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世界の終わりに初恋を  作者: ららばい


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ドキドキって

 恋をしている人は、好きな人と二人きりになるだけでドキドキする――みたいな話を、アリスとの世間話の中でほんのりと聞いたことがある。

 私はそういった経験がないものだから、その時は全然他人事みたいに返事をしていたのだけれど。

 こういうことなのかもしれないと、今になってようやく理解した。


「お、怒られちゃいますよ……? 本当にわたしがエマさまとお茶なんてしちゃってもいいんでしょうか」

 この家の庭には一つだけ、ティータイムをするためのテーブルとチェアが置かれている。置いてあるものと言えば本当にそれくらいで、ただ庭に育つ草花たちを眺めていられるような、そういう場所。

 普段はお母さまがよくそこでお茶しているのだけど、今日は運よく誰も使っていなかった。そういった経緯もあって私たちはそこでお茶することにしたわけ……なんだけど、ルーシーはなんだかずっと不安そうにそわそわしていた。まあ、侍女の仕事を中断してここに来ているわけだから、そうなるのも無理ないか。

「大丈夫! もし怒られても私がちゃんと説明してあげるから! それよりルーシーは、こんな感じで人とお茶するの初めて?」

「はいっ、エマさまが初めてですっ」

 不安の種を取り除いたことで少し安心したのか、いつものワンちゃんみたいなルーシーに戻ってほっとする。やっぱり、彼女には笑っている顔が一番似合っているように思う。

「これに使っている茶葉はね――」

「すごい! ではこれは――」

 

