私のお父様
私にはお母様がいない。
体が弱く、天に召されてしまったらしい。
ばあやが教えてくれるお母様はとても優しく美しい人だった。
ばあやはお母様が社交デビューする前から侍女として一緒にいたらしく、お母様の話を沢山教えてくれた。
他にも乳母以外はお母様に仕えていた時期があると皆色々な話を聞かせてくれた。
ばあやに乳母にお母様の侍女をしていたという世話係の皆…幼い私には沢山の『母』がいた
乳母のファナリーはお母様とは挨拶しかしたことがないらしい。
だけどとても優しい人で、その娘のソフィアは私の良い遊び相手になってくれた。
。
だけど結婚などで世話係の人たちは少しづつ人数が減っていき、10歳頃には私の『母』はばあやと乳母だけになっていた。
それでも沢山の『母』たちが幸せにしていることを手紙で知っているので私は寂しくなかった。
お邸の使用人たちも美しいレイナーラの地のようにきれいで穏やかな心の人ばかりで私は幸せだった。
…幸せだった。
そう、幸せなんだけど…何故かふとした時に悲しい気持ちが湧いた。
幼い頃、邸には姉と兄もいた。
8歳になる前にお姉様とお兄様はお父様と王都で暮らすのだと告げられた時にはとてもホッとしたのを覚えている。
2人共、お父様と同じく私をとても憎しみを込めて睨む人たちだったから…。
お父様にはお母様は私のせいで死んだのだと何度も言われた。
だからきっと、お姉様もお兄様もそう思っているから睨んできていたのは仕方ない事なのだ。
虐めてこないだけ2人はきっと優しいのだろう。
そんな2人をお父様は慈しみのこもった目で抱きしめていたのを私は知っている。
同じ傷を抱える父子だから寄り添い支え合おうと話しているのを聞いたこともあった。
たくさんいた『母』たちはお母様は私のせいで天に召されたのではない、私を抱けて良かったと幸せそうに笑っていたといつも話してくれていた。
だから、母を亡くした悲しさや寂しさは私もお姉様もお兄様も同じなのだと繰り返し話してくれていた。
でも、お父様はそうは思ってくれていないのが悲しく思えていたのかもしれない。
お父様に愛されたくて離れたあとも何度か手紙を出した。
全て無視され、誕生日のお祝いのメッセージさえ下さらなかった。
悲しくなかったといえば嘘になる。
だけど1人領地に残された私を毎年使用人の皆が祝ってくれた。
お父様たちが王都に行ったあとは辞めた人がいても補充は最低限なので使用人の数は多くないけど、その分家族でお祝いしているような気持ちだった。
こんなに幸せなのにいつまでもぽっかり心にある穴がなんなのか分からない。
正直、もうお姉様やお兄様どころかお父様の顔すら思い出せない。
だけど特に気にすることもないまま私は毎日学校生活を楽しんでいた。




