予言と
「――だから、好きではあるけど私はその気持ちを表には出せないってこと」
ひとしきり笑って先生に怒られたあと。私はアリスに言うべきことを思い出して説明した。許嫁がいるのに他の人間に恋をしているだなんて、権力争いに忙しい私やマサ様の親に知れたらどうなるかわからない。
それでも、アリスはまだ諦めきれていない様子であったけれど、幸い彼女が何か言ってくる前に予鈴が鳴ってくれたので、私はそんなアリスの腕を引っ張りながら教室へ向かうのだった。
「ねえねえ、聞いた? あの噂」
「あ、聞いたよ~。あれでしょ、予言の」
昼前の授業もそろそろ後半に差し掛かろうという時間。後ろからひそひそと話し声が聞こえてくる。昼前にもなればだんだん集中力が切れてくるのも分かるけれど、もう少し我慢してほしい。
……とは言いつつ、なんだか気になる会話内容につい私も聞き耳を立ててしまう。
「予言の」とまで聞こえれば、それが指す内容は大体察することができる。
この国の端も端。村などなく、ただ一帯に森が広がっている僻地に、その予言は必ず当たるとされている大魔法使いが住んでいる――。
小さい頃から聞いたことはあるけれど、実際にその魔法使いの姿を見たものはいない。そんな半分伝説のような噂。けれども存在自体はたしかにしているようで、予言がされれば上流階級の方から順番にその話が流れてくるし、実際に流れてきた予言は全部当たっている。
そんな魔法使いが話題に出ているということは、またなにか新しい予言でも告げられたのだろうか。この学校はかなり家の地位が高くないと入れない、いわゆるお嬢様学校のようなものだし、そういった予言の話が流れてくるのも比較的早そうだ。
先生にばれないように、後ろの席に意識を集中させる。ちらりと隣を見ると、アリスも同じく後ろの話に気づいていたようで、聞き耳を立てていた。アリスは普通に先生にばれそうなくらいわかりやすく聞いているけど。
「――でも、どうする? 本当にそうなったとしてさ」
「え~、あたし学校やめて好きなことしたいなあ」
微妙に話の核が見えてこない。肝心の予言の内容が気になるのに……。
話を気にするあまり、ついつい体の重心が後ろに偏っていく。椅子の前脚がそろそろ浮くかなといったところで、嫌な声が聞こえた。
「アーリースーさん? どこを見ているんですか?」
「なんでわたしだけ怒られるのよぉ……」
しょぼしょぼと教室に戻ってきたアリスを苦笑いしながら慰める。「後ろの席の子の会話が……」と言い訳こそしたが、「今はアリスさんに話をしています」と一蹴されてしまったらしい。
この子もいいところの家出身なんだろうけど、結構やんちゃだよな……と過去の叱られ事案を思い返しながら考える。まあ、そういうところが面白くて楽しいんだけど。
「まあまあ……。それより、後ろの子たちは何の話をしてたんだろうね。肝心なところだけ聞けなかったなあ」
「ねー。……って、エマも聞いてたんじゃん! うわ、どうせなら道ずれにすればよかった」
「私はちゃんとばれないように聞いてたもの。一応、授業態度は最高評価もらってるからね!」
そうやって話が弾んでいくうちに、「怒られたこと」だけが記憶に残って噂話のことはだんだんと薄れていく。お昼ご飯を食べる頃には、その話はもうすっかり忘れてしまっていた。
