそ冒険者失格だ。


「ああん? こいつは――ニトロ草か?」

「ご名答。そろそろその大砲のメンテにそろそろ必要だったんじゃないかと思ってな」

「テメェなんでそれを――」


 鉄火のガンテツなんて有名人の攻略武器を知らない方がおかしいだろ。それに『無限火薬』なんてピーキーなアイテムを扱うにはそれなりの素材をもとにした武器が必要だからな。


「見た感じその大砲は一点ものなんだろ? 何の素材を使ってるのかはよく見せてもらわないとわからないけど、それが見た目通りの大砲だったらコイツ以上の素材はないはずだ」


 ニトロ草と言えば、爆薬を作る際に出る衝撃から武器を守る保護液を作る重要な素材の一つだ。

 爆薬の原材料として使ってもよし。乾燥させて燻し、素材の劣化を防ぐもヨシの万能素材だ。

 だけど、このニトロ草にはもう一つ使い道がある。


 それは――


「アンタも吸うんだろ?」

「なんだテメェもか」


 そう言って二本指を立て、唇から手を放すジェスチャーを繰り返してみせればサングラスの奥にある鋭い目つきが僅かに笑ったような気がした。


 今でこそ安価で出回っているものだが、妙なこだわりがある人間にとっては喉から手が出るほど高価なものなのだ。


「たしかにこいつはかなりの上物だな――」


 受け取ったニトロ草を指で擦り、鼻に近づては品質を確認していくガンテツ。


 ニトロ草など、一般で出回っている普通のアイテムで別にそこまで珍しいものではないがそれはあくまで入手しやすいというだけで品質はその限りではない。

 なにせ――


「安価に取引されている分、素材の管理や剥ぎ取りも結構雑にやるからここまで状態のいいニトロ草は滅多に市場に出回らないからな。アンタなら気に入ってくれると思ったよ」


 爆薬なんてカネのかかるものを好んで使わない限り、品質にはそれほどこだわらないのが冒険者だ。

 それにここ最近、市場にニトロ草が出回らなくなったっていう『事情』もある。


「これで補修液を作れば結構いい保護材になると思うだけどな」

「ちっ――まぁいい。今回だけはテメェのその度胸に免じてその餓鬼を連れていくのだけは勘弁してやる」


 そう言てニトロ草を胸ポケットに丁寧にしまうガンテツ。

 実力者だからこそ、損得勘定はしっかりできると思っていた。

 やはり珍妙な見た目以上に実力は本物なのだろう。


 そっと背後に視線を投げかければ、そこにはとりあえず大事にならずに済んで安心したのかほっと胸をなでおろすシャロンの姿があった。

 

 まぁこれで終われば話は楽なのだが、


「それでコイツの借金ってどれくらいあるか聞いてもいいか」


「ああん!? ……なんでテメェがそんなこと聞いてくるんだ」


「いや、もし返済可能なら俺が説得してやろうかと思ってな」


「にぃちゃんがぁ?」


 そう言って怪訝そうに顔をしかめ、さっそくニトロ草の煙草を口にくわえ一服つくガンテツ。

 まぁこれだけ脅して俺みたいなひょろい若造に取り立てできるとは思っていないのだろう。

 なぜかシャロンからも「裏切者!?」という顔で見られた。


「ワ、ワタル君。どうして……」

「どうせこのままうやむやにして終わったらラッキーとか思ってるんだろうけど、それじゃあ何の解決にもならないのが目に見えているからな。なら第三者の俺が間に入った方がスムーズに話が進むんじゃないのか?」


 あと俺はお前の味方なわけじゃない。早く面倒事を終わらせてしまいたいだけだ。


 すると一応、ニトロ草についてはある程度恩義を感じているのか。

 気乗りしない感じで額を指で掻き、「金貨これだけや」と言って五本の指を立ててみせた。


 この世界で金貨1枚もあれば贅沢しなければ一か月過ごせる。

 それが五本となると――


「えっと金貨50じゃないよな」


「いんや金貨5000だ」


「ごせっ――!?」


 思わず眼玉が飛び出るかと思った。


 銅貨一枚の相場が黒パン一つとすると、とんでもない金額だ。

 とてもじゃないが腰に張り付いている少女がギルドに借り入れていい金額じゃない。

 

