Chapter 24 動き出す歯車
テラはドラムを連れて城へ入った。
レンヌ城の中庭は、かつての荒れ果てた姿が嘘のようだった。
荷車が行き交い、兵が巡回し、職人が木材や鉄材を運んでいる。
壁際では農民たちが脱穀の準備をしていた。
ドラムは周囲を見回しながら歩く。
「しっかし……」
思わず声が漏れた。
「レンヌに人が集まっとるとは聞いてたが、思ってたよりずっと街じゃな」
テラは振り返らない。
主塔の会議室に入ると、マルディナとキレルがすでに席についていた。
テラは短く紹介する。
「ドラムだ。この城で技術者として働いてもらう」
キレルは立ち上がり挨拶をしかけたが、その前にテラの腕に目が止まった。
「テラ……腕が。ドラムが直したのですか」
ドラムは慌てて首を振る。
「いやいや、ワシにこんなのは直せんよ。テラの船が直しよったんじゃ」
マルディナが眉を寄せる。
「船が直す……どういう意味かしら」
テラは答えを濁した。
「細かいことは気にするな」
窓の外へ視線を向ける。
「この城の人も増えてきた。拠点も二つになった。今までより技術で解決すべき問題が増える」
キレルが静かに頷く。
「確かに。今まであまりそういうことに力を入れてきませんでしたね」
テラはドラムを見る。
「ドラムは私が伝える理論を感覚的に理解できる。今後はドラムを中心として技術関係の開発製造を進める」
マルディナはすぐに決断した。
「そういうことなら、この城の工房を使いなさい。鍛冶屋も何人かいるから紹介するわ」
ドラムは軽く頭を下げた。
「それはありがたい」
その日のうちに、ドラムには工房近くの部屋があてがわれた。
その夜。
主塔の部屋には再び四人が集まった。
テラ、ドラム、キレル、マルディナ。
まず口を開いたのはマルディナだった。
「西の拠点、パンポンに三百人いるわ。食料の余裕がなくなってきてる」
テラは聞く。
「今はどうやっている」
「普通よ。麦を刈って、脱穀して、石臼で挽く。皆で手分けしてやってるわ」
テラは少し考えた。
「脱穀と製粉は機械化する。人手は農地拡張と道路整備に回したい」
ドラムが机に身を乗り出した。
「この街は川が近い。水の流れを使えば動力が取れる」
マルディナが眉を上げた。
「水車?」
ドラムは頷いた。
「そうじゃ」
そう言うと、机の上にあった炭をつまみ上げる。
軽く手首を動かし、木の机の上に円を描いた。
大きな輪を描き、その横にもう一つ。
さらに周囲へ小さな円をいくつも描き足していく。
「川の流れで車輪を回す。その回転を歯車で伝える」
描かれた円同士を線で結ぶ。
歯車の列だった。
「脱穀機、石臼、他の機械にも回転を分けられる」
マルディナは自然と身を乗り出していた。
机の上の図を覗き込む。
水車そのものは見たことがある。
川沿いの村には必ず一つはあった。
だが、この図はそれとは違う。
一つの水車から、いくつもの歯車が枝分かれしている。
「水車は見たことあるけど……」
視線を歯車の列に走らせながら言う。
「そんなに色々動かせるの?」
ドラムは炭を持ったまま、図をなぞった。
「水車の回転は速い。これを歯車で落とす」
大きな歯車の隣に小さな歯車を描く。
「回転を落とすと、その分力が強くなる」
さらに別の歯車を描き足す。
「こっちは脱穀。こっちは石臼。回転を分ければ一つの水車で何台も動く」
横で聞いていたキレルが小さく呟いた。
「つまり……水が流れている限り、機械が働き続けると」
ドラムは満足そうに頷く。
「人が麦を運ぶだけでいい」
マルディナはしばらく黙った。
脱穀に回していた人手、石臼につききりだった女たち、その全部が頭の中で別の仕事へ置き換わっていく。
「それが本当に出来るなら、この街の仕事が一気に変わるわね」
ドラムは机の上の歯車の列を軽く叩く。
「問題はここじゃな」
「歯車の精度」
「歯が一つでも狂えば全部噛み合わん」
さらに炭で歯車をいくつか描き足す。
「しかも何枚も必要になる」
マルディナは図を見つめる。
「そんな細かいもの、作れるの?」
ドラムはゆっくり首を振った。
「今の鍛冶技術では難しい」
そう言って、視線をテラに向ける。
部屋の空気が一瞬静かになる。
「歯車の加工は私がやろう。水車の設計から逆算して仕様を決めてくれ」
ドラムは満足そうに頷いた。
キレルが次の問題を出した。
「パンポンとの連絡です。伝令では時間がかかります」
マルディナも同意する。
「篝火だと細かい連絡ができないしね」
テラがドラムを見る。
「何かあるか」
ドラムは少し考えた。
「糸電話かのう」
二人が不思議そうな顔をする。
ドラムは続けた。
「壁を叩くと遠くでは聞こえんが、壁に耳を当てると聞こえるじゃろ」
「同じことを長い金属線でやるんじゃ」
キレルが聞く。
「音を運ぶ……?」
「そうじゃ」
ドラムは説明を続ける。
「レンヌからパンポンまで銅線を埋める。叩いた振動がそのまま伝わる」