「エマはさ、例の子と普段おしゃべりしたりしてるの?」
隙あらばルーシーの話を入れてくるアリス。思わず食べているものが変なところに入りかけた。諦める話をしてなお、恋バナ自体はしたいらしい。
まあ、「例の子」と一応伏せてくれてはいるし、周りに人もいないからいいか……。
「いや、あんまり。挨拶するくらいで……。言ってなかったかもだけど、うちで働いてくれてる侍女だから」
「身分差じゃん! いいよねぇ、そういう身分の違いから考えにすれ違いが生まれて……」
「アリス、そういう変なストーリーはどこから仕入れてくるの?」
でもたしかに、侍女は侍女側で、身分が上の人に迂闊に恋できないという考え方もありそうだし……。意外と、私が抱えている立場と似通ったところもあるのかな、とついつい真面目に考えてしまう。
もしも、ルーシーもそういう考え方をしているだけで、私に対して好意を持ってくれていたら……なんて、だめだめ。そんなわけないし、考えるだけで恥ずかしくなってきた。
「エマ? 急に黙り込んじゃってどうしたの?」
「えっ、ああ、ごめん」
アリスに言われて、自分が思っていたより長く考え込んでいたことに気づく。
今までこんなことなかったのに、今日は授業も集中しきれてないし、変な考え事しちゃうし、本格的にどうにかなってしまったのかもしれない。
私はぺちんと自分の頬を叩いて、気持ちを新たにする。ルーシーのことは家に帰ってからまた考えればいいし、まずは集中! お昼食べきっちゃおう。
突然目の前で頬を叩いたかと思えば、もぐもぐとお昼ご飯を食べ始めた私を見てアリスは困惑……もとい若干引いていたけれど、謎の対抗心が芽生えたのか同じようにもぐもぐご飯を食べ始めた。お嬢様らしからぬ早食いバトルが何故か開幕した。
***
「え、私早退ですか?」
集中して授業を受けようと意気込んだのもつかの間、教室に戻るなり先生から「エマさん、家の方で用事ができたため早急に帰宅してくださいとのことです」と報告を受けた。
私の頬の痛みはなんのために……と後悔する暇もなく、どうやらもう迎えが来ているらしい。寂しがるアリスに別れを告げながら、急いで荷物をまとめて帰路についた。
「爺や、今日はもともとの予定はなかったはずだけれど。なにか緊急事態でも?」
馬車の中で、私はそう聞いてみる。爺やはうぅん……と言いながら考え込んでしまった。立場的に言える内容とそうでない内容があるからだろうか。
「そこまで詳しくお伝えすることは出来ないのですが……お嬢さまは、“予言の大魔法使い”についてはお聞きしたことがございますかな?」
出た。予言の大魔法使い。授業中の噂話が思い出される。
このタイミングで爺やからその名前が出るということは、噂話となにか関係があるのは間違いなさそうだった。私は、どんな予言がされたのかまで聞きたいと思いながら話を進める。
「ええ、知っているわ。――予言の内容が、私にとって何か関係あるということかしら」
「お嬢さまに直接関係がある、というよりはその予言が間接的にお嬢さまに影響を及ぼすといった方が正しいですかな。もう言ってしまいますが、大魔法使いは今回、こう告げられたのですよ――」
「今日からちょうど一年後の夜十時に世界が滅びる、と」
あまりにも突拍子もない内容に、いわゆる「開いた口が塞がらない」状態になってしまった。
一年後に? 世界が滅びる?
