悩み
佐橋大尉の言葉が頭に残る。『思うとおりに行動すればいい』。今までだってそうしてきた。なのに、出来なかった。友達でも、同級生と言う理由で撃てないなんて無い。
「引き金を引く事が、辛くなったのだろうか?」
いや、そんな事はない。迷わずに引いた。だから、この集落を守れたのだ。もし引いていなければ、今頃は戦車に集落は蹂躙され、野原になっていた。
「俺が引けない理由。俺の過去にあるのか?」
原とは小学校、中学校、高校も一緒。所謂腐れ縁だ。原とは喧嘩で仲良くなった。しょうもない喧嘩であった。ただ単に、給食の残り物の取り合い。先生が止めようと、俺達は殴りあった。そして、仲良くなった。
「そんな弱い心の持ち主だっけか?貴方って」
戦車に車体に腰掛けている中島が言う。整備を終え、車内で動作チェックも終えた後だろう。
「別に弱い心じゃないだろう。過去に原因があるんじゃないかって思っただけだよ」
「もう前世紀の事なんて関係ないでしょ。嫌な事は忘れれば良し」
中島は胸を張って言う。俺は彼女の過去を一切知らない。かろうじて知っているのは、彼女と親との血が繋がっていない事だけ。
「嫌な事は忘れればいい、ね。その割には、まだ持ってるんだろ?その内ポケットに、もう動かない思い出の腕時計が」
ぎょっ、とした顔に中島はなった。血が繋がっていない事の証、止まった腕時計。家族の時が刻まれない時計。
「私は車内に備えられているstg44で貴方を射殺したい気分よ」
砲塔内部には自衛用のstg44が備えられている。ダッチじいさんの所で購入した突撃銃である。ドイツ戦車にはドイツ製武装をと言う俺の考えで2丁備えられている。予備マガジンも2個ずつある。
「そいつの初のお役目が、俺の射殺じゃない事を祈るよ」
そう言うと、中島は笑った。軽口の返し方が笑えたのだろうか?。何に笑えたかは分からないが、この世界でも笑える感情がある事は良い事だった。常に命の危険にあるこの世界で笑える余裕があるのは、良い事だった。
「で、佐橋さんと何を話してたの?」
「言うほどの事でもない。ただ、話しててある事を思った」
中島がきょとんとした顔になる。
「何でこの世界に成ってから、人生悟っている奴が増えたんだろう?」
ふざけた事を真顔で言ってみた。案の定、中島は笑う。それは盛大に。腹を抑えて笑っている。ここまで笑うかと思うほど笑っている。
「ま、まあこんな世界になったんじゃあねえ。仏教の教えでも三毒と言う考え方があるわ。人は煩悩を必ず持つが、その中でも特に毒とされる貧瞋痴。欲望、怒り、無知の3つがあまり強く感じられる人が少ないの」
中島は突然仏教の教えを語り始める。詳しくは知らないが、三毒は聞いたことがあった。
「つまり、この世界の人間の多くは三宝と出会えたって訳?」
三宝とは仏の教えの中で重大な転換点となるものである。これに出会えるか出会えないかで、悟りの世界に行くか六道の世界に行くか分かれる。
「そういう事になるわね。ただ、例え三宝と出会っても五戒と三学の教えを超えられる人間は少ないの。因縁の法則などを超えられても、その二つで阻まれるの。だから、全部が全部悟っているのではなく、日本人お得意のその場の空気に流されているだけなんだと思う」
それか、一部を悟ったに過ぎない・・・・か。仏の教えなんてどうでも言いと思っていたが、仏教だけじゃなく、宗教って奥が深いんだな。
「悟るというのは、それだけ難しい事よ」
そして、目の前の少女の知識レベルも驚かされる。彼女、もしかして寺出身ですか?
「まあでも、悩みがあるんなら少しでも早く解決する事ね。残しておいて大丈夫な悩みもあれば、心身にかなり負担を掛ける悩みもあるから」
-第三装甲大隊司令部-
「大隊長、例の集落に包囲網を敷く敵対勢力が接触しました。恐らく、これで包囲網が完成したと思われます」
司令部テントでは情報の擦り合わせが行われていた。
「包囲網を敷いたという事は、遂に来るか。中央司令部に情報を伝え、対策を練る様に進言しろ。こっちはこっちで防戦の用意だ。防戦ラインを引き、塹壕を掘り、各陣地を構築しろ」
基地内は騒がしくなる。戦車の移動も増え、防衛ラインも引かれた。各地に武装した兵が隠れれる塹壕が掘られ、砲撃陣地や戦車陣地も構築された。
「決戦・・・か。再開から今まで短かったな」
原も配置に付く。最前線が彼の担当だった。
「こいつに乗って戦うことになるとはな。タイガー戦車のライバル、スターリン2m型」
第二次大戦で世界最強の陸軍国同士の激突の中で生まれた虎と独裁者。両者はライバル同士として戦場を戦った。最終的には戦争も戦いも、真の独裁者の勝利に終った。
「決着を着けるか。俺とお前。独裁者と虎。どちらに軍配が上がるか」
周りを固めるT34と44。どれも強力な戦闘力を備えた戦車で固め、更に塹壕には精鋭歩兵部隊が展開した。
「もう情けを掛けられるのも御免だ。負ければ死ぬ。それが、今の俺の覚悟だ」




