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Chapter 25


レンヌの街。


計画開始から一カ月。

街を流れる水路の脇には、巨大な装置が立っていた。


高さ十メートルほどの水車だ。


その周囲には数えきれない歯車が組み上げられ、木と金属の機構が複雑に絡み合っている。

だが乱雑ではない。すべてが決められた位置にあり、互いに正確に噛み合っていた。


その先には、脱穀機と製粉用の石臼が何基も連結されている。


マルディナは見上げて言った。


「またすごいものを作ったわね」


集まった人々はただ見上げていた。


水車自体は知っている。

だが、これほど巨大で、しかも歯車が無数に組まれた装置など見たことがない。


誰もが言葉を失っていた。


ドラムが堰の前に立つ。


「水路を開いて動かしてみるとしよう」


堰が外された。


溜められていた水が一気に流れ込み、巨大な水車の羽根へ叩きつけられる。


最初の歯車が動いた瞬間、


ゴン……


低い音が響いた。


水車がゆっくり回り始める。


続いて主軸が動き、その回転が隣の歯車へ伝わる。


ギ、ギ、ギ……


木と金属が擦れる音が連なり、装置全体が目覚めていく。


回転はさらに奥へと伝わり、脱穀機と石臼が順に動き出した。


試しに運び込まれた麦束が投入される。


打穀部が規則正しく上下し、麦を叩く。

穂から外れた粒が落ち、選別され、そのまま石臼へ送られる。


回転する石臼が乾いた音を立て、小麦が白い粉となって吐き出されていった。


運び込みと運び出しは人の手だ。

だが、もっとも重い工程は水の力だけで動いている。


人々はただ見つめていた。


マルディナが言う。


「いままでこの作業に何人も関わってたけど、これなら他の仕事ができるわね」


二千人規模の集団が一年分の小麦を確保する場合、脱穀と製粉には常時三十人前後、多い時は四十人近く必要になる。

人力だけなら、それだけの人手が必要になる。


だがこの装置なら、監視と投入、回収を合わせても八人から十人で回る。

二十人以上の労働力が浮く。繁忙期なら三十人近い。


ドラムが満足気に呟く。


「そのうちパンポンにも造ることにしよう」



もう一つの計画も完成していた。


レンヌとパンポンを結ぶ、地下敷設型の打音通信線である。


銅線は第二中継所を経由し、パンポンまで到達していた。

各中継所には通信兵が配置され、受信した信号を次へ送る。


実証実験の日。


レンヌ側にはテラ、ドラム、マルディナ。

パンポン側にはグレイン、ロドリック、キレルがいた。


ドラムは待ちきれない様子で送信機を叩く。


規則正しい打音が銅線を伝い、中継所を通り、パンポンへ送られる。


一分もかからなかった。


グレインが受信を確認する。


「十二時ちょうどにレンヌで鳴らすと言っていた。そこから一分程度しかかかっていない」


ロドリックが頷いた。


「伝えたいことが増えたら音のパターンを追加すればいいだけですしね」


キレルも静かに感動していた。

離れた拠点が、これほど早く情報を交換できる。素晴らしい発明だ。

だが同時に、キレルはこの仕組みから別の課題を考え始めていた。


こうしてレンヌとパンポンの通信は確立された。


数日後、レンヌ。


パンポンの留守はヴァンとロドリックに任せ、グレインがレンヌへ来ていた。


各拠点の状況を共有する会議である。


グレインが報告する。


「パンポンの町造りは基本は終わった。あとは南北に農地を広げるだけだ」


少し笑う。


「ロドリックは人をまとめるのがうまい。変わったこだわりはあるが、人を傷つける類ではないしな」


テラが言う。


「私は行くたびに変な視線を感じるぞ」


マルディナが肩をすくめる。


「だから前に言ったでしょ。そんな格好だからよ」


グレインは続けた。


「パンポンも周囲の生存者を保護している。レグナートが集めた後だからそう増えはせんだろうがな」


キレルが尋ねる。


「ドミナスはどうです」


「静かだ。たまに魔物が出る程度だな。ドミナスは我々が思っているよりずっと数は少ないのかもしれん」


テラが言う。


「例の子供はどうだ」


「カイルか。特に変化はない。レオとは一緒に行動しているが、皆に溶け込む感じではないな」


キレルが言う。


「ただの子供となると、扱いに迷いますね」


テラは淡々と言った。


「覚醒前に殺すのが合理的だが、私でもそこまではしない」


グレインが苦笑する。


「そのはっきり言える性格は羨ましいな。俺も無理だ。しばらく様子見するしかない」


マルディナが言う。


「他に何かあるかしら」


少し沈黙が流れた。


その後、キレルが言った。


「学校を作りませんか」


二人は驚いて顔を向ける。


マルディナが言う。