 楽しい。

 私が知っている知識を教えたり、ちょっとした世間話をしたり。そんな大したことのないティータイムだけれど、あっという間に時間が過ぎていく。

 最初は作法もなにも分からない様子だったルーシーも、いつの間にやらお嬢様風の麗しい飲み方をマスターしていたのだった。

「ルーシー、お茶するの楽しい?」

 会話をする中で、自然とその質問が出る。私の恋を確認するためとか、そういうものは関係なしにただルーシーも楽しい時間が過ごせていれば嬉しいと、そう思っていたから。

 ルーシーはいつものように満面の笑みで答える。

「はい! エマさまとこうやって楽しい時間を過ごすことができて嬉しいですっ!」

 その言葉を聞いてほっと胸をなでおろしていると、ルーシーは少し気になることがあるようで「あ、でも」とそのまま会話のターンを続ける。

「どうして急にお誘いくださったのですか? しかも、結構色んなお部屋を探されているようでしたし――」

「えっ!?」

 ギクッ。

 まずい、そうやって聞かれるであろうことは事前に考え付くことなのに、なんて答えれば変に思われないのか考えてくるのを忘れてた……。

 私が納得のいく理由を思いつけずあたふたしていると、そんな様子を見て察したのか「すみません、変な質問を……」と逆に謝られてしまった。申し訳ない。

 ルーシーはクッキーをひとつつまむと、それを頬張りながらまたニコニコとした表情に戻る。

「全然、すごくうれしかったので理由はなんでも構わないんです! あ、でも」

 でも、という言葉にピクっと体が動く。

 なんだろう、やっぱり忙しいから困っちゃったとか? いずれにしてもマイナスな言葉だったらどうしよう……。

「エマさまから急にお誘いいただいたので、わたしドキドキしちゃいましたよ~!」

「ドキ……ドキ?」

 少なくともそこまでマイナスな言葉ではなかったことを喜ぶべきなのに、私はそのワードがトリガーとなって、なんてことないもののはずだったアリスとの会話が頭の中に蘇る。


『恋をしちゃうとね、その人と二人きりになれただけでもうドキドキしちゃうんだよー!』

『へえー……。私はそういうのなったことないから分かんないなあ』


 それってつまり、ドキドキするってことはその人のことを気になってる……ってことでもあるよね。

 いやいや、別にドキドキする場面ってほかの時にもたくさんあるから! 今のルーシーの発言だって、どちらかと言えば怒られるかと思ったとかそういう……。

 恋愛脳になってしまっている私と、それに対して反論する私。それぞれ違った私の考えが、頭の中で言い争いをしている。客観的にみると、恋愛脳が優勢だ。

 恋愛脳の私が優勢になると、どうやら正常な判断ができなくなるらしい。さっきまでの純粋にティータイムを楽しんでいたはずの私はどこへやら。

 冷静な私との争いでヒートアップしてきた恋愛脳な私は、私の体にある命令を下した。

 ――ドキドキドキドキ、もううるさいわね! ルーシーに直接聞いちゃえばいいじゃない!


「ルーシーは、私のことす、好きなの?」

 聞いてしまった。しかも、なんか質問が飛躍してしまっている。

 そもそも、この家の中で立場が上の人間にそんなこと聞かれたって、「嫌いです」なんて言えるわけないのに……。

 そうやって聞いたことを激しく後悔しながらちらっとルーシーの方を見てみると、なんだか顔が赤くなっている……ような気がする。

 改めて、ヤバいこと聞いちゃったなあと実感して、焦りやら恥ずかしさやら色々な気持ちでだんだん顔が熱くなってきた。やっぱり聞かなかったことにしてもらおうかなとかなんとか考えていると、十秒くらいしてようやくルーシーが口を開いた。

「わ、私はっ……。エマさまのこと好き、ですよ?」

「――んえ」

 気の抜けた声を出してそのまま固まってしまう。

 何も言わない私を見て何を思ったのか、ルーシーは急に慌てだして必死に考え出す。

 次に出たのは、弁明だった。

「いや! えっと……。お慕いしてる! お慕いしていますって意味でぇっ……」

「あっ、うん、そうだよねそうだよね……ありがとう……」

 もはや私からは魂というものが抜けてしまっていたのかもしれない。感情のこもっていない返事しかできず、その場に若干気まずい空気が流れる。

 そんな空気に先に耐えきれなくなったのはルーシーだったようで、「ではわたしお仕事に戻りますのでぇ……」と彼女も彼女で魂の抜けたような言い方でその場を去っていった。

 残されたのは、しっかりと飲み終えたティーカップとクッキー、それと魂の抜けた私。結局そのあと、昔からここで働く爺やに気づかれるまで、しばらくその場でぼんやりと植物を眺めていたのだった。


 ***


 部屋の窓からちょうど気持ちいいくらいの朝日が入ってくる。

 普段ならシャキッと布団から脱出するところなのであるが、今日の私はそういう気分ではなかった。

 一晩経ったら、また今まで通りにルーシーと話せるかなと思っていたけど……。むしろ、一晩経つことで恥ずかしさが増幅されてしまい、とても今のまま顔を合わせられるとは思わなかった。

 それに――。

「アリスになんて言えばいいのよ……」

 確かめるから! なんて大層なことを言ってしまったというのに、蓋を開けてみればこんな有様である。起こったことをそのまま伝えれば、こんなの「絶対恋してるじゃん!」と言われてしまう……。

 というか私目線で考えても、ルーシーに対する気持ちというのがやっぱり普通の友達とかに対して思うそれと違うということを、さすがに認めざるを得なかった。

「私は……」

 ぼそり。自分に語りかけるかのように、独り言が出る。

 私はルーシーのこと、恋愛対象として好きなのかもしれない――。そうやって判断してしまうのは簡単だけれど、そういう自分に覚悟を持たせるのは中々に難しいことだ。

 だって、私には好きじゃなくても将来を決められた許嫁がいるんだから。ルーシーを好きになったところで、将来一緒になれるわけじゃない。今みたいに、雇い雇われの関係ならもしかしたら一緒には入れるかもしれないけれど。

