Chapter 21 西の拠点
ロドリック。
ブルセリアンドの森で生き延びていた生存者たちの代表格の男だった。
年の頃は三十歳ほど。長く囚われの身だったのだろう、伸び放題の無精髭がその生活を物語っている。
しかし眼光は鋭い。
その奥には、人を安心させるような包容力も感じられた。
集団をまとめる者の空気だ。
対面したグレインは、その佇まいにどこか自分と似たものを感じていた。
グレインは事情を一通り説明する。
自分たちがレンヌの勢力であること。
この森を支配していたドミナスはすでに倒したこと。
ここはおそらく安全地帯になっていること。
そして今後、この地を拠点として整備していく予定であること。
残りたい者は残っても構わないということも伝えた。
ロドリックは静かに頷いた。
「……まず、解放してくれたことには礼を言う」
「君らはここを拠点にすると言ったな。残って良いとも」
「ああそうだ」
「それは君らの傘下に入れと言うことか」
グレインは少し困惑したが答えた。
「まぁ結果的にはそうなる。我々はテラという女王を戴いている。まだ国と言えるか分からんが、彼女の国の一員となるというのが正しい」
「なるほど、分かった。その女王と会うことはできるのか」
「ああ、一緒に来ている」
「女王自ら出陣しているのか」
グレインは肩をすくめた。
「自ら出陣も何も、ドミナスを倒したのもテラだ」
ロドリックの表情がわずかに変わった。
興味を引かれたのは間