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あの夏、僕は病室を抜け出した君と歩いた  作者: よっぴぃ
第2章 鈴

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5.何度転んでも

「湊、たまにはおばあちゃんに顔だしてあげたら?」


朝食の片付けをしながら母が言った。


「……」


湊は何と答えればいいのか分からないでいた。


「湊もせっかく友達が出来たんやけ、いっぱい遊びたいやろ」


そう言って祖父は、湊の頭を優しく撫でた。


「でも、お手伝いが必要なときは来てくれの」


ガハハと笑いながら、祖父は仕事場へと向かった。


「明日は行こうね」


「……うん」


玄関で母を見送ると、家の中はしんと静かになった。


部屋に戻ろうとした湊だったが、ふと下駄箱に置かれた冊子が目に入った。


『広報ゆくはし』


表紙には夜空に咲くきれいな花火が大きく載っていた。


その下には『行橋こすもっぺ』の文字が書かれている。


湊は少し気になって、ページを開いてみた。


そこには夏祭りの特集がずらりと載っていた。


『今年も夏の終わりはこすもっぺ! 今川河川敷花火大会』


その日のスケジュールも載っている。


地元中学校による吹奏楽部の演奏。


ダンスや空手の演舞。


アーティストのライブ。


豪華賞品が当たるビンゴ大会など、朝からさまざまなイベントが用意されている。


そして祭りのメインが、表紙にもあった花火大会だった。


(今川の祭り……この前、お母さんが言ってたような)


湊は冊子に書かれた日にちと、壁にかけられたカレンダーを見比べた。


(もうすぐだ……)


そのあとも他のページを見てみたが、興味のある内容は載っていなかった。


冊子を閉じて部屋に戻ろうとすると、玄関の外から声が聞こえた。


「みーなーとー」


鈴の声だった。


「えっ……鈴?」


「あーそーぼー」


驚いて玄関の扉を開けると、そこには鈴が立っていた。


両手を後ろにまわして、にこにこしている。


頭の上からは、何本かの棒が飛び出ている。


「なんでここを知ってるの?」


「へへっ!」


鈴はいたずらっぽく笑った。


「これ作ったんよー!」


そう言うと、後ろに隠していたものを湊に見せた。


鈴の背丈よりも高い竹の棒に、三角形の木片が付いたものだった。


「竹馬?」


「そう!やったことある?」


「見たことはあるけど、やったことはないよ」


「やってみようやー!」


「僕には無理だよ」


湊は普段ゲームばかりで、運動神経には自信がなかった。


「やる前から諦めるのはダメけねー!はい、湊の分ね!」


そう言って竹馬を二本、湊に渡した。


「私が見本を見せちゃるね!」


鈴は地面から数十センチの高さにある足台に乗った。


そうして、バランスよく器用に歩いてみせた。


竹馬が地面を叩くたびにカツンカツンと硬い音が響いた。


少し背の高くなった鈴は、まるで二足歩行ロボットのようだった。


湊も挑戦しようと足をかけてみると


グラッ……。


竹馬が大きく傾いたので、湊は慌てて飛び降りた。


「支えてやろうか?」


「いや、いい」


鈴に支えてもらうのは恥ずかしかった。それに、格好悪いと思った。


ふうっと息を吐いて、そっと片足を乗せた。


もう片方の足を乗せると、湊は前のめりに倒れてしまった。


「湊!」


鈴は竹馬を放り出して、湊のもとへ駆け寄った。


「いたたた……」


転んで擦りむいた膝からは、少し血が出ている。


「血が出ようやん」


鈴は、ポシェットからガーゼと消毒液、絆創膏を取り出した。


「なんでそんなもの持ってるの?」


「外遊びには怪我がつきものやけ」


鈴は慣れた手つきで手当てをはじめた。


血を拭き取り、消毒液を塗って絆創膏を貼る。


「痛いの痛いの、とんでいけー!」


そう言って、湊の膝を優しく撫でた。


「……あっ」


「どうしたん?」


「……いや、なんでもない」


湊は一瞬、なにか懐かしい感覚になった。


「ありがとう」


「もうやめちょく?」


鈴が心配そうな顔で言った。


「大丈夫。まだやるよ」


竹馬に向き直り、再び片足を乗せた。


ぐらつく竹馬に必死に耐え、両足を乗せることができた。


しかし、一歩進もうとするとバランスを崩してしまった。


尻もちをついたが、すぐに立ち上がり、倒れた竹馬を拾う。


そんな姿の湊を、鈴は優しい目で見つめる。


湊は自分の足元をじっと見つめながら集中する。


「ゆっくり、ゆっくり……」


そう言いながら、震える足でそっと前に踏み出す。


「湊、頑張れ!」


鈴は両手の拳をぎゅっと握りしめた。


ふらつきながらも、一歩だけ前に進むことができた。


「やったやん、湊!」


鈴はその場で飛び跳ねて喜んだ。


湊も顔をあげて、鈴に笑顔を向けた。

その瞬間、体勢を崩してしまった。


「うわっ」


一瞬で顔が凍りつき、体をバタつかせたが、持ちこたえられず転倒してしまった。


「湊!」


駆け寄ろうとする鈴を、湊は片手を出して制した。


「大丈夫、大丈夫」


起き上がって竹馬を拾いにいこうとしたが、つまずいて転んでしまった。


それを見た鈴は、思わず吹き出してしまった。


「ぷっ!乗るまえから転びよるやん」


湊はムッとして鈴を睨みつけた。


「頑張ってるから笑わないでよ」


「ごめん、ごめん!でも、少しずつ上手くなりようよ!」


鈴は両手で大きな丸をつくって、頭の上に掲げた。


「今度こそ……」


そう呟くと湊は、両手でしっかりと竹馬を押さえつけて、足を乗せた。


「しっかりバランスを取るんよ!」


鈴は両手を飛行機のように広げて、体を左右にゆらゆらと揺らした。


言われた通り慎重にバランスを取ると、一歩、二歩と進むことができた。


「湊、その調子!」


鈴の声は耳に入っていたが、足元から目を逸らさず、次の一歩を踏み出した。


三歩目が地面についたときはバランスを保つことができず、またしても転倒してしまった。


湊は服とズボンの埃を払いながら起きあがったが、体のあちこちに痣ができていた。


その場に立ち尽くしたまま、目には涙が滲んだ。


痛みよりも、格好悪い姿をみせた恥ずかしさと、上手く出来ない自分への悔しさが込み上げていた。


「湊、無理せんでもいいんよ。違う遊びしようや」


鈴は湊の肩に手を添えて、優しく言った。


「いや……頑張る」


諦めたくない。自分の力で乗りたい。

そう思った湊は目を強く擦って、竹馬を手に取った。


「そっか!」


鈴は微笑んで、湊を見守った。

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