「おいシャロンお前、そんな大金どうしたんだ!? まさかギャンブルに使ったとか言うんじゃないだろうな」


「それこそまさかだよ。この土地を買うのとギルドの設備投資で諸々消えたの!! あとはギルドに収める登録料とか維持費なんかで……」


「それでも金貨5000なんて大手ギルドでも払える額じゃないぞ。お前どんだけやりくり下手糞なんだよ」


「もちろん。ウチから借りた額だけじゃねぇ。そこの泥棒猫が片っ端からほうぼうの金貸しから借りた額をウチが代わりに払ってやってこの額だ。これでもかなり良心的なんだぜ?」


「なんでそこまでこいつを欲しがるんだ? 言ってしまえばまだ子供だろう。そこまで追い詰めるようなことしなくても……」


「そりゃもちろん。ウチの親父がそこのチンチクリンを気に入っちまたったんだよ」


「気に入った?」


「ガンテツの組に捕まっちゃうと、わたしはダンジョン区画の豪華で悪趣味なお庭で綺麗な服着て、一生幸せに暮らさなきゃいけなくなるの」


 いや、それはそれでいいんじゃないのか? 

 平和に暮らせるのであれば、特にそこまで抵抗するようなことではないように思えるんだが、


「別に身体を売れとかそういうんじゃないんだろ? なんでそこまで抵抗するんだ」


「兄ちゃんからも言ってやってくれよ。俺だってこんなくだらねぇお使いの為にわざわざこんな汚い教会に来る気はねぇんだ。こいつがお嬢の所でおとなしくオトモダチになってくれれば丸く収まる話なんだぜ?」


「そんなの嫌だ! だってわたしは未踏破ダンジョンを攻略してこの国一番のギルドを作るのが夢なんだから!!」


 その幼い宣言に頭をぶん殴られるような衝撃を覚えた。


 最初に俺の頭をかすめた言葉は『無謀だ』だった。

 こんな常識もろくに身についていない少女がよりにもよって王国一のギルドになれるはずがない。


 資金も設備も人員さえも碌に揃っていない。

 そんな状態で夢を語っても、惨めになるだけだ。


 現に、無理に金を借りて、足掻いた結果。

 自分の運命も自分で決められないような最悪な事態に陥っている。


 でも――俺はその爛々と輝く琥珀色の瞳に『とある』可能性を見てしまった。


 俺は一週間前、俺を必死に引き留めようとしてくれたトールに叶わぬ夢を見たら止めてやるのが優しさだと言った。

 余計な夢を見せてもつらいだけだと。だけどこの少女は――


「わたしはいずれこの歳初めてのダンジョン攻略者になる!! そのために仲間を集めて、いの一番に『根源の渦』を見るんだ!!」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ!! 勇者じゃあるまいし、んなことできるか。今代の勇者だって25層から先を見つけられてねぇ。碌に仲間も集められねぇテメェには無理だっつってんだよ」


「無理じゃないもん。できるもん!!」


 S級冒険者並みの実力を持つガンテツに食って掛かるシャロン。

 ついさっきまではギルドマスターのギの字ほど向いていないと思ったけど、なるほどこれは確かに――


(ギルドの長に相応しいかもな)

 

