もやもやの原因
「わかったわ。次のコンサートも一緒にいいわよ。
子どもたちが、あんなにキラキラした目で喜んでくれると嬉しいわよね~。
次は子どもたちが喜んでくれそうな曲を多めに入れましょう!」
次の日、大学で同僚のバイオリニスト春田伶と一緒にランチを食べながら、次のコンサートについての話を持ち掛けると、快く引き受けてくれた。
「で、とっても嬉しい話なのに、彩李が沈んで見えるのはどうしてかしら?」
艶やかな黒髪ストレートが、彼女が首を傾げると同時にさらりと動いた。
私を見つめる大きな黒い瞳が、何故かキラキラと輝いているように見える。
「そう見える?」
「うん、見える!」
心配してくれている?ような、そうでないような……
「心配、してくれているの?」
「ん?そうねぇ。
心配、というか……興味、というか……」
「……興味?」
伶にしては歯切れの悪い物言いだ。
彼女はいつも颯爽としていて、自分の考えをはっきりと口に出す。
よく言えば表裏のない人物。
もう少し言葉を追加するならば、歯に衣着せぬ物言いをする人だということを、私も周囲も理解している。
つい最近だって、彼女のレッスン室の前で「あなた何年ヴァイオリン弾いてるの?竹箒みたいな音じゃないって言われた……」と呆然とする学生を、別の学生が慰めているところを見たばかりだ。
そんな彼女が言葉を選んで話しているのは不思議な光景だった。
「ん……
あの、最後に来た病院の先生、や…や……名前何だったかしら?
彼が彩李の同級生なんでしょう?」
「矢那井碧くんね」
「その矢那井さん……ただの同級生だったの?」
この台詞、前にも……
「うん。そうだけど」
「ふ~ん。そうなんだ……」
本当に、今日はやけに歯切れの悪くて、何を言いたいのかが掴めない。
「そういえば昨日、コンサート終わってから、や…やな……」
「矢那井さんね」
「そう、矢那井さんと一緒に来た看護師さんがいたわね。結構仲良さそうな……」
「………」
どうして、ここであの看護師さんの話題が出てくるのだろう。
思い出したくないのに。
私がきゅっと唇を結んで返事できないでいると、伶は一瞬目を見開いた後、満面の笑みを浮かべて私を見た。
「やっぱり、そうなのね!」
「え?何が?」
「いいの、いいの。彩李が沈んでいる原因がわかったから!」
「え??」
話が嚙み合わない。
伶は一体何がわかったというのだろう?
「何なに?楽しい話?」
そう言って伶の隣に座ったのは、ピアノ科の春田雅樹准教授だ。
今話をしている伶の夫であり、私にとっては中学生の時からピアノを教えてもらっていた恩師でもある人。
「雅樹さん、今からお昼?」
「もう僕も食べ終わったよ。ちょうどふたりが見えて、彩ちゃんに昨日のお礼を言おうと思って来てみたら、面白そうな話してるから」
「あら、聞いていたの?」
「最後の方だけ聞こえたけど、何があったの?」
私にお礼をと言っていたけれど、私の方はさっきちらっと見ただけで、にこやかな顔はずっと伶に向けていて、楽しそうに話を聞いている。
仲の良い夫婦の会話に入るのは無粋なことと、とりあえず笑顔をつくり見守ることにする。楽しそうに話をするふたりの間に入る勇気はない。
余談だが、このふたりは夫婦としてはとても仲が良いのに、お互いがペアを組んで演奏することは殆どない。結婚する前は伶の伴奏を雅樹先生がしていたらしいが、伶曰く「夫と一緒に演奏したら、お互いの音楽観の違いからの口論が発展して、離婚の危機にまで陥りそうだから、できる限り一緒に演奏するのは避けたい」のだそうで。
そのおかげで、私が伶とペアを組むことが多くなり、こうやって一緒にコンサートをするようになったわけだけれど……
会話する二人を眺めていたら、話も終わったようだ。
「はあ~ん。なるほどね!わかった」
「雅樹先生まで。何がわかったんですか?」
ようやく私の方を向いた雅樹先生だったが、私には先生に何がわかったのかさっぱり解らない。わかったのなら教えてほしいくらいだが、昔から雅樹先生は私に答えを教えてくれるようなことはしない。
そのおかげで、どれだけ悩み苦しんだかは過去の話。今は私も大人になったのだから、聞いたら教えてくれるはず。
そう思って尋ねたはずなのに。
「伶、これは僕たちが教えることじゃない」
「そうよね」
「だから、何が?」
やっぱり、教えてくれるような人ではなかった。
それにしても伶まで。
「彩ちゃん、また演奏の幅が広がるよ」
「私もそう思うわ」
「だから、どうして?」
食い下がってみるが、二人だけわかっているかのような会話で取り付く島もない。
これって私が沈んているのはどうして?という話だったと思うけれど……
「矢那井さんとは、次いつ会うの?」
「今日…だけど」
「そうか、そうか。よかった、よかった」
「うん、うん」
ふたりは満足そうな笑みを浮かべて頷き合っている。
また、話がかわった?
「彩李。彩李が沈んでいるのって、嫌な気持ちになったからでしょ」
「伶、教えちゃダメだよ」
「あら、ヒントよ、ヒント!」
嫌な気持ちになったのは……碧くんと話していた看護師さんが頭の中に思い浮かぶ。
思い出したくないのに。
再び唇をきゅっと結ぶ私を横目に、二人のテンションは下がることはないようだ。
「今夜食事にでも行くのかしら?
矢那井さんによろしくお伝えしておいてね。さて、戻りましょう!」
「僕も今度会ってみたいって伝えておいて。じゃあ!」
ふたりは笑顔のまま研究室へと戻っていく。
私は釈然としない思いを抱えながら、その日の午後を過ごすこととなったのだった。
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