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再会



私、伊藤彩李は日本の音楽大学でピアノを学んだ後、コレペティトア(伴奏ピアニスト)になるために、ドイツの音楽大学と大学院に留学しディプロマを取得。

その後もドイツに留まり、器楽コレベティトアとしての実績を積んだ後に日本に帰国した。


残念ながら日本の音楽大学では、まだコレペティトアを養成するコースはない。

そのため専門に学びたいと思えば、留学するしか方法がなかった。


このままドイツに留まるか、日本に帰国するか迷っていた矢先。恩師が務める大学の講師に空きが出て、できればコレペティトアを学んだ人を充てたいと連絡が来た。

何人か応募は来ているんだけど…と言われていたので、受かったらラッキーぐらいの軽い気持ちで応募してみたところ、あれよあれよと最終選考までたどり着き、採用されることとなった。

ありがたいことである。


現在は都内の音楽大学のピアノ科で伴奏法やアンサンブル法の講師をしつつ、依頼を受けて演奏会での伴奏を務めたりしている。


最近まで大学の仕事に加え、学外での仕事が立て込んでいたのだが、ようやく一区切りがついた。年度末の仕事を終え、久しぶりにドイツに行くための休暇が取れそうだとホッとしていた矢先の出来事だった。


2日前の朝、カラスがヴォイスチェンジャーをつけたかのような鳴き声が頭の中に鳴り響き、そのあまりの気持ち悪さに目覚めてしまった。

耳に妙な閉塞感があり、(もや)がかかっているように感じる。


はじめは、お風呂に入った時に耳に水が入ったまま寝たのだろうと思った。

頭を左右順番に傾け、トントンと片足で跳んでみた。

次に綿棒で掃除してみた。

その後、欠伸をしてみたりキャンディーをなめてみたりしたのだけれど。

……変わらない。


(あい)ちゃん、今日お仕事休めないの?」


心配した母がさっきから何度も尋ねてくるが、今日は休暇前の最後の仕事のために、どうしても大学に行かなければならなかった。


「病院には仕事が終わってから行くから」


そう返すと、母は「わかったわ」と言いつつ、絶対に納得してない顔をしている。


「絶対に、ぜっったいに行くのよ!」


強く念押しされ「はい、はい」と返事をする。

しばらくしたら治るかもしれないし、病院に行く必要もなくなるかも。

この時、まだ私はのん気に構えていたのだった。



☆…♩♪♩. ♩♪|♪♪♪♩. …☆



仕事を終えた時、私はピアノの上に突っ伏していた。

聴こえにくい耳でピアノの音を聴くのは、いつも以上に神経を使ったようで、最後は吐き気までしてくる始末。

ピアノの蓋を閉めると、重たい身体を引きずるように部屋を出た。


ようやくたどり着いた病院で症状を聞かれ、診察や聴力検査をしてもらったのだが、先生は「う~ん」と言いつつ首を(かし)げている。

1日この状態で我慢して限界が近づきつつある私は、先生の煮え切らならない様子にもどかしさを感じる。

病院に行きさえすれば、すぐに原因も解って苦痛から解放されると思っていたのに。


「この年代としては、聴力検査の数値は正常範囲くらいなんだけどね…

あと、診察しても特に異常はないようだし…」

「どこもおかしくないなんて、そんなはず絶対にありません。

こんなに耳の調子が悪くなったの初めてなんです!」


こんなにも気持ち悪いのに何にもないはずかない。

募る不安に口調が強くなる私に、先生は明日まで様子を見てみようと言う。


このままの状態で明日まで過ごさなければならないのだろうか。

原因も解らず、もちろん薬の処方もない。

私は、やりきれない思いを抱えて病院を後にした。


次の朝、一晩寝ると少しは改善するかもという私の期待もむなしく、変化は無かった。

こうなったら、先生に訴えるしかない。

朝一番に昨日の病院に行き、先生に延々と辛い状況を話すと、ようやく先生に伝わったのか、「聴力検査の数値は、ほぼ正常なんだけどね…」と言いつつも、詳しく検査をした方が良いだろうと言って、近くの総合病院への紹介状を書いてくれたのだった。



