やっと会えた
あいつは誰なんだ?
演奏会終了後、ロビーでCDを購入してくれた人への握手とサインに笑顔で対応しながらも、レオンハルトの心の中は憤っていた。
今日は久しぶりにアイリーに会える日だった。
半年ほど前、ドイツに来るはずだったアイリーから直前に連絡が入った時には、本当に心配した。僕たちは音楽家だ。耳に不調が出るなんて、どれだけ辛くて怖かっただろう。
アイリーは心配しなくて大丈夫だと伝えてきたけれど、心配しないなんて!
僕にできるわけがない。
すぐに日本に駆け付けたかったけれど、どうしても日本に行く時間を作れなかった。
4カ月後には日本での演奏会がある。その時に会える。
その予定だけが僕にとって救いだった。
アイリーとのリサイタルが終わったら、僕は彼女にドイツに来るように言うつもりだ。
僕たちは一緒にいるのがいいと思う。
日本に戻ると言った時、駆け出しのヴァイオリニストだった僕は、アイリーを引き留める言葉を口にすることができなかった。
ヴァイオリニストとして認められつつある今、ようやくアイリーに演奏家としてのパートナーだけでなく、一緒に生きていきたいと伝えることができる。
本当は、来日してすぐに会いたかったけれど、来日した翌日には指揮者との打ち合わせが入っていたし、次の日からはオーケストラとの合わせがあった。
日本で初めての演奏で終わるまでは集中していたかったから、アイリーと会うのは演奏会を無事終えた後、別の日に約束していたんだ。
そうしたら、アイリーから “レオンがオーケストラと共演する演奏会に友人たちと一緒に聴きに行くね” なんて連絡が来た。
僕は嬉しくて、すぐに “演奏会終了後にCD購入者へ握手とサイン会があるけれど、それが終わったら少し話せるから、ロビーで待ってて” と返事をしたのだった。
予定より早くアイリ―に会える!そう浮かれていたのに。
アイリーの隣にいる男は誰なんだよ!!
少し離れたところに立つアイリーの横には、知らない男がいる。
男がアイリーを見る目はとろけそうなくらい甘くて、見ただけでアイリーを好きなことが伝わってくる。しかも、アイリーも幸せそうな顔でその男を見ているなんて。
僕がふたりに視線を向けるたびに、楽しそうに話している様子が目に入ってきて、ファンを前に笑顔が引きつりそうになるのを必死にこらえていた。
ようやく最後の人へのサインと握手を終えて席を立つと、アイリーが近づいてきた。何故か隣にいた男も一緒に来ている。
それなら。
『アイリー!やっと会えた!!待たせてごめんね。
もう耳は大丈夫なの?僕がどれだけ心配したかわかってる?
ドイツから日本に飛んできたかったのに、来れなくてごめんね。
これからは僕が一緒にいるからね』
僕は大きく腕を開いてアイリーを抱きしめながら、矢継ぎ早に話し始める。
一緒にいた男が目を見開いているのを確かめて、頬に口づけた。
こいつ、ドイツ語わかるかな?
『もう、レオン……ここは日本よ』
アイリーが焦って離れようとするけれど、僕は手を緩める気はない。
『だって、本当に久しぶりでしょ。ドイツでデートするのを楽しみにしていたのに』
『デートではなくて、合わせね。
行けなくて、ごめんなさいね。耳の調子は良くなったから心配しなくて大丈夫よ』
『デートも大歓迎なのに。でも、よかった!治ったんだね。
アイリーが演奏会に来てくれるって聞いて、僕がどれだけ嬉しかったかわかる?
どうだった、僕の演奏?
ここのホールは響きもいいし、今日のお客さんは反応もすごく良くって、とっても気持ちよく弾けたんだよ』
『レオン、あなた更に上手になっていてびっくりよ。音色が以前より深くなってる気がするの。もしかして楽器も変わったの?』
『やっぱりアイリーは気づいてくれた!
そう、楽器変わったんだよ!コンクールで優勝したから、2年間貸与されたんだ。
すごく反応が良くてね……
あ、だめだ。アイリーと話していると止まらなくなっちゃうよ。
しばらくは日本に居るから、これからゆっくり話そうね』
このまま二人の世界でいたいけれど、後ろの男の視線を無視するわけにもいかないだろうな。
アイリーを抱きしめていた腕を少し緩めて、とびっきりの笑顔を向ける。もう一度アイリーの頬にキスして、彼にチラリと視線を投げた後、アイリーを見る。
『で……彼は誰?』
『あ、紹介するわね。彼は私の高校の同級生でもあり、主治医でもある矢那井碧さん。
そして、彼女は私の大学の同僚で、友人でもある春田伶さん。レオンと同じヴァイオリニストよ。
隣は怜の夫でピアニストの春田雅樹さん。私の中学からのピアノの師匠でもあるわ』
3人の人を紹介されて僕は驚いた。どうやら、アイリーは4人で来ていたらしい。
確かにアイリーは “友人たちと一緒に来る” と言っていたのに、僕はアイリーと楽しそうに話す男しか目に入っていなかったようだ。
紹介された順にアイリーの主治医の彼と軽く握手を済ませると、友人だというヴァイオリニストに笑顔を向け、手を差し出した。
『はじめまして。レオンハルト・フェンリッヒです』
『はじめまして。今日の演奏、素晴らしかったです。
私は彩李と同じ大学で働いているヴァイオリニストの春田伶です。彩李にはピアニストとしていつも一緒に演奏させてもらってるんですよ』
流暢なドイツ語で挨拶される。
聞けば、十代半ばからドイツにヴァイオリンで留学していたようで、コンクールなどで僕を見かけて知っていたらしい。今日はせっかくだから直接話したいと残っていたそうだ。
ヴァイオリンのこと、ドイツのことなどを話していると、僕の日本での演奏会などをお世話してくれる人がやって来た。そろそろ、この会場を出ないといけないらしい。
『また明日ね。アイリー』
明日はアイリーと会う約束をしている。
色んな事は明日また話せばいい。
それに、これからしばらくは日本にいるのだし。
時間はたっぷりある。
僕はそう思いつつ会場を後にした。
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