『旅立ちと出会い』
広い丘の上にある平原。
そこにはひとつの影が小さい石を見つめていた。
「師匠。家も何もかも、一応直したよ。」
「僕、師匠が怒ったり、笑ったりしてるのを見て何も感じていなかった。」
その影は空を見上げて「でもね、悲しいって感情はわかった気がする。」そう言った。
「これは、師匠が教えてくれた感情だよ。」
オリジェンヌが亡くなってから早2年。
家や畑、周りにあった森の修復。
そして思い出のりんごの木。
この全てを取り戻すべく、尽力していた。
「師匠から出された宿題。しっかりと成し遂げてくるよ。」
旅立ちを祝福するかのように心地よい風が頬を掠める。
「それじゃあ、行ってきます。オリジェンヌ師匠。」
その影──────少女リエンは赤紫色の髪を靡かせながら、墓石に背を向け着実に1歩ずつ踏み出していった。
さて、大きな街に向かうにはある程度の準備が必要だ。
とはいえ、持っていくものだってそこまで多くはない。
家の中を見渡していると「あっ。」と声が出てしまった。
その目線の先には──────
「…師匠。お借りしますね。」
──────オリジェンヌの木剣だった。
その木剣を腰に刺し、数日間の食料を袋に入れてその場所を後にした。
しばらく進んで、分かったことがある。
「…この時期、天気悪いな。」
少しだけ、聞いたことがある。
なんちゃら前線やらなんちゃら雲やらが悪さをして、しばらくは雨続きになることがあると。
雨だけならいいもののこれに強風ときたもんだ。
「…流石にこのまま歩くのは危険そうだなぁ。」
一人でボヤいていると目の前に少し古びた小屋があった。
よし、お願いをしてここで1晩泊めさせてもらおう。
そう決めて、その建物に向かった。
「…ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
音もなく人が中にいる形跡もない。
ただ、鍵がかかってる様子もないのだ。
「…これはどうしたら。」
自分の顔を見てみたい。
誰かがもし居たとして、今の僕の顔を見たら誰もが笑うだろう。
そのくらい悩み困っていたのだ。
1度、このまま街まで進むか悩んだがこの天気だ。
自分の命を投げ出すくらいならまだ、不法侵入の方がいいだろう。
「…仕方ない。」
覚悟を決めて、中に入ろうとするとドアノブが回らない。
「…あれ?」
ドアノブが壊れているのだろうか。
鍵穴がないため、鍵がかかっているわけでも無さそうだが…
数回、扉を開けようとドアノブを捻っていると扉が開いた。
ただ、中に入ろうとすると見えない壁に阻まれてしまう。
「…なるほど。結界か。」
どうりで開かないわけだ。
ただ、結界が張られている以上気安く宿にしていい場所でもない気がしてしまう。
いや、背に腹は替えられない。
結界に手をかざし、解析を始める。
無数の文字がリエンの周りを漂い始める。
「…この結界って。」
リエンがそう言い放った瞬間、結界が破られた。
空いている扉を横目に中に入り、扉を閉める。
念の為に、結界を張り直しておいた。
椅子があった為、そこに腰掛けると目の前のテーブルに何やら手記のようなものが置かれていた。
手に取って開いてみる。
──────○月✕日。私はこの日記が最後になることを悟っている。
これは愛弟子への伝言と今起きている状況を説明するべく書き残そうと思う──────
やはりそうか。ここはオリジェンヌの小屋だったのか。
先程の結界の構築術式がオリジェンヌのものと酷似していた。
その理由が分かった。
「伝言と状況の説明?」
何をそんなかしこまっているのだろう。
──────まず、私は、いや、私たちはこの後襲われるであろうこと。そして、私が死ぬ事。これは必ず起こり得ることだ。
先に旅立つことを許して欲しい。
なぜ狙われたのか。
理由は2つあるがまずひとつ──────
…まぁ、納得だ。
あの時の師匠、オリジェンヌは何故か死ぬことに対する準備が出来ていた。
「…未来視魔法、ねぇ。」
私がどれだけ解析しても取得できなかった魔法だ。
おそらくオリジェンヌ以外使える人間はいないだろう。
ところで狙われた理由ってなんだろう?
軽い気持ちでその次のページへ紙をめくる。
「…え?」
──────この世には魔法が存在しない。
正確には存在しないことになっている。
これは2つ目の理由にも繋がるので2つ目の時に話そう。
では、2つ目だ。
私たちを襲ったのは盗賊でも蛮族でもない。
"魔族"だ。──────
「…魔族。」
昔、なにかの本で読んだことがある。
この知識が正しいのかどうかは分からないが、かつて人間を滅ぼそうと戦をしかけてきた種族。
それが魔族だそうだ。
──────1つ目に書き記した内容と重複するが魔族しか魔法が使えないように各国、街の代表が洗脳されている。
私が魔法を使えているのはその事実に疑問を持ち陰ながら研究を重ねた結果だ。
"魔法を扱えるものは魔族"というレッテルがこの世の中には貼られている。
だから私は魔法は人前で使うなと常々言っていたんだ。──────
「…なるほど。」
どうやら魔族に襲われた理由は魔族以外での魔力を探知されたからなのだろう。
「…僕のせいだな。」
思い返せば師匠はいつも魔力を制御して抑えていた。
探知されないためだろう。
未熟者の僕はそれを無視して魔力を垂れ流していた。
それに──────
──────襲われたのはリエンが魔力を垂れ流していたからではない。
襲われた理由は──────
「…ラール族、か。」
ラールは僕の生まれ故郷だ。
昔、親に呼んでもらった絵本にはこう書かれていた。
─────────"魔法起源の街・ラール"。
──────と、ここまでで分かっただろうか。
私はおそらくリエンに対し宿題を課したであろう。
この手記は我が愛弟子、リエンに渡ることを願って。
リエン、何よりも楽しむんだよ。
オリジェンヌ・ラール・ステイラット────
「…」
少しの沈黙と喉を鳴らす音だけが空間に木霊する。
「…ねぇ、さん…!?」
師匠オリジェンヌはリエンの実の姉だった。
リエンの姉は幼い頃に魔力の基準値を大幅に超え、1人前と評価されるのが早かった。
そのため、幼くして修行の旅に出されていたのだ。
『リエンもお姉ちゃんみたいに頑張るのよ?』
なんて、常日頃から母親に言われていたが、私自身は面識がなかった。
手記を閉じ、新しい空気を求め外へ出る。
上を見上げると先程までの天気が嘘だったかのように光が差し、七色の橋とともに心地よい風が吹いていた。
だが、リエスの目の前は雨で満たされていたのだ。
その晩は酷く重い夜だったが、姉────いや、尊敬する師────から課された宿題を遂行するべく大人しく就寝した。
雨が止み、心地よい空気が流れる朝。
「…行ってきます。」
一言を残し、次の街へ向かうべく1歩を踏み出した。
ここからリエンにはどんな出会いや経験が待ち受けているのだろうか。
寂しさを感じながらもこれから起こる出来事に対して希望を膨らませ、力強く歩みを進めるのであった。
──────『助けてくれぇ!!!』
…何だこの情けない声を上げている男は。
『…おい!そこの美少女!!いや、美魔女!?』
『…どっちでもいい!助けてぇぇ!!!!』
「…はぁ。」
ため息も出る。決心がついて進もうとした時に限ってこうだ。
「…全く。」
『おぉぉぉぉぉい!!!!!』
『だずげでぇ!!!!!!!!!』
男の声は虚しくも洞窟に響いている。
リエンはまだ知らない。
この男がリエンの人生を変える事になろうとは──────




