レオンの思い
『アイリー、お待たせ!』
目の前にレオンが立っていた。
いったい、いつの間にレオンが来たのだろう。
予定より早めについたホテルのロビーで彼が来るのを待っていたはずなのに、こんなに近くに来るまで気づかなかったなんて……
『レオン……』
『どうしたの、アイリー?
具合が悪いの?顔色が悪いよ』
覗き込んできたレオンの眉間が寄せられている。
『気づかずに、ごめんなさいね。外がとっても暑くて……。ようやく涼しいところに来れたから、くつろいじゃって。ボーっとしていたみたい。』
私はあわてて立ち上がってレオンに笑顔を向けた。
『本当に? 暑かっただけ? 無理してない? 今日の合わせ止めておく?』
『大丈夫よ』
『本当に?』
『ええ。さっき病院でも体調は万全だって言ってもらったばかりよ。
心配かけてごめんなさいね。さあ、行きましょう』
心配そうに尋ねるレオンに、もう一度『大丈夫』と言って歩き出す。
レオンはまだ顔をしかめているものの、私と並んで出口へと向かうことにしたようだ。
『……ふ~ん。あ……に…………だ』
『え?何か言った?』
『何でもない。アイリーが大丈夫だって言うなら、行こうか。
アイリーの大学ってここから遠いの?』
『遠くはないんだけれど、歩いて行ける距離でもないから、タクシーで行きましょう』
ようやく大丈夫なことが伝わったようで、私たちは、昨日のコンサートの話をしながら大学へと向かった。
☆…♩♪♩. ♩♪|♪♪♪♩. …☆
『……リー、アイリー!聞こえてる?』
今日何度目かのレオンの声に、ハッと我に返る。
『あ、ごめんなさい。何、レオン?』
『ねぇ、アイリー。やっぱり今日は変だよ。
本当に体調は大丈夫なの? 今日は無理して合わせることないんだからね』
『暑いからかしら……本当にごめんなさい』
そう言い訳するものの、私が集中できない理由は自分で良くわかっていた。
さっきからずっと、病院で会った看護師さんとの会話が頭の中を渦巻いている。
『休憩しよう、アイリー』
そう言うと、レオンは私の返事も待たずに弓を緩めて、楽器をケースにしまう。
確かに。少し休憩した方が私のためには良いようだ。
冷たい飲み物でも買ってこよう。
『そうね。私、ちょっと外で冷たい飲……』
レオンに声をかけながらドアの方へ向かった私だったが、ふわりと長い腕が後ろから回され動けなくなってしまった。
『レ…レオン!』
これまで親愛の意味を込めての軽い抱擁はしたことがあったけれど、こんなふうに後ろから抱きしめられたことはなかった。
昔から変わらないレオンのシトラスの香に包み込まれて、ぼんやりした頭は思考を停止してしまう。
『アイリー……』
私の肩に頭をうずめたレオンがつぶやく声を聞いて我に返る。
慌ててレオンの腕をパシパシと叩くが、レオンの腕は一向に緩むどころか、放さないとばかりに強くなる。
『レ、レオン!』
『アイリー……。
僕と一緒にドイツに帰ろう。もう離れたところで心配するのは嫌なんだ。
アイリーの傍にいたい。
ねぇ、お願いだよアイリー。ずっと僕の傍にいて……』
耳元で囁かれて、頭に血が上ったのがわかった。
レオンを叩く手が止まる。
今、レオンは何と……?
『アイリー、好きなんだ。
会った時からずっと好きだった』
私の頭の中に伶との会話が甦る。「ドイツではみんなの前でレオンハルトから何か言われてなかった?『可愛い』とか『好きだよ』とか『愛してるよ』だとか」「ドイツで一番長く一緒にいた異性はレオンハルトだったでしょ」
『あ……』
『アイリー、僕ずっと好きだよって言っていたのに……
本当だって思っていなかったでしょう』
『……ごめんなさい』
『いや。伝わっていないのは、わかっていたから……』
レオンが抱きしめていた腕を緩めて、私と向かい合うように背中に手を添えうながす。レオンと向き合ったものの、私は顔を上げられないままで……
『アイリー、お願いだから僕を見て。
僕はアイリーのことを本当に大切な人だと思っているよ。
一生離したくないし、誰にも渡したくない。
愛してるんだ、アイリー。
僕が日本に来たっていいんだ。
だから……だからアイリー、ずっと僕の傍で一緒に生きて……』
顔を上げると、エメラルドの瞳に捕らえられた。
レオンの顔が泣きそうになっている。
ああ、でも……
こんな時でさえ、頭に浮かぶのは碧くんで……
☆…♩♪♩. ♩♪|♪♪♪♩. …☆
アイリーの眼から、すーっと涙がこぼれ落ちた。
『レオン……私………』
僕を見つめるアイリーの涙をそっと親指で拭い、額に口づけた。
『愛しているよ、アイリー。
でも、のども乾いちゃったね。僕、冷たい飲み物がいいな』
僕は無理矢理、笑顔を作ってアイリーを部屋から送り出した。
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