2.友達
湊は、鈴の半歩後ろを歩いている。
手を引かれていたが、恥ずかしくなった湊は自分から手を離していた。
鈴は前後に大きく手を振りながら、ウキウキと歩いている。
湊は、辺りを見回してみた。
右側には長い川が流れている。
その反対側には、ゴルフ練習場の大きなネットが空高く張られている。
湊は、さきほど祖父と修理した網を思い出した。
道を曲がると、きれいな工場が現れた。
作業着姿の男性や女性がちらほらと見える。
「ここは電気関係の工場なんよ!」
鈴が立ち止まって言った。
入口に掲げられた会社名を見て、湊は聞き覚えがあることに気づいた。
「……確かここ、昔おばあちゃんが働いていた」
漁師になる前の祖母が働いていたと、母から聞いたことがあった。
「この工場は最近できたけ、違うと思うよ」
鈴は、そう言って続けた。
「でも会社自体は昔からあるし、工場も行橋にいくつかあるけ、別の場所かもね!たとえば……南大橋とか」
「……南大橋?」
「この会社で一番古い工場」
「……詳しいね」
そう言われ、鈴はへへっと笑った。
そして、再び歩き出した。
道中、白くて大きな建物が見えた。
大きな入口の前には広いスペースがあり、周囲は木や植え込みで囲まれている。
「あれは市民体育館! 行橋の成人式はここでするんよ!」
「……じゃあ、鈴もここで成人式するんだね」
「私は……」
鈴は一瞬言葉に詰まった。
「そんなことより、ここの二階に筋トレのジムがあるよ! 湊、細いから鍛えたら?」
そう言うと、鈴は両腕を曲げ、力こぶを作るようなポーズをした。
「こうやって、ムキムキになるんよ!」
「……いや、いい」
湊は鈴の腕を見て答えた。
鈴はケラケラと笑った。
「湊には無理かぁ!」
「……うるさい」
そんなやり取りをして、鈴は体育館より先の道を指差した。
「もうちょっと歩くよ!」
少し歩くと、広い駐車場があった。
ポツポツと車が停まっている。
その横には、一面に鮮やかな緑の芝生が広がっていた。
ジョギングコースが芝生を囲むように続いている。
芝生の上では、ボール遊びをしている子供たちや、レジャーシートを敷いて弁当を食べている親子の姿がある。
ジョギングコースでは、若い男女が一定のペースで走っていたり、老人が犬を連れて散歩したりと、さまざまな人たちが楽しんでいる広場だった。
近くにはテニスコートもあり、規則的にラリーの続く音が聞こえてくる。
奥には、ステージと観客席まである。
何かイベントなどがあるのかもしれないが、この日はステージ上も観客席も空っぽだった。
「よーい……」
そう言って、鈴は体を前屈みにして、右足を後ろに引く。
湊は、鈴が何をするのかすぐに理解できた。
「どん!」
掛け声とともに、鈴はものすごい勢いで走り出した。
「ちょっと……」
湊も走って追いかけるが、鈴の背中はどんどん離れていく。
その勢いのままステージの上に飛び乗り、両手を上げて湊が追いつくのを待っていた。
「……急に走らないでよ」
追いついた湊は、両膝に手を置いて息を切らしている。
「湊、体力なさすぎー!」
鈴は、ぴょんっとステージから飛び降りて歩き出した。
湊は息が整わないまま、後ろを付いていく。
そこには、さまざまな遊具が並んだ公園があった。
大きなすべり台に、ブランコや砂場。ほかにも、登ったりくぐったりして遊べそうな遊具がある。
「ここが総合公園!」
鈴は目を輝かせて、遊具を指差した。
「すべり台に、こっちは登るやつ!」
次々と遊具の説明をしている。
「湊、どれするー?」
「……どれでもいいよ」
鈴は周りを見回して、ブランコの方へ走っていった。
湊もその隣のブランコに腰を下ろした。
鈴が立ったまま漕いでいるブランコは、どんどんスピードが上がっていく。
「アハハハ!」
鈴は無邪気に笑いながら、さらに大きく漕いだ。
「あーした、天気になーれ」
そう言うと、片足を前に突き出して靴を飛ばした。
まっすぐ飛んだ靴は、表を上にして地面に着地した。
「明日も晴れだー!」
片足を上げたまま、バランスよく靴を取りに行く。
「……何それ?」
湊は、鈴の行動を不思議そうに見ていた。
「知らんのー?お天気占いよ。湊もやってみて!」
言われたまま、湊も大きく漕いで靴を飛ばす。