「この時代にそんな余裕がありますかね」


キレルは強く言った。


「この時代だからです」


「アダムを見たでしょう。彼は学問を極めた先の存在です。彼ほどではなくとも、読み書きや計算ができれば生活の役に立ちます」

「通信も、文字を送れればもっと複雑な情報を扱えます。計算できる人間が増えれば仕事の効率も上がります」


テラが頷く。


「良い案だ。この国の人口は二千五百人弱。周囲に味方はなく敵に囲まれている。一人一人ができることの幅を広げた方が良い」


グレインが言う。


「教えられる者を集めるか」


マルディナが笑う。


「これ、受講者は子供だけじゃなくて大人もよね。あなた大丈夫なの」


グレインは黙った。


数日後、レンヌとパンポンに学校が開かれた。


クラスは読み書きと計算。


教師は知識のある者が交代で担当する。

生徒は子供に限らない。大人も席に着いた。


受講者にはヴァン、レオ、フィオナ、カイル、そして計算クラスにはグレインもいた。

大柄な男が机に向かっている姿は妙に目立った。


レオが笑う。


「おっちゃん、計算苦手なのかよ」


グレインが睨む。


「うるさい……二桁ならいける」


教師役にはマルディナ、キレル、ロドリック、ドラム、そしてテラも加わった。


テラは子供のクラスを受け持つ。


キレルから言われていたことを思い出す。


(優しく教えること。できないことを責めないこと。できることを褒めること)


計算の授業の日。

テラは子供たちの前に立つ。普段より少し優しい表情を作る。


「数字の1と1を足してみましょう。りんごが1個、みかんが1個だと何個かな」


すぐ答える子もいる。首を傾げる子もいる。

理解したように見えても、少し経つとまた分からなくなる子も多かった。


テラは子供たちを見回した。


(人間は高度な知的生命体なのに、なぜこんなに段階を経るのだろうか)


テラは教師として立っているのに、より難しい問題を突き付けられたようだった。



パンポン。


レオとカイルの仕事は北の小麦畑の開拓だ。


農具を運び、モミを運び、土を均し、植える。


カイルはレオ以外とはあまり話さない。

だが仕事は真面目だった。


週に一日は休みがある。休みの日になると、二人はジェニスと森を歩く。


パンポンの森は広い。


古い伝説も多い土地だ。

だが実際に入ると、あるのは深い自然だけだった。


その日は少し遠くまで来ていた。


森の奥へ進むにつれ、木々の密度が増していく。

足元には湿った落ち葉が厚く積もり、踏むたびに柔らかな音がする。


レオは周囲を見回した。


普段歩く範囲より、明らかに静かだった。


鳥の声も少ない。

風もほとんど届かない。


三人はしばらく黙って歩いた。


途中、細い沢を越え、倒木を乗り越え、獣道のような場所を進む。


レオが振り返る。


「ジェニス、この辺って大丈夫なんだよな」


ジェニスは少しだけ首を傾げた。


「……反応はない」


だが、その声にはわずかな迷いがあった。


さらに歩く。


森はますます深くなる。

地面の土も柔らかく、ところどころ斜面が崩れていた。


レオが立ち止まる。


「ちょっと来すぎたか?」


そのときだった。


前方の茂みが揺れる。


低い唸り声。


次の瞬間、茂みを突き破って飛び出した。


獣型の魔物が五匹だった。


レオが叫ぶ。


「ジェニス!」


だがジェニスの反応が一瞬遅れる。接近を感知できなかった。


ジェニスはすぐ短剣を抜いた。

最初の一匹が跳ぶ。喉を切り裂く。


二匹目。

蹴りで逸らし、首を刺す。


だが三匹が一斉に動いた。


「下がって!」


一匹が斜面上からカイルへ飛びかかる。

カイルは恐怖ですくんでしまい動けない。


レオが叫ぶ。


「カイル!」


体当たりで魔物を押し飛ばす。


そのまま二人とも斜面を越えた。


「うわっ――!」


土の斜面をゴロゴロと転げ落ちる。


上ではジェニスが残りを処理していた。


最後の魔物が倒れる。


静寂。


ジェニスはカイルを見る。


カイルが無事で良かったと思うと同時に、今の局面でもドミナスの力が全く発動しなかったことを不思議に感じた。


ジェニスが言う。


「レオを助けに行く」


二人は谷を降りた。


谷底。


レオは土の上に転がっていた。


擦り傷はあるが、命に別状はない。


ジェニスが揺する。


「レオ」


レオが目を開ける。


「いてて……生きてるか俺」


「生きてる」


レオは立ち上がり、周囲を見る。


そのとき、目が止まった。


土壁の影。


小さな洞窟の入口が口を開けている。


三人は目を見合わせた。


【現在の保護対象:2,325人】

【増減:+88人】

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