始まり
『遅い!!』
だだっ広い丘の上にある平原。
そこに少し低めのハスキーな怒号が響き渡る。
何だというのだこの女は。来いと言われたから来たというのに。
「そんなに大きな声を出してもリンゴは落ちてきませんよ。師匠。」
近くにりんごの木があるから落とそうと叫んでいるのだ。そう仮定しよう。
どうせなら取ってあげるべきだろうか。
この女ならあの力ですぐに取れるだろうに。
「…師匠。りんごとりま…」
噛んでしまった。
いや、違う。
言いきれなかった。
こんなに大きなリンゴは見たことがない。
『誰のせいで…』
目の前には顔を真っ赤にした女が立っていたのだ。
『…ったく。何回言えばわかるんだい。』
あれから数時間経った。正座で説教を受けている。
なぜ僕はこんなことをさせられているのだろう。
やはり、人間とは分からないものだ。
かくいう僕も人間である。
ただ、珍しい種族だ。
歴史上、おとぎ話としてしか語られていない一族の。
だからこそ普通の人々とは関わった試しがない。この女以外。
「…はい。すみませんでした。」
『全く。あの伝説のラール族の生き残りがこんな奴だとはねぇ。』
なんだこいつ。言い過ぎだろう。いや、仕方の無いことか。
『…まぁ、いいや。あんたは私より寿命が長いんだ。私の方が先に死ぬ。』
ため息をつき、話しながら上を見上げた。
『…だからあんたは一人で生きていける力をつけないとね。』
その言葉は届くことなく空気に溶け込み儚く消えていった。
『…だいぶ上達したじゃないか。』
木の棒を肩にかけながらこちらに向かってそう言い放つ。
「先生のおかげですよ。鬼。」
頭に衝撃が走る。
『誰が鬼だ!!』
どうやらゲンコツを食らったらしい。
たんこぶができたらどうしてくれる。
いや、もう遅いか。
「…なんでそんな酷いことするんだよ〜。」
『…全く。じゃあ、特訓の続きするよ。』
「はーい…」
こんな毎日が続くと思っていた。
この時までは。
──────逃げろ!!!』
低くとも甲高い。切羽詰まった声で目が覚める。
なんだか焦げ臭い。あの女が何か焦がしたのだろうか。
寝ぼけ眼のまま、体を起こし辺りを見回すとそこには
「火?」
火の海が広がっていた。
『…秩序を乱すものには死を。』
その声が聞こえたころにはもう-----
煙と火の中だった。
ゆっくりと目を開け、状況を確認しようと試みると目の前----------いや、正確には体全体だが-----には
「防御結界…?」
状況が呑み込めずに戸惑っていると「逃げろ!!」と声が聞こえる。
あの女だ。
何を必死になって。あなたならすぐにこんな奴ら片付けられるだろうに。
ツッコミを入れていると、余裕のない声で『何してる!早く逃げ----------』
「師匠!!!」
リエンの叫びも虚しく、彼女の目にはガラス状の防御結界と赤黒い液体が散らばる様子しか映らなかった。
『てこずらせやがって。死ね。』
男はその言葉と同時に彼女に向かって、刃物を振り下ろす。
その刹那、仲間の男は見たのだ。
両手を組み合わせて祈るリエンの姿を。
リエンが目を開け、両腕を真横に開いた瞬間----------金属が折れる音が響く。
その方向には神々しいほどの光の球体が師匠と呼ばれる女を包み込んでいた。
『なんだこれは…?』
『なんで刃物が通じない!?』
混乱に陥る中、一人の男が『あいつだ!!』と指をさした。
全員がリエンにに攻撃を仕掛ける。
蛮族が襲い掛かる中、リエンは天に片手を掲げた。
すると、無数の光り輝く白い弾が上空に創造される。
そのまま手を振り下ろした。
光り輝く弾は一斉に降下を開始し、蛮族の体を射抜いていく。
蛮族の剣がリエンの目の前に届いたとき、もうすでに彼は絶命していた。
「ふぅ。」
全てが終わり、師匠である彼女のもとへ走り出す。
魔法を解き、彼女の手当てをしようと、家があったであろう場所まで抱えようとした。
その瞬間-----
『てめぇだけは殺す!!』
剣を振りかぶった男が一人立っていた。
少し反応に遅れ、左手を切りつけられるも何とか回避する。
向かってくる男を迎撃しようと手を合わせる。
男に標準を合わせるが、痛みで集中できず命中しない。
もう、だめだとあきらめた時、自分の背後から
『あたしの弟子に手出すんじゃないよ。』
光線が飛び、その男を撃ち抜いた。
『ぐがぁっ!!!』
情けない声を上げながら絶命していった。
「師匠!!!」
彼女の名前を呼びながら全力で駆け寄る。
急いで手当てをしようと試みるが、師匠と呼ばれる女が手を引き止める。
「何を!?すぐ治療しなければ・・・!」
言い切る前に『もういいんだ。私は助からない。』と遮られてしまった。
『リエン。死に際の私のお願いを聞いてくれるか?』
リエンの顔に手を添え、微笑み、話を続ける。
『たくさんの人と出会い、いろいろな経験をし、人とは-----人とは何かを探してほしい。』
『これは宿題だ。答えが出たらでいい。来年でも再来年でも、来世だっていい。』
『待っている。』
その一言を述べた直後目を閉じる。
僕はこの人に何かをしてあげられたのだろうか。
ダンジョンに捨てられていた僕を拾って育てたこの人に。
僕に生活の知恵と魔法を授けたこの人に。
一度も名前を呼んだことがないこの人に。
何かを返せていたのだろうか。
「わかりました。その宿題。人生をかけて取り組みます。」
「師匠-----いや、オリジェンヌ師匠。今までありがとうございました!!!」
その日、彼女-----いや、オリジェンヌは亡くなる。とても穏やかな顔で、最愛の弟子に抱きかかえられながら。




