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つながる思い~神様がくれたチャンス~

最終話です



「水田さんから聞いたんだ。彩李ちゃんの顔色が悪かったって。それに………」

「それに…?」

「水田さんから僕のこと色々聞いたんでしょ……」


碧くんは苦しそうな顔をして私を見ている。

彼女とのこと、私に知られたくなかったのかしら……やっぱり。

やっぱり、彼女は碧くんにとって特別な人で……


「水田さん、碧くんの特別な人なんでしょう……」


口が滑ってしまった。ハッとして慌てて口もとに手を寄せるが、時すでに遅し。

せめて……とばかりに涙が伝う顔を碧くんから逸らした。


「……やっぱり……」


背後でため息交じりに呟く声が聞こえてくる。

やっぱりって?

どういうこと?


碧くんは大きく息をつき、口もとを覆っていた私の手を引きよせて両手で包むように握った。慌てて手を引こうとするものの、彼の大きな手はびくともしない。

顔を背けたままの私に、碧くんが話し始めた。

包み込むような優しい声で。


「彩李ちゃん、そのままでいいから聞いてくれる?

僕がね、特別に思うのは彩李ちゃんだけだよ」

「え……?」


今、碧くんは何と言ったのだろう?

涙で濡れていることも忘れて、思わず彼の方に顔を向けると、怖いくらいに真剣な瞳が私を見つめている。


「僕が特別だと思うのは、今も昔も彩李ちゃんだけだよ」

「え……?」


繰り返される言葉に、更に戸惑う。

予想とは違う展開に私の頭は追い付いていない。


碧くんが? 大切? 私を?


呆けているように見つめ返す私を見て、碧くんが恰好を崩した。

ようやく彼に柔らかい笑みが広がった。


「僕が特別じゃない人と出かけたり食事をしたりすると思う? 僕ね、ずっと彩李ちゃんのことが好きだったんだよ」


その言葉に、止まっていた心臓が突然動き出したかのように、血液が全身を駆け巡るのを感じた。涙はすっかり止まっている。

身体が、顔が、耳が……熱い。


「碧くん…が……、私…を……?」

「そう。彩李ちゃんのことを好きなんだ。愛してる。」


じゃあ、彼女は……

あの話は何だったの?


「だって……彼女とはいつも話してるって……」

「一方的に向こうが話しかけてくるだけだけどね」


「私のリサイタルのことも碧くんから聞いたって……」

「彼女、どこから情報得てくるのかわからないんだけど、知ってるんだよね。彼女と会話するときは、ほとんどが肯定か否定の返事だけだし、それ以外話すときも最低限しか喋らないよ」


「それに、小さい頃からの知り合いだったんでしょう……」

「向こうが一方的にね。僕は彼女が同じ病院で働き始めて、声を掛けられるまで存在すら知らなかったよ」


「病院でピアノを弾いて聴かせてたって……」

「僕は自分の気分転換に時々ピアノを弾いていたけど。誰かに聴かせるために弾いたことはないし、ロピー近くにいれば誰にでも聴こえるね。それに彼女が聴いていたことは、今初めて知ったよ」


「一緒にリサイタルに行ったり……」

「あれね。たまたま隣の席になったんだよ。幼馴染から預かったと彼女からチケットもらったんだけれど、今考えるとわざとだったのかもしれないね」


「その後、食事に行ったり…」

「それ、打ち上げ。同門の生徒とか友達とか30人くらい居たかな。その時、彼女とは話した記憶は僕にはない」

「……」


彼女から聞いたことを問う度に、間髪入れず異なる解釈の言葉が返ってくる。

本当に彼女とは特別な関係ではないのかもしれない。


「他には?まだ聞きたいことある?

彩李ちゃんが疑問に思うこと何でも聞いて。僕、何のやましいことはないから、彩李ちゃんの誤解を解くためなら、どんなことでも答えるよ」


碧くんは、今までに見たことのない甘くとろけそうな瞳で私を見つめたままだ。

そろそろ、その視線に耐えられなくなってきた私は、小さな声で「…ない…です」と答えた。


「本当?

でも、これからも彩李ちゃんが不安に思うことがあったら、いつでも尋ねてほしい。とりあえず、僕が彼女のこと何とも思っていないこと、信じてもらえた?」


私が頷くと、碧くんは「よかった」と言って、重ねていた手をきゅっと強く握ると彼女…水田さんのことを話し始めた。

彼女の誤解を招くような発言は、実は今回が初めてのことではないということを。


「彼女は受け取る側次第で、どうにでも解釈できるような話し方をするんだ。

ただ前回はわざとではなかったと謝罪されたし、本人も周りの人たちに誤解だったと伝えたから、深くは追及しなかったんだよね。

でも、今回は2度目だった。

完全に確信犯だったことがわかったから、彼女にはっきり伝えたよ。君に対して僕は特別な感情を抱いたことはないし、これから抱くことも決してないってね」

「そんなこと言ったの?」

「うん。はっきり言わないと伝わらないと思ったから。それに、彩李ちゃんに対して誤解を招くようなことを言ったのが許せなかったんだ。それにね、彼女は前に勤めていた病院でも同じようなことをしているんだ……」

