沈黙
いつからだろう。
知らない番号からの電話に、出なくなったのは。
スマホが震える。画面には、見覚えのない数字の列。
昔なら、とりあえず出ていた。間違い電話かもしれないし、誰かが番号を変えたのかもしれない。もしかしたら、何か面白い用件かもしれない。理由はなくても、可能性はあった。
今は違う。
画面を一瞥して、そのまま伏せる。
留守電に何も残らなければ、それで終わり。残っていたとしても、だいたい想像はつく。
営業、勧誘、アンケート。
世の中には、こちらの都合を考えない用事が思った以上に多いことを知ってしまった。
出なくなった理由も、ちゃんとある。
仕事中にかかってきたら困るし、食事の途中で中断されるのも嫌だ。
それに、知らない誰かに説明するほど、余裕のある時間はもう残っていない。
それでも、少しだけ思う。
昔は、知らない番号の向こう側に、まだ見ぬ世界がある気がしていた。
電話一本で、何かが始まるかもしれないと、ほんの少し期待していた。
今は、始まらない方が安心する。
何も起こらない一日が、ちゃんと終わることの方が大事になった。
知らない番号に出なくなったのは、臆病になったからじゃない。
守るものが増えただけだ。
時間も、気力も、静かな日常も。
スマホはまた沈黙する。
それを確認して、画面を裏返す。
今日も、世界は少しだけ遠い。




