6.手伝い
翌朝、スマートフォンの大きなアラーム音で目が覚めた。
頭までかぶった布団から、片手だけを出して畳の上を探る。
スマートフォンを掴むとアラームを止め、画面を覗く。
六時半。
時間を確認したと同時に、母の呼ぶ声が聞こえた。
「湊、起きたぁ?朝ごはんよ」
眠い目を擦りながら、階段を降りる。
テーブルの上には、目玉焼きや焼き魚、味噌汁が並んでいた。
母が白ごはんを運んでくる。
「おかあさん、これからおばあちゃんの病院に行くから、おじいちゃんのお手伝い頑張ってね」
母は毎日祖母のお見舞いに行くことにしている。
朝食を食べていると、玄関から祖父が入ってきた。
「おはよう、湊。食べたら行くぞ」
作業着姿の祖父は、首にかけたタオルで額の汗を拭いながら言った。
支度を済ませ、外に出ようとすると
「こまめに水分取って、お昼もちゃんと食べるのよ」
そう言って母が、弁当と水筒を持たせてくれた。
祖父について外に出ると、夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。
湊はこれから手伝いをすることが少し憂鬱になった。
母が祖父の車を使うため、祖父と湊は軽トラで向かうことになった。
荷台にさまざまな荷物が積まれた軽トラに乗り込み、漁港へ向かう。
漁港はそれほど離れておらず、歩いても行ける距離だった。
やがて、ひとつの小屋の前で車を停めた。
小さな小屋だった。
外壁の波トタンは潮風によって色褪せており、錆の赤茶色と本来の銀色がまだら模様になっている。
左右に傾斜した切妻屋根の上には、トタンが飛ばされないよう、いくつか石を置いてある。
シャッターを開けて中に入ると、ロープやカゴ、浮きや工具が所狭しと置かれている。
天井からは網がいくつか吊るされていた。
中央には広いスペースがあり、椅子の代わりのビール箱や灰皿が置かれている。
小さな机の上では、ラジオが流れていた。
床はコンクリートで、排水溝が通っている。
小屋の中は蒸しており、外よりも暑かった。
湊はすでに汗を流していた。
たばこを咥えた祖父が軽トラから手袋と長靴を降ろし、湊に渡した。
「よし、始めるぞ」
たばこに火を着け、祖父が言った。
「……何をすればいいの?」
「まずは、一緒にこれを運ぶぞ」
祖父は、軽トラに積まれたバケツやホース、発泡スチロールの箱や氷の入ったクーラーボックスを指差して言った。
クーラーボックスを持ったら、思った以上に重かった。
軽トラから降ろす。
ただそれだけの作業でも、湊にとっては重労働だった。
小屋まで運ぶ際、足がふらつく。
「ばあちゃんは、ひょいひょい運ぶぞ」
ふらつく湊に、祖父が笑いながら言った。
(おばあちゃんって凄いんだ)
湊は、荷物を軽々と運ぶ祖母の姿を想像した。
作業スペースに運んだあと、発泡スチロールの箱に氷を敷き詰める。
氷から伝わるかすかな冷気が、小屋の暑さと荷降ろしで汗だくになった湊には心地よかった。
氷を一掴みして、頬に当ててみる。
ひんやりとした冷たさが、一瞬で頬の熱を奪っていった。
「次はこいつらを仕分けするぞ」
祖父が運んできたカゴには、大量の魚が入っている。
「これ、おじいちゃんが獲ってきたの……?」
「おう、湊がグーグー寝とる早朝から海に行ってきたんよ」
湊は、カゴの中で動くさまざまな魚に、少しだけ興味が湧いた。
「これがハゼ、こっちがチヌ、これはスズキやの」
祖父が魚を手に取りながら教えてくれた。
湊は祖父に教えられた通りに、魚を氷の敷き詰められた箱へ仕分けていく。
しばらく作業を進め、最後の魚を仕分け終わる。
「休憩するか」
祖父はそう言って、背伸びをした。
湊は、水筒のお茶を一気に半分飲み干した。
乾いた喉が潤って、少し汗もひいた。
それから弁当を取り出すと、夢中で食べ始めた。
「腹減ったやろ。よう頑張ったの」
祖父は、そんな湊を見ながら微笑んだ。
湊は返事することなく、弁当をかき込んでいく。
休憩の間、祖父と湊は何気ない会話を交わす。
蓑島や漁のことを語る祖父は、嬉しそうな顔をしていた。
腕時計に目をやると、祖父は両膝を叩いた。
「よし、再開するか」
そう言って、軽トラから大きな網を持ってきた。
「網解きするぞ」
「網解き……?」
聞き慣れない言葉に、湊は首を傾げる。
「網が絡まっとるやろ?これをほどくけ、ゴミを取ってくれ」
祖父はもつれた網を広げ、絡みをほどいていく。
ゴミや海藻、貝殻まで複雑に絡まっている。
湊は、まだ水分を含んだ磯の香りが残る網からゴミなどを取り除いていく。
引きちぎったり、外したりを繰り返すうちに、手が痛くなってきた。
それからも作業を続け、ひと通りの仕事を終える頃には、湊の腕はすっかり重くなっていた。
「とりあえず、今日の作業は終わりやの」
ゴミもなくなり、きれいにほどけた網を見つめたまま、祖父は言った。
「これから市場に魚を持って行ってから、ばあちゃんのお見舞い行くけど、湊も行くか?」
「……やめとく」
湊の体力は尽きており、早く帰って休みたかった。
「そうか。一人で留守番できるか?」
「……大丈夫」
「じゃあ、今日はゆっくり休め」
そう言いながら祖父はシャッターを閉めて、軽トラに乗り込んだ。
湊を家の前で降ろした後、ダッシュボードから小さな小銭入れを取り出し、湊に渡した。
「近くに商店があるけ、ジュースでも買っておいで」
湊は小銭入れを受け取り、遠ざかる軽トラを見送った後、商店を探しに歩き出した。