「え?」

「同僚の医者で、大学の頃から仲良くしてる咲田ってのが居るんだけど、その咲田の彼女が被害者でね……」

「そう……。前のところでも……」


確信犯……

そして、以前も……

同じ過ちを繰り返してしまう彼女は、自身の中に何か問題を抱えているのかもしれない。ただ責めるだけでは解決しないのかもしれないけれど……。

今はまだ、彼女に対する私の気持ちを消化するのは難しかった。


「彩李ちゃん、今度は僕が彩李ちゃんに尋ねてもいい?」


重ねられた手から広がる暖かさを感じながら、碧くんを見上げる。

彼は「思い上がりかもしれないから、違ったら思いっきり否定してもらいたいんだけど……」という言葉をつないで問いかけられる。


「僕と水田さんのこと……彩李ちゃんに嫉妬してもらえたと思っていいのかな?」


頭の中に、伶の言った言葉がよみがえる。


『あのね、彩李。人間なんて独占欲の塊よ。

大好きになった人を、他の人に取られるなんて嫌なの。

取られるどころか、楽しそうに話したり、一緒に過ごしたりするのすら嫌なのよ。

自分だけの特別でいてほしいものなの』


再び顔が紅潮して耳も熱を帯びてきているのを感じる。


「そう……みたい………」


小さく囁くような返事は、碧くんに届いていたようで……


「彩李ちゃん……」


彼は上ずったような呟きと共に、握っている手に額を合わせた。


「僕、嬉しくて……夢を見ているみたいだよ」



☆…♩♪♩. ♩♪|♪♪♪♩. …☆



「彩李ちゃん、本当に僕とでいいの?

レオンハルトさんは?」


彩李ちゃんと気持ちが通じ合った僕だったけれど、彼のことは気になってしまう。

間違いなく彼は彩李ちゃんのことが好きなはずだから。


「昨日のコンサートの時に、頑張らないとレオンに置いて行かれそう……って言ってたし……」

「あれは……、レオンが上手になりすぎていて。

今の彼が満足できるほどの演奏を私ができるのかしら……と不安になっちゃって……。でも………」

「でも?」


彩李ちゃんは言い淀みながらも、彼から一緒にドイツに来てほしい、ずっと傍で一緒に生きてほしいと言われたことを話してくれた。


「私、レオンの気持ちに気づいてなくて……それに……」

「ん?」

「私……そんな時ですら、頭に浮かんでいたのは…碧くんのことで……」


最後は消え入りそうな声だったけれど、僕の耳にはしっかり聞こえていて。


「まいったな……」

「え…?」


僕は彩李ちゃんに重ねていた手を外して顔を覆ったけれど、真っ赤になった顔は隠せていないと思う。


「ごめん。嬉しすぎて……。彩李ちゃんはレオンハルトさんと一緒にドイツに行きたいのかと思ってたから……」


音楽家は互いの演奏で高め合うって聞くから、自分を高めてくれる相手が傍にいる方が彩李ちゃんにとって幸せなのではと思ったことを伝えると、びっくりしたように目が見開かれた。


「そんなこと考えていたの?」

「だってさ……昨日の協奏曲(コンチェルト)の後、誰もいなくなったステージをずっと見つめていたし。それに最近会っても心ここにあらずの時もあったし……」


情けないとは思いつつも心に引っかかっていたことを伝える。


「碧くんも……私に嫉妬してくれているの?」

「僕は……高校生の時から、ずっと嫉妬しっぱなしだよ」

「……」

「……呆れた?」


言葉を無くした彩李ちゃん。

本当に呆れられたのかもしれない。


そう思って、彼女を見つめていると、静かに首を横に振った。

それに、彩李ちゃんが心ここにあらずだったのは、水田さんのことを考えていたからだという。


「伶が、恋は落ちるもの。自分じゃどうしようもないって。

気づいたら、その人に心が捕らわれてしまっているって。

だから苦しいし、それ以上に喜びもあるって言ってたの。

そして、私にそんな気持ちに早く気づきなさいねって言われて……」


伶さんからそんな事を言われていたのか。

そういえば僕も昨日、雅樹さんに「今回も(・・・)期待してる」と言われたけれど、それって……。


「彩李ちゃん」


名前を呼ぶと、大きな目が僕を見つめる。

15年前に初めて会った時、目が離せなくなるほど見とれた彼女が、今僕の目の前にいる。そして、これからも成長し続ける彼女を傍で見守ることができるなんて、こんな幸せはないと思う。


僕も彼女と同じように多くの人たちのとの出会いから、いろんなことを経験して、感じて……これからの僕をつくる出来事を大切にしたいと思う。

きっと、楽しいことや嬉しいことだけではなくて、辛いことや悲しいことだって、たくさんあると思う。でも、その全てを受け止めることのできる人間でありたいと思う。そして、いい歳を重ねていきたい。


僕は彼女に向けて一番の笑顔を送った。

やっぱり、神様がくれたチャンスだったんだ。




(完)


読んでくださっている方がいらっしゃることが嬉しくて、初投稿の作品でしたが完結まで駆け抜けることができました。

一旦ここで終了とさせていただきますが、書ききれなかった内容やその後について、番外編という形で書かせていただこうと思っています。


この作品を見つけて読んでいただき、本当にありがとうございました。

興味惹かれる作品と思っていただけたら、評価いただけると嬉しいです。

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