5.祖父の家
車は祖父の家を目指して走る。
湊は隣に積まれた買い物袋に目をやった。
三つの大きな袋。
途中、スーパーで夕食の買い物を済ませた。
大量に買い込んでいる。
湊は袋から目を離し、先ほど見た建物や店を次々と通り過ぎていく景色を眺める。
建物の数と街の賑やかさが遠のき、静かな風景の広がる一本道を車は走っていく。
窓を開けると暖かい海の潮風が香る。
『蓑島』
市街地の喧騒とは対照的に、広大な空と自然が広がる穏やかな海辺の町だった。
春には貝掘り、冬には牡蠣の水揚げが盛んで、美味しい海鮮を堪能できる。
この時期には海水浴を楽しめる。
しばらく走ると、古い家が身を寄せ合う町並みが現れた。
やがて、車は一軒の家の前で停まった。
「着いたぞ」
祖父がシートベルトを外しながら言った。
湊は車から降りて、古い木造の家を眺めた。
黒い屋根瓦に、少し色の褪せた木の壁。
長い年月を重ねた家に、湊はどこか懐かしさを感じた。
家のすぐ目の前には、砂浜が広がっていた。
その先には、青い海が見える。
潮の香りが辺りに漂っていた。
古びた木製の引き戸を開け、三人は荷物を運び入れた。
玄関を上がった横には、大きな木彫りの鯉が置かれていた。
家の中に入ると、長い廊下が奥まで続き、畳の匂いに混じって蚊取り線香の香りが漂っていた。
畳の部屋に入ると、中央には高級そうな木製の座卓が置かれていた。
部屋の隅にある棚には、古い置物や折り紙で作った鶴や花が並んでいる。
部屋の奥には縁側があり、開け放たれた窓から風が入り込んでいる。
風に揺られ、風鈴が涼しげな音を鳴らしていた。
荷物を置いた湊は、二階に用意された自分の部屋に行ってみた。
ふすまの向こうにある六畳の部屋は綺麗に片付けられており、畳の上には引き出しのついた机が置かれ、布団も敷かれていた。
湊は窓を開け、外の景色を眺めた。
夕焼けで赤く染まってきている空。
どこまでも広がる海。
風になびく木々。
都会では見ることのない景色だった。
しばらく眺めていると、母の呼ぶ声が聞こえた。
「湊、ごはんよ」
もう少しだけ眺めた後、窓を閉めて一階に降りた。
先ほどの部屋で母が夕食の準備をしている。
木製の座卓の上には、新鮮な刺身、アジやエビのフライ。それに、あさりの味噌汁が並んでいた。
すでに上座に座っていた祖父は瓶ビールを片手に、ぐいっと喉を鳴らして飲んでいた。
グラスを置くと、祖父は笑顔で湊を手招きした。
湊は祖父の右隣に座った。
母が三人分の白ごはんを持って、向かい側に腰を下ろした。
山盛りにつがれた白ごはんを見つめ、湊は小さく呟いた。
「……多いよ」
「いっぱい食わんと大きくならんぞ」
祖父がビールを注ぎながら、笑顔で言った。
少食の湊には、その量のごはんを食べきれる気がしなかった。
味噌汁を一口すすり、刺身に箸を伸ばした。
「……おいしい」
新鮮な刺身はほどよい歯ごたえがあり、口の中に魚の旨味が広がった。
「うまいやろ。じいちゃんが捌いたんよ」
祖父が自慢げに胸を張った。
湊は刺身をもう一切れ口に運んだ。
味噌汁も、もう一口すすった。
最初は多いと思った白ごはんも、気づけば少しずつ減っている。
「どうだ。うまいやろ」
祖父が嬉しそうに訪ねる。
湊は小さく頷いた。
「うん……」
母はそんな湊の様子を見ながら、嬉しそうに笑った。
三人で話をしながら食事を続けていると、いつの間にか座卓の上の料理も少なくなっていた。
「湊、じいちゃんと風呂入るか」
少しだけ酔いの回った祖父が言った。
「……ひとりで入るよ」
「そうかぁ。なら、じいちゃん先に入るぞ」
祖父はそう言って立ち上がり、部屋を出て行った。
祖父の足音が廊下の向こうへ遠ざかる。
母が湊を見る。
「湊」
「なに?」
「明日は、おじいちゃんの手伝いしてね」
「……手伝い?」
湊は首を傾げた。
湊は、母が掃除や食事の準備をすることが「手伝い」だと思っていた。
だから、祖父の手伝いと言われても、何をするのかよく分からなかった。
「うん。朝になったら、おじいちゃんについて行けばいいから」
「……分かった」
湊はそう答えると、残ったごはんを口に運んだ。
食事を終え、風呂から上がると、湊は二階の自分の部屋へ向かった。
机に座り、引き出しから日記帳を取り出す。
今日の出来事を思い出しながら、日記を書き始めた。
『おかあさんと行橋のおじいちゃんの家に行った。
おばあちゃんのお見まいにも行った。
おじいちゃんが作ったさしみがおいしかった。
明日は、おじいちゃんの手伝いをするらしい。』
日記帳を閉じ、布団に入った。
部屋の中は静まり返っていた。
窓の外から聞こえてくるのは、虫の鳴き声と一定のリズムを刻む波の音だけだった。
湊は目を瞑り、眠りについた。
閉じたまぶたの奥では、今日一日の光景が次々と現れては消えた。




