2.行橋へ
行橋市。
福岡県の東部に位置するその街は、穏やかな海からの風と緩やかな山からの空気が通りを抜ける、自然の豊かさと生活に必要な都会の便利さが調和した、静かで落ちついた街だった。
昨日、母のもとに一本の電話がかかってきた。
祖母が体調を崩し、念のため入院することになったという知らせだった。
命に関わるようなものではないらしい。
けれど、しばらく家を空けることになるため、祖父の身の回りの手伝いが必要だった。
母は行橋へ行くことにした。
湊はその母についてきただけだった。
新幹線で小倉駅まで行き、そこから在来線に乗り換えた。
「湊、行橋は覚えてる?」
窓の外を眺めながら母が聞いてきた。
「いや……」
スマートフォンの画面を見つめたまま、湊は小さく首を横に振った。
行橋へ向かうのは、これが初めてではない。
まだ湊が小さかった頃に、何度か来たことがあるらしい。
けれど、ほとんど覚えてはいなかった。
電車を降り、改札を抜ける。
駅の外へ出た瞬間、強い夏の日差しが湊の顔を照りつけた。
「まぶし……」
湊は反射的に手を額に当て、目を細めながら駅を見上げた。
高架になった駅の上には、線路とホームを包むように大きなガラス張りの構造が伸びている。
その前には、銀色の金属で組まれた骨組みが幾重にも重なり、空に向かって何本もの柱が伸びていた。
入口には大きなアーチ状の屋根がせり出している。
駅の名前が掲げられている。
『行橋駅』
視線を下ろすと、駅前には大きなモニュメントが立っていた。
不思議な形をしていて、太陽の光を受けながら静かに立っている。
茶色と白の曲線が重なったような、不思議な形をしている。
大きく開いた穴がいくつかあり、その中央には小さな花が描かれていた。
「……コスモスの花?」
湊は首を傾げた。
夏の日差しを受けたそのモニュメントは、駅前で妙に目を引いていた。
足元にはレンガのような色合いの舗装が広がり、植え込みや街路樹の向こうに広がる駅前の通りでは、道路の拡幅工事が進められていた。
道路を挟んだ両側には、さまざまな店や建物が並んでいる。
湊はしばらく、その景色を眺めていた。
「湊!」
後ろから聞き覚えのある声がした。
振り返ると、祖父が立っていた。