しかし、鈴ほど遠くには飛ばず、すぐ近くに裏向きで着地した。
「裏だー!私がせっかく晴れにしたんに、雨になるやん」
鈴は両手を腰にあてて、わざとらしく頬を膨らませる。
「……天気予報は晴れだよ」
湊は、スマートフォンの画面を見せてきた。
片足で靴を取りに行った湊を見て、何かを思い付いたように鈴が言った。
「そうだ!『けんけんぱ』しようや!」
鈴は、落ちていた木の棒で丸や三角、四角を地面に描いていく。
マスの並んだその絵はまるで、笠を乗せたカカシの姿をしている。
鈴は、先ほど砂浜で拾った貝殻を取り出した。
「まずこれを投げるんよ。貝殻の入ったところは踏んだらダメよ!」
鈴がルールを説明する。
「……よく分からないけど、やってみるよ」
「私からいくよー!」
投げた貝殻は、狙ったマスにぽとんと落ちた。
鈴は「よーし!」と言って、片足でマスを進んでいく。
「けん、けん、ぱ、ぱ、けん、ぱ」
あっという間に、クリアして帰ってきた。
「はい、湊の番ね!」
湊は渡された貝殻を投げたが、マスの外に落ちてしまった。
「……あれ?」
「そこやないよー!」
鈴が楽しそうに笑った。
「も、もう一回」
湊は人差し指を立てて言った。
「特別ね!もう一回だけチャンス!」
次はしっかり狙うと、マスの中に落とすことができた。
鈴の動きを思い出して跳んでみる。
片足で跳んでいると、
「そこは『ぱ』やけ、両足だよー!」
「あ、そうだった」
再び進んだが、クリア直前に貝殻の入ったマスを踏んでしまった。
「あっ!踏んだー!湊、負けー!」
「……もう一回」
湊は、手を合わせて言った。
「ほんとのほんとに特別やけね!」
もう一度チャンスをもらえた湊は、なんとかクリアできた。
湊には、達成感が湧いていた。
それは、今までゲームでは感じたことのないものだった。
それから、何度か繰り返し遊んだ。
鈴は変わらず完璧にこなしていく。
湊は何度か失敗したが、少しずつ上達していった。
最初は気分が乗らなかったが、気づけば何度も挑戦したくなっていた。
何より鈴との時間が楽しかった。
やがて、どこからか『家路』の切ないメロディーが流れてきた。
「五時のチャイムだ!」
空を見上げて、鈴が言った。
「帰ろうか!」
「……うん」
湊は、まだ遊びたい気持ちを抑えて返事をした。
帰り道の途中で、先ほどの工場から作業員が湊たちに声をかけてきた。
「気を付けて帰れよー!」
「はーい!」
鈴は、元気に返事をする。
家が見えてくると、母と祖父が外に出ていた。
「湊!どこに行ってたの?探したんだから」
母が心配そうに駆け寄ってきた。
「……友達が出来たから、一緒に遊んでた」
そう言って振り返ると、鈴の姿はなかった。
「友達?」
母が不思議そうに言った。
「あれ?帰ったのかな……」
「とにかく、もうご飯だから家に入ろう」
そう言って母は、玄関へ向かう。
家に入ると、おいしそうな匂いが漂っている。
その匂いに、湊のお腹が大きく鳴った。
座卓に座り、三人は食事を始めた。
湊は今日の出来事を二人に話した。
「鈴?そんな子、この近所で聞いた事ないの」
祖父が顎に手を添えて、考えるようにして言った。
「夏休みやけ、ご近所さんの親戚の子が来てるんかもね」
母が言うと、祖父も「なるほど」と納得した。
「まあ、友達が出来て良かったの。思いきり遊ぶといい」
祖父は、にこやかに言った。
「ゲームばかりの湊が、元気に外で遊ぶようになったのは嬉しいよ」
母はそう言って「でもね」と言葉を続けた。
「遅くなったり、怪我するようなことはしちゃダメよ」
「……うん」
しばらくして自分の部屋に戻った湊は、日記帳を書き始めた。
『今日は、おじいちゃんの手伝いで魚を箱に入れたり、アミを直したりした。
すごく暑くて疲れた。
そのあとに、ラムネを買って海に行ったら、スズっていう女の子に会った。
元気がよくてふしぎな子だけど、遊ぶと楽しかった。
また一緒に遊びたいと思った。』
日記帳を閉じて、窓の外を眺めた。
暗くなった海を見つめて、考えていた。
(不思議な子だったな……)
急に眠くなったので、窓を閉めて布団に入った。
今日はかなり疲れたのか、すぐに深い眠りに落ちていった。