☆…♩♪♩. ♩♪|♪♪♪♩. …☆



私、伊藤彩李(あいり)は小さいころからピアノを弾くのが大好きだった。

学校の教室のイスを除けば、一番長く座ったのはピアノ椅子だと断言できるくらいピアノの前から離れない子どもだった。


ピアノレッスンで出された課題の曲の練習が終わっても、耳で聴いただけの曲を楽譜も無いのにピアノで弾いて延々と遊ぶ。私にとって、知っている曲が自分の手から紡ぎ出されることは、楽しくてたまらない時間だった。


それに、音をいくつも重ねることで生まれる色彩の変化。まるで絵具を混ぜて新しい色をつくりだすかのように、私は夢中になって音を重ねては、時を忘れてピアノで遊んでいた。


ここまでピアノにのめり込んだのは、私が引っ込み思案な子どもだったということも一因だったと思う。

ドイツ人の祖母の血が濃く出た私は、小さいころは目立ってしまうほど色素が薄かった。髪も瞳もブロンドに近く、肌の色も周りの人と比べると白かったため、本人が望まずとも人目を引いてしまっていたようだ。


大人からも子どもからも好奇な目で見られることが多く、「日本語わかる?」や「ハロー」なんて声をかけられる。

親切心でそう声をかけてくれていた人たちもいた。

でも一方で、悪意や揶揄い半分で声を掛けてくる人たちもいて、幼いながら傷つくことも多かった。


(日本語わかるもん。それに…おばあ様はドイツ人だもん。ハローじゃないもん)


心の中でそう思っても、まだ小さかった私が言い返せるはずもなく。

結果として、人と接することを嫌がるようになり、私は家の中で多くを過ごす引っ込み思案な子どもになってしまったのだった。


小学校に入学してからも、同級生から揶揄われたり、苛められたりすることが多かった。特に男の子たちからの嫌がらせはしつこくて、何度も泣かされた。

先生はその都度、注意をしたり、叱ったりしてくれたけれど、簡単に収まるものではなかったため、学校ではなるべく目立たないよう過ごし、放課後は一目散に家へと帰る日々。


家の中でピアノを弾いているときが一番幸せ。ずっとピアノを弾いていたい。


今思えば、辛いことから逃げてピアノの世界に閉じこもっていた。

人と関りを持とうとしない私を両親は心配していたものの、友人を作ることを無理強いすることは無かった。今はその時ではないと見守り、好きなだけ自由にピアノを弾かせてくれていたのだった。


私はピアノを弾くことで心を満たしていたのだと思う。

そして今、ピアノを弾くことを仕事にしているのだから、とても幸せだと思う。




それなのに、この耳の不調。

3日経っても元に戻らない状態に焦りを感じつつ、私は紹介してもらった病院の診察室の前で、名前を呼ばれるのを待っていた。


ドイツで勉強し、現地でコレペティトア(伴奏ピアニスト)として研鑽を積み、日本に戻って3年。ようやく少しずつ私の存在を知ってもらえ、大学関係以者以外からの伴奏の仕事も増えてきた頃だったというのに。


もし治らなかったら……

今までピアノを弾けなくなるなんてこと考えたこともなかった私は、不安に押しつぶされそうになる。


「伊藤彩李(あいり)さん、診察室へどうぞ」


診察室の扉を開いてくれている看護師さんに会釈をして中へ入る。


「よろしくお……」


診察室へと入った私は、先生に挨拶しようと顔を見た瞬間、目を見開いた。

どうして、彼がここに?

心臓がドクンと大きく波打ち、手先がすっと冷たくなったのを感じる。


「…お…ねがいします」


何とか挨拶をし終えたものの、耳に届いた声が自分のものではないようだ。

昨日、近くの病院の医師から受け取った紹介状の宛名を思い出そうとするものの、具合が悪かった私はよく見ていなかった。


矢……って書いてあったと思うけど……

一生懸命思い出そうとするのだが、名字すら出てこないまま。

違う人なのかもしれないという期待という名の願望は、早々に裏切られることとなる。


「こんにちは、伊藤彩李さん。耳鼻咽喉科の矢那(やな)()(みどり)です。

お久しぶり、彩李ちゃん。どうぞ掛けて」


衝撃で固まっている私に、彼はにっこり笑顔で話しかけてきた。


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