 この気持ちを知ってしまったら、もう、そんな関係じゃ満足できないよ……。


「お嬢さま~。そろそろお布団から出られなければ、学校に間に合いませんぞ」

 ドア越しに爺やに急かされ、仕方なく潜っていた布団から出る。アリスには仕方ない、正直に私の気持ちを言おう。友達だし。そして、言ったうえでもう一度私の立場も説明しよう。

 好きだけど、許嫁がいるからこれ以上恋はできないって。

「はあ……」

 話をしなければいけないのも、恋を諦めなければいけないのも。どちらも重く私の上にのしかかる。ため息なんて生まれてこの方ついたことなかったのに……。

 大体の身支度を済ませて部屋のドアを開ける。

 そして部屋から出るタイミングで、今一番会いたくない人がたまたま私の前を通り過ぎる。

「あっ……」

「……っ」

 気まずい。てっきり、ルーシーはいつも通り私に接してきてくれると思っていたのだが、どうやら間違いだったようで彼女も私の姿を見るなりなんだかもじもじしている。

 実際には数秒、されど私には無限に続くように感じた無言の空間は、やっぱりルーシーによって破られた。

「おっ、オハヨウゴザイマスキョウモオキレイデスネ、デハッ!」

 声が小さい上に早口で言われてなにがなんだか分からないまま逃げるように去って行ってしまった。

 なんだか、ルーシーも昨日のことを気にしている様子で、私は記憶がぶり返してまた恥ずかしくなってくる。時間さえあるならばこの場にうずくまってしまいたい。

 顔をほんのり赤らめている自覚を持ちながら、私は残りの準備を終わらせて学校へ向かうのだった。




「エーマっ」

 一時間目の教室に到着するなり、ニッコニコの笑顔でアリスが近づいてくる。こんなの、次に発言してくるであろう内容は誰だって分かるだろう。

「昨日確かめるって言ってたヤツ、どうだった~?」

 ほらね。まあ、来た時点で言わないといけないのは私も分かってたけれども……。

 全力で不満そうな顔を表現したあとで、アリスを誰もいなそうな空き教室に連れていく。

「で、どうだったの?」

 聞いてくるアリスの顔はワクワクで満たされていて、ここまで来て言わないわけにはいかなくなってしまった。私は今にも逃げ出したい恥ずかしさを全力で抑えながら結果を報告する。

「……好きだった」

「えっ?」

「その子のこと、私好きだった! ……もう、なんでこんな恥ずかしい報告を……」

 自分の熱でやけどしそうなくらい顔が熱い。アリスは私がまだ認めないと予想していたのか、驚いた表情のまま。あんまりにもなんのリアクションもないので、思わず「なんか言ってよ!」とつっこんでしまった。

「そうか……エマもとうとう恋を知ることになったんだね」

「なに“成長を感じるお父様”みたいな反応してるのよ」

「だって、やっとこれでエマとちゃんとした恋バナできるし? わたし好きだから、人の恋路を見守るの♡」

 そう言ってふざけるアリスは本当に嬉しそうだった。嬉しそうなところ申し訳ないが、私にはまだアリスに言わなければいけないことが残っている。

 恋したけど、諦めなきゃいけないんだよって言わないと。

「でもちょっと言わないといけないこともあって」

「待って。ねえ、さっきからなんで顔隠してんの」

 私が話を切り出したタイミングで、アリスは話を遮断してぐいぐいと私の顔を覗き込んできた。

「ちょっと、見ないで。絶対変な顔してる」

「そうかなあ? ねえねえエマ、知ってる? ――恋してる女の子って、世界一可愛いんだよ」

 アリスはそう言ってまたニッコリと笑った。私は許嫁の話なんかすっぽり忘れて、気の抜けた笑いが出てしまう。

「ふっ、ふは、なにそれぇ」

「ほんとだって、あははは」

 まだ始まったばかりの一日に、誰もいない空き教室と廊下。私たちの笑い声が響いている。


「キミたちうるさいよー。もう授業始まるよー」

 響きすぎた笑い声で私が珍しく怒られることになったのも、今日はまた笑って流せる気がする。

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