4.昔の遊び
赤い柵に囲われた杉の木には、しめ縄が巻かれている。
この神社の御神木だった。
その横には拝殿が建っている。
「せっかくやけ、お参りしよう!」
二人は小銭を取り出して、賽銭箱に投げ入れた。
カランカラン。
大きな鈴の付いた縄を揺らして、二人は両手を合わせる。
「湊はなんをお願いしたん?」
「……おばあちゃんが元気になるように。入院してるから」
鈴は一瞬驚いたが、すぐに笑顔になった。
「 湊は優しいね!」
「鈴は?」
「内緒ー!」
鈴は人差し指を口にあてて、片目をつむった。
「見て! あの木、昔からあるんよ!」
鈴は御神木に近づいて言った。
「昔って?」
湊が聞くと、鈴は黙った。
「だるまさんが……転んだ!」
そう言って、湊の方を振り返った。
「えっ?」
突然のことに、湊は立ち止まった。
「動いたらダメけねー!」
急に始まった遊びに戸惑ったが、言われた通りじっとした。
鈴は御神木の方を向いた。
湊はそろりと進んで、鈴に近づいていく。
「だるまさんが……転んだ!」
鈴が振り返る。
湊は前傾姿勢のまま、地面を見つめるように立ち止まった。
「動かんねー!」
鈴が再び前を向いたので、湊はそっと歩き出す。
「だるまさんが……転んだ!」
今度は鈴と目が合った。
湊をじっと見つめていた鈴が、急に頬を膨らませて変顔をしてきた。
「ぷっ……」
湊は突然の変顔に吹き出して動いてしまう。
「動いたー!」
「今の反則だよ……」
「油断したらダメなんよー! 次、湊が鬼ね!」
満足そうに笑う鈴を見ながら、湊はしぶしぶ御神木に近づいた。
「だるまさんが……転んだ」
湊が振り返ると、鈴はピタッと動きを止めた。
まるで置物のように微動だにしない。
湊は再び前を向いたが、すぐに振り返った。
「おっとっと!」
湊のフェイントに鈴は慌てて立ち止まったが、バランスを崩してしまった。
「動いた」
湊は嬉しそうな顔をして言った。
「今の反則だよー!」
鈴は顔の前で両手をばってんにして言った。
「お返しだよー」
湊が笑うと、鈴も「やられたー!」と笑った。
誰もいない神社の境内では、御神木の大きな枝が風に揺れている。
その下で、二人の楽しそうな声だけが響いていた。
「湊、見て!」
鈴が湊を手招きした。
行ってみると、木々の間から町を一望できる場所があった。
さっきまで居た場所が小さく見える。
「巨人になった気分だー!」
鈴は片手を額に当て、遠くの景色を眺めた。
湊も隣に立ち、同じ方向を眺めた。
「良い景色だね」
「そうやろー! 頑張って登って良かったやろ?」
「うん」
湊は町を見下ろしながら深呼吸した。
鼻から通る空気はひんやりと気持ちよく、疲れた体を癒してくれた。
「そろそろ降りようか!」
そう言って石段に向かった鈴だったが、御神木の前で足を止めた。
「ありがとうございました」
そう言って、一礼した。
「どうしたの?」
「ここで遊ばせてくれたけ、神様にちゃんとお礼するんよ!」
それを聞いた湊は少し驚いた。
「……そっか」
湊も鈴の隣に立った。
そして、御神木に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました」
顔を上げると、鈴が笑っていた。
子供らしく無邪気なのに、どこか大人びたところがある。
湊は鈴に対してそんな不思議な雰囲気を感じていた。
二人は長い石段をゆっくりと降りていった。
急な石段を見下ろすと、登るときよりもはるかに恐怖を感じた。
やがて無事に降りてきた二人は、来た道を歩いていく。
すると、また鈴のポシェットからカチャカチャと小さな音がした。
「それ、何の音? さっきから聞こえてたけど」
湊は気になって尋ねた。
「ん? これのこと?」
鈴はポシェットから小さくてきれいな平たいガラス玉を取り出した。
「おはじき! 今日、湊と遊ぼうと思って持ってきたんよ!」
湊は覗き込むようにして、その小さなガラス玉に顔を近づけた。
「鈴って昔の遊びが好きだよね」
「うん!楽しいけ!」
一つ手渡された湊は空にかざしてみる。
平べったいガラスは太陽の光を透かし、湊の顔を照らした。
「きれい……」
二人は昨日遊んだ総合公園でおはじきをすることにした。
公園に着くと、休憩スペースに木のベンチとテーブルがあった。
「あそこでしようやー!」
二人はベンチに並んで座った。
鈴がテーブルの上に30個ほどのおはじきを広げた。
「指でおはじきを弾いて、他のに当てるんよ!」
鈴が弾いたおはじきは狙った一つに当たった。
「当てたおはじきは貰えて、多く取ったほうの勝ち!」
順番を決めるじゃんけんで、鈴が先攻をすることにした。
鈴はじっと狙いを定めて弾いた。
しかし、鈴のおはじきは狙った所より少しズレて止まった。
「あぁー、惜しい!」
鈴は片目をきゅっとつむって、悔しそうに指をぱちんと鳴らした。
「次、僕の番だね」
湊は人差し指でそっと触れて、おはじきを弾いた。
カチンッ!
まっすぐ弾かれたおはじきは狙った的を見事に捉えた。
「えっ! 上手いやん!」
鈴は驚きながら小さく拍手をした。
鈴がもう一度弾くが、外してしまう。
「あれ? また外れた……」
鈴は首を傾げながら頭を掻いた。
思ったより狙った通りにいかない。
しかし湊は次も正確に狙った場所へおはじきを弾き、見事に命中させた。
「なんでそんな上手いん? やったことあるん?」
「いつもやってるゲームに似てるから」
「ゲーム?」
「スマホのゲーム。おはじきみたいに弾いて戦うんだ」
「ええー、そんなゲームがあるん!?」
その後も二人はおはじきを弾き続けた。
湊はすべて狙い通りに当てていく。
鈴も何度か当てることができた。
テーブルに広げたおはじきがなくなった頃、五時のチャイムが鳴り響いた。
二人の手元には、取ったおはじきが置かれている。
「湊の勝ちやね!」
「やった」
「まさか湊におはじきの才能があったとはね! 凄いやん!」
「へへっ」
湊は照れくさそうに笑った。
「取ったおはじきは湊にあげるー!」
「えっ、いいの?」
「勝ったからいいよ!」
「やった」
湊は喜んでおはじきをズボンのポケットにしまった。
「帰ろうや!」
鈴は満足そうに歩き出した。
湊も隣に並んで歩いた。
夜、自分の部屋で湊は日記帳を開いた。
『今日もスズと遊んだ。
神社に行って、長い石の階段をグリコじゃんけんしながらのぼった。
じゃんけんは僕が負けた。
だるまさんがころんだもしたけど、二人とも反則をした。
遊んだあと、スズは神様にお礼を言っていた。
えらいと思った。
そのあと、公園でおはじきをした。
初めてスズに勝って、ほめられた。
とても嬉しかった。』
机の上には、鈴がくれたおはじきが置かれている。
湊はその一つを指で弾いた。
カチンッ。
静かな部屋に、小さな音が響いた。