爺やの冗談なのではないかと顔を覗き込んでみるが、いたって真面目といった表情でとても嘘とは思えない。けれども予言の内容に関しては、たしかにさっきの噂話での会話と辻褄が合うような気がした。
だとしても、単なる予言だ。いくら今まで当たってきたからと言って、今回も当たる証拠はない。
「根拠――必ず滅びるという、根拠はあるのかしら」
答えが返ってくるとは思っていなかった。爺やもそんなこと聞かれても困ると。けれど、どうやら爺やはかなり詳しく状況を聞かされていたらしい。思ったよりもしっかりとした答えが返ってくる。
「確証……はないらしいのです。ですが最近、土地から生成される自然魔力のバランスがどうにもおかしいという報告がいくつか来ていたらしく。一年もあれば、過剰な生成によって世界の形を保てなくなる可能性は十分考えられるそうです。……ちょっと難しい話ですが」
「――いえ、なんとなくわかったわ、ありがとう」
土地そのものが母体となり、生成される自然魔力。本格的に学ぶのはもっと上級生になってからだけれど、魔法学の先生の趣味だかなんだかで軽く触れられたことがあるのを思い出す。たしかにその時、生成される魔力のバランスが崩れるとこの世界そのものに大きな影響があるという話をしていた。理論は、よくわかっていないけど。
あれ? それで、結局その予言と私が早退させられたのにはなんの関係があるんだろう。
予言の話は半信半疑とはいえ、自然現象の話なのだから私がどうにかするとか、なにか関われるような問題じゃないような。
聞いてばっかりだけど、爺やにまた聞いてみる。
「それで、結局どうして私は家に帰されたのかしら?」
私が聞くと、爺やは少し言葉に詰まる。さっきまでは割とすぐに教えてくれたというのに、この質問に対する答えはよほど言いにくいことなのだろうか。
爺やは非常に言いずらそうに、目線をずらして答える。
「……その、予言を聞いて、来られているのです」
「どなたが」
「ラクスフォード家の、マサ様です」
私は正直なところ、許嫁のマサ様のことが苦手だった。
許嫁として将来結婚するのも、結婚したのちに共に生活することになるのも、どちらも覚悟して受け入れてはいる。でも、自分の中で自然と生まれる気持ちに関しては、そう簡単に変えられないものがあった。
別に、とんでもなく好みじゃない顔をしているとか、壊滅的なほど性格が悪いとかそういった問題を彼が持っているわけではない。まあ、性格については――ちょっと自分に自信がありすぎるという所はあるけれど。
だからずっと不思議で仕方がなかった。なぜ私はこの人のことが苦手なのだろう、と。
何度考えても結局答えにはたどり着かなかったけれど、もしかしたら私が最初にルーシーを好きになったのと何か関係があるのかもしれない。
ぼんやりそんなことを考えながら馬車を降りる。一旦部屋に戻って、制服からちゃんとした服に着替えないと――。
「や、エマ嬢」
目の前には、すでに準備万端といった様子のマサ様が、私のことを待ち構えていた。
「久しぶりだねぇ、最近中々会う機会がなかったから心配していたんだよ――ボクに会えなくて寂しがっているんじゃないかってね」
「は、はは……。それはそれは、会いたくて仕方がなかったですわ……」
私がマサ様とあまり会いたくなかったのは、こうなるからというのもあった。
まだ許嫁の関係ができて間もない頃。私は両家の関係を重要視するお父様にこう言われたのである。
『万が一にでも失礼なことを言わないように、エマはそうだ――マサ様のことが大好き、というつもりで接しなさい』
つもり、とついているのだから、あくまで私の気持ちの問題であって、口に出す必要はなかったと今考えれば思うのだが、当時の私はなんでも素直に受け取ってしまっていた。
『マサ様大好きですわ~!』
『今日も端正なお顔立ち!』
……今思い出すだけでも恥ずかしい。
さすがに、一、二年もすればそれが間違いだったことに気づき、そんなことは言わなくなったのだけれど……すでに手遅れで、訂正しようにもできぬまま時間が過ぎてしまった。
そう、彼の自己愛的な性格は、もはや私が育てたといっても過言ではないのである。加えて、彼はいまだに私が自分のことを好きでたまらないと信じ切っている。
ごめんなさい、私女の子が好きなんです――。
