恋の話②
そして今、レストランの個室で伶が頭を抱えている。
伶の見事な口頭尋問によって、優輝とのことはもちろん、これまで近くにいたと思われる男性のこと、最後は碧くんとのことまで高校時代にまでさかのぼって洗いざらい話をさせられた結果、「やっぱり…」と言われてこの状態に至っている。
「ねえ、彩李。あなた、音楽のことになると敏感すぎるくらい繊細に相手の音楽を感じ取ってくれるじゃない?
演奏中に私がこうやりたいって思ったこと、口に出してもいないのに、まるで聞こえていたかのように一緒の方向を向いてくれるの。本当に素晴らしい才能だし、私もパートナーとしてあなたと出会えたことを幸せだと思ってるわ。
でもね、恋愛に関しては無菌培養にもほどがあるわ」
「無 菌 培 養 … ?」
「自覚ないでしょう」
「……」
自覚も何も。
それってどういうこと?
「私がその場に居たわけじゃないから、100%正しいわけじゃないとは思うわ。
でもね、彩李が守られてたって思っていたことは、他が手出ししないように独占されていたんじゃないかと思うわ」
「……誰に?」
「日本では優輝って人。ドイツではレオンハルトに!」
「え……?」
伶が何を言っているのか理解に苦しむ。
優輝やレオンが私を独占していた?
「……何のために?」
「それは決まってるでしょ。他の男に取られないためよ」
「え?まさか。そんなはずないでしょ」
それは伶の妄想なのではないかと思うけれど……
「あのね、彩李。人間なんて独占欲の塊よ。
大好きになった人を、他の人に取られるなんて嫌なの。
取られるどころか、楽しそうに話したり、一緒に過ごしたりするのすら嫌なのよ。
自分だけの特別でいてほしいものなの」
「そういうもの?」
「そうよ!」
「伶も?」
「もちろん!だって、私にとって雅樹さんは特別だもの。
今だって、下心をもって春樹さんに近づいてくる女の人には嫉妬するわよ。
音楽大学なんて女の人多いじゃない。
でもね、春樹さんもそれをわかっていて、私には特別に優しくしてくれる。だから、時々不安になるけれど、大丈夫だとも思えるの」
嫉妬の感情を思い出したのだろうか、伶は唇をきゅっと結んだが、惚気た後は一瞬にして幸せそうな顔へと変わった。
「もしかして、私も嫉妬されてた?」
「え?もちろん。
だって、僕の大事な教え子って聞いていたもの。しかも私と同じ歳だっていうじゃない。はじめて彩李と会う日なんて、前の日から戦々恐々としていたわ」
さも当然とばかりに話す伶に、私の笑顔が引きつった。
「い…今も?」
恐る恐る尋ねると、伶はきょとんとした表情になる。
「まさか!彩李が春樹さんに対して下心が無いのは、会ってすぐにわかったし。
それに、嫉妬している相手とパートナーなんて組むわけないじゃない」
満面の笑みで返されるが、その笑顔が怖い。
もし、私が少しでも春田先生に恩師以上の感情を持っていたとしたら……と考えると、恐ろしくなった。
でも……
「ねえ、相手に下心があるってわかるものなの?」
私下心あります!なんて宣言しないと思うのだけれど。
「わからないの?」
「………」
「まあ、それは追々ね。
とにかく、下心ある人たちを牽制するのに一番手っ取り早いのは、自分のものだと周囲にアピールすることよ」
「アピール…」
「そう。優輝って人とは付き合っていたんでしょ。そして毎日一緒に登校して、帰りも彩李のことを迎えに来て一緒に帰っていた。どう考えても、自分のものだって周囲に知らせて、虫がつかないようにするためじゃない。
それに、ドイツではみんなの前でレオンハルトから何か言われてなかった?
『可愛い』とか『好きだよ』とか『愛してるよ』だとか」
「『愛してるよ』は言われたことないけれど……さすがにそれを言われたら私にもわかるわ。それに、他の人もとりあえず褒めてくれるじゃない。だから、ずっと社交辞令だと思ってた」
「ドイツで一番長く一緒にいた異性はレオンハルトだったでしょ」
「たぶん……
レオンの伴奏はほぼ全部していたから、どうしてもそうなっていたわね。
でも、ただのパートナーだったと思うのだけど……」
「彩李……、まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」
大きくため息をつかれるが、私の頭の中は今混乱状態だ。
「ねえ、伶。レオンはともかくとして、優輝とは付き合っていたのだから、そんなものじゃないの?」
私は、かろうじて伶に尋ねるような形で応戦してみる。
「んー。じゃあ聞くけど、彩李は優輝って人が他の女の子と楽しそうに話したりするの見て何か感じた?自分が知らない間に誰かと仲良くなっているかもって嫉妬した?」
「え……だって生徒の半分は女子じゃない。
それに、クラスが違う時もあったし。特に何も……」
「もうひとつ聞くわよ。別れることになった時、どう思った?」
「夢へ近づく一歩だもの。進む道と場所が違ったら一緒にいるのは難しいでしょう。
だから、お互い新しい場所で頑張ろうね!って言って別れたけれど」
「悲しかった?」
「ん……?でも、今でも連絡取れるし、向こうが帰国した時にスケジュールさえ合えば会えるし……」
「そこよ、そこ!」
私の言葉は途中で伶に切られてしまう。
「よくそれで音楽できたわよね……」と伶はブツブツ呟いている。
「きっと、優輝って人に対しては『刷り込み』だったんじゃないかしら。
彩李、それまで人づきあいが極端に苦手だったんでしょ」
「うん。小学生までは嫌のこと言われたり、苛められたりしていたから、なるべく関わらないようにしていたけれど。刷り込みって?」
「ひな鳥が最初に見た動くものを親だと認識することよ。
最初に心開いた同級生、しかも男の人が優輝って人だったんでしょ。
だから、男女どちらにも抱くような好意を、恋人として好きなのかもって思ったんじゃないかしら」
確かに、私は優輝が傍にいてくれると安心して人と接することができた。
いつも優しい優輝にたくさん助けられた。
私の夢を応援してくれた優しい優輝。
でも……。その記憶のどこを辿っても、嫉妬というものは思い出すことができなかった。
優輝は私のことで嫉妬したりしたのだろうか……
「私は優輝のこと好きじゃなかったのかしら……」
気づいていなかったとはいえ、それはそれで優輝に申し訳ないことをしたのではないだろうか。
「男女の関係としてはそうなんじゃないかしら。でも、友情はあったっと思うわ。
だって、今も連絡し合っているんでしょう」
「うん……」
「同志って言葉の方が適切かしら?今の私と彩李の関係のように」
「同志……」
優輝に申し訳ないと思いつつ、伶と私の関係と、優輝と私の関係に違いがあるのかと尋ねられたら、一緒のように感じる自分がいた。
「好意と恋。その違い、私にわかるのかしら…」
「何難しく考えてるのよ」
伶は私を見て苦笑する。
「恋は落ちるもの。自分じゃどうしようもないわ。
気づいたら、その人に心が捕らわれてしまっているの。
だから苦しいし、それ以上に喜びもあるわ。彩李もそんな気持ちに早く気づきなさいね」
「早く?」
「そう。早く。これ以上は教えない。自分で頑張って」
また何かあったら相談に乗るわよ、と楽しそうに笑う伶にきつめに視線を送ってみたが、その笑顔が崩れることはなかった。
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