 夢を語り、その背中で仲間に道を示す。

 本来、ギルドマスターに必要な資質はそれだけだ。

 そしてその背に一瞬でも見せられてしまったら冒険者はもう止まらない。


 俺も俺で覚悟を決める。


「なぁガンテツさんだったか? 今回はこれだけで勘弁してくれないか」


「あん? テメェ、確かこのガキに言って聞かせる話だったろ。こりゃどういうつもりだ」


「見ての通りだよ。俺の金で借金を立て替えてくれって言ってるんだよ」


 懐から取り出した金を見て、あからさまに眉をひそめてみせるガンテツ。

 俺の行動が不可解なのだろう。

 だが俺が言いたいことはすでに伝わっているはずだ。


「聖金貨十枚はある。もちろん金貨5000枚なんて大金にた到底届かないだろうけど今月の利子分くらいにはなるだろ」


「わたりゅくん……」


 十年間、冒険者を夢見てコツコツため続けた金だ。

 少なくともこんなところで使う金じゃない。


 だが冒険者としての俺は、ここが使い時だと叫んでいる。


「テメェがコイツの面倒を見る義理はねぇと思うが? 吐いた唾はのめねぇぞこら」


「わかってる。それでもダンジョンに夢見た子供の夢を目の前で馬鹿にされて知らん顔できるほど腐ってないんだよ俺は。アンタだって冒険者ならわかるだろ? さっきの言葉は取り消してもらおうか」


「……正気かテメェ。こんなくだらねぇガキの与太話の為に大金賭けるってのか?」


「もちろん後でしっかり耳揃えて返してもらうさ。ただ、それだけの価値はあると俺は思うぜ」


 そう言って俺の後ろに隠れているシャロンを見ればキョトンとした反応が返ってきた。

 こっちは精一杯お前を推してんのに、鈍いお子様だ。


「……これだけか。仮にもこの『俺』に引いてくれって無理難題を押し付けてんだ。もっと誠意があってもいいと思うが?」


「生憎と手持ちはそれで全部だ。アンタがこのアイテムポーチまでがめろうってんなら本気で抵抗してやるぞ。お互いくだらねぇぶつかり合いは嫌だろ?」


「ほぉ、俺相手によく吠えたな小僧。もちっと虚勢を張れるのが上手かったらそのケンカ買ってやってもよかったんだがな」


「――っ!?」


 サングラスの奥の視線が僅かに下に落ち、俺も自分の右手が僅かに震えているのに気がついた。


(ほんと、つくづく思い通りにならない身体だよこんちくしょう。ほんの一瞬でも虚勢を張れねぇのか)


 これじゃあせっかく強気に出た意味がない。

 するとまるで興覚めだと言わんばかりに肩をすくめてみせるガンテツがおもむろに首を横に振り、紫煙をくもらせるタバコを吐き捨てその靴裏で踏みつぶしてみせた。 


「ちっ――、まぁいいだろ。たしかにこんだけありゃとりあえず親父も納得するはずだろ。つーわけだ、おい、シャロン」


「なによ……」


「今日だけはこの兄ちゃんの顔を立てて引き下がってやる。だがそれも今回だけだ。来月また取り立てに来るが払えなかったとき覚悟しておけよ」


 そう言って受け取った財布を懐に仕舞い、ギルドから立ち去ろうとするガンテツ。

 その緩慢な動きが僅かに止まったかと思うと、そのサングラスの奥の瞳をギラギラさせながら気だるげに後ろを振り返ってみせた。


「あぁそうだ。そーいやそこ兄ちゃんの名前を聞いてなかったな。そこの色男、名前は?」


「……ワタルだ。元、『蛟竜の顎』のワタル――つってもアンタみたいな有名人にはわかんねぇだろうけど」


「ワタル? ……あぁなるほど、あの雑用係か。どぉりで一度見た顔だと思ったよ」


「――は?」


 おいちょっと待て、アンタそれどういうことだ。


「ふっ――なんでもねぇよ。もうここには用はねぇし俺はもう行くぜ。

 精々仲良く地獄に落ちるんだな」


 そう言ってがっはっはーと高笑いを上げ、ヒラヒラと片手を上げて去っていくガンテツ。

 その意味ありげな言葉を残して、己がぶっ壊したギルドの扉を踏みしめると

 

 あとに残った静寂だけがやけに大きく俺の心に疑問を残すのであった。




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