そういった経緯もあって、私は最近それとなく会う機会を避けていたのだった。
だが、こうして家に来てしまったのだからもう仕方がない。爺やから応接間が空いていることを聞いていたので、そちらに案内する。
とりあえず、早く話を終わらせたい。お茶もお菓子もなにも来ていないけれど、席に着くなり私は本題に入ることにした。
「……それでマサ様、いきなりですがご用件というのは」
「ああ、――これは本当に、エマにとっては苦しい話だと思うんだが」
そう言ってマサ様の顔が曇る。この人の顔が曇ることなんてあるんだ、とどうでもいいところで驚く。
「予言の話は聞いたかな?」
やっぱり、予言についての話なのか。
「はい。爺やからおおまかには」
「それで、一年後には世界が滅びるだろ」
「そうみたいですね……」
「だからボクも、本当に大切な人と残りの時間を過ごそうかと思ってね……」
……ん? なんだか話がよくわからない方向に進んでいるような……。というか、この流れはもしや。
「つ、つまり……?」
「ボクのことを好きでたまらないエマには本っっ当に申し訳ないんだが!」
「ボクとの許嫁の関係を解消してもらいたい!」
「……へ?」
この関係は私のお父様から持ち掛けた話だったらしく、マサ様は言わば「受け入れてあげた」側。本来であれば、お父様に手紙を送るなりなんなりするだけで関係の解消は可能だったらしいのだが、私が好きだと信じているマサ様は、何も言わずに解消すれば私がひどく傷つくだろうと考え、わざわざ報告しにきたようだった。
そういうところはしっかりしている。本当に、自己愛すぎるところを除けば普通に良い男性なのだと思う。私が勝手に苦手意識を持ってしまっているだけで。
とはいえ、好きであるという設定のまま一方的に関係を解消されたとなると、少なからず私にもダメージが入っていた。全然気にすることないのに、失恋した気分だ。失恋したことないけど。
マサ様はあのあとすぐにこの家を去っていて、応接間にいるのは私一人。部屋から出る元気が出ずぐだっとしていると、コンコンとノック音が部屋に響いた。
「はい、どうぞ」
「失礼します、お部屋のお掃除に……あっ」
そう言って入ってきたのはルーシーだった。私を見るなり「あっ」なんていうのだから、まだ気まずさは残っていそうだ。
私も本当なら気まずくて目をそらしてしまいそうだったけれど、今の虚無感しかない私には、部屋に入ってきたルーシーがまるで母性溢れる女神様のように見えて……。
「……ん」
「えっ?」
ボフボフと私は自分の座るソファを叩く。
「ここ、座って」
「で、でもお掃除が……」
「……お願い」
「わ、わかりました」
ルーシーが隣に座るなり、私は彼女の肩に頭を預ける。「ぴえっ」と変な声が聞こえたような気がするけど、まあいいか。
「え、エマさま……。これはいったい、どういう」
頭からたくさんクエスチョンマークが出ているであろうルーシーの質問にはあえて触れなかった。
「私ね、許嫁解消されちゃった」
「えっ……。それは、その……悲しいですよね」
「いや、別に好きじゃなかったからいいの。ただ……」
「ただ……?」
「今まで許嫁の関係を守るために作ってきた“私”とか、お父様お母様の言いつけ通りに過ごしてきた時間とか、そういったものをどう処理していいかわからなくて……。疲れちゃったのかな」
「……ですよ」
頭に柔らかい感触がくる。これは――撫でられてる?
「エマさまはすごいですよ。誰にでも明るく接してくださるし、自分より他人のことを考えられてるし。……処理なんてしなくても、全部無駄じゃないです。ちゃんとエマさまの一部として、そんなエマさまにみんな笑顔にされているんですから!」
「――っ」
思わず涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。さすがにこんなところで泣けるわけがない。でも、ルーシーの言葉は確実に、私を虚無感から救い出してくれたのだった。
「って、すみません! え、エマさまの頭を勝手に撫でるだなんて失礼なことをっ」
「……大丈夫、ありがとう。ね、もう少しだけ、このままでいてもいいかな」
「――はいっ! それが、わたしに今できることなら」
そう言って、十分ちょっとを二人きりで過ごす。
その十分は、私が今まで生きてきた中で一番温かい時間のように感じられた。