「回数や間隔を決めれば連絡になる」
マルディナは腕を組む。
「旗信号の地下版ね」
キレルは言う。
「しかし銅線が問題では」
ドラムはテラを見る。
テラは答える。
「銅の塊があればワイヤーに加工できる」
ドラムは肩をすくめた。
「ほらな」
その夜の話し合いで、水車と地下通信の計画が動き出した。
翌日から作業が始まった。
通信工事は大規模だ。レンヌからパンポンまで、およそ四十キロ。
途中には信号を伝えるための地下中継所も設ける必要がある。
まずは敷設ルートの確認だった。
ドラム、ヴァン、キレルの三人は、朝のうちにレンヌを出た。
城門を抜けると、すぐに森の縁に入る。
この一帯はかつて人の住む土地だったが、今では半ば自然に戻りかけていた。
倒れた石垣。崩れた家屋。
畑だった場所には低い草が広がっている。
馬を進めながら、ドラムは何度も足を止めた。
「この辺りは水はけが悪いな。地下に穴を掘るなら少し避けた方がいい」
キレルは地図を広げる。
「では、もう少し南寄りに回しましょう」
ヴァンは周囲を見回す。
「森が深い。魔物が出るならこの辺りだな」
そうして何度も進み、止まり、地図を直す。
昼を過ぎる頃には、三人はレンヌからかなり離れていた。
なだらかな丘を越えると、視界が開ける。
遠くに湖が見えた。
その東側に、粗末な木柵の集落がある。
パンポンだった。
三人が近づくと、見張りが声を上げる。
門が開き、ロドリックが出迎えた。
だが周囲を見回し、少し残念そうに言う。
「テラ様はこられていないのか……」
ドラムは肩をすくめた。
パンポンの通信場所は洞窟のすぐ近くの指令所だ。
これでレンヌからパンポンまでの敷設地図が埋まった。
レンヌを出てしばらくは南西へ進み、中継地点を経て、北西寄りに伸ばす。
最後に北へ向きを変えてパンポンへ接続する。
地形、距離、魔物の出没を考慮した結果だった。
確認を終えると、三人は再び馬に乗り、レンヌに戻った。
レンヌでは鍛冶屋たちが地下に埋める管を作っていた。
中に入れる銅線。この時代では銅を均一な細線に加工する技術がない。
まして十キロ単位など不可能だった。
工房の中央にテラが立つ。
両手がゆっくり形を変え、細い加工器具のような形になる。
銅の塊を掴むと、金属がゆっくりと伸びていく。
赤い線が床へ落ちる。
途切れない。均一な太さのまま、延々と伸び続ける。
鍛冶屋たちは言葉を失った。
ドラムが小さく笑う。
「未来の鍛冶は便利じゃの」
通信路の掘削も始まった。
ヴァンはシャベルを肩に担ぎ、ルートを何度も確認する。
「この辺りからだよな」
ドラムが頷く。
「まずは真っすぐ西。あの大きな木のあたりまでじゃ」
ヴァンは僅かにイージスを発動させ、シャベルを振り下ろす。
土が飴細工のように削れる。
そのまま走り出すと、溝が一直線に伸びていく。
何度か往復すると、長い掘削路が出来ていた。
ドラムが言う。
「テラもすごいがお前さんもなかなかやるの」
数日後。
レンヌから十キロ地点の中継所までの敷設がようやく完了し、最初の通信実験が行われることになった。
中継所は地上からは目立たないように作られていた。
浅く掘った地下室に木の補強を入れ、壁際に管を通した銅線を引き込み、簡素な木箱の装置を据えてある。
レンヌ側ではマルディナが音声箱の前に立っていた。
その横にはテラとドラム、そして工事に関わった職人たちが集まっている。
十キロ先の中継所にはキレルとヴァンがいた。
箱の前に膝をつき、耳を寄せる。
マルディナが細い棒で箱を軽く叩いた。
カン……
打音一回。
事前に決めていた、異常なしの確認信号だ。
部屋の全員が黙る。
数秒も経たないうちに、十キロ先の中継所でその音が届いた。
キレルは思わず顔を上げた。
予想以上にはっきり聞こえたのだ。
「……聞こえました」
誰に言うでもなく、そう呟いてから、すぐに打音を返す。
カン……
今度はレンヌ側の箱が鳴った。
マルディナが目を開く。
「返ってきたわね」
ドラムが腕を組む。
「十キロなら十分じゃな」
その後も、事前に用意しておいた信号を順に試していく。
敵襲。
規模。
救援要否。
輸送依頼。
物。
数量。
人物の移動予定。
移動要請。
そして、イエスとノー。
単純なやり取りではあるが、伝令に馬を走らせるしかなかったこれまでとは比べものにならない。
キレルの返答はどれも明瞭だった。
音の強弱も、間隔も、十分に判別できる。
マルディナは箱に手を置いたまま、小さく息を吐く。
「十キロ先と、こうして今すぐ話ができるなんてね」
テラは静かに箱を見た。
まだ第一区間にすぎない。
ここから先にもう一つ中継所を置き、さらにパンポンまで伸ばさなければならない。
だが、道筋は見えた。
実験はうまくいった。
第一段階は成功だった。
あとはこの線をさらに西へ伸ばし、次の中継所を経てパンポンまで繋げるだけだ。
【現在の保護対象:2,237人】
【増減:±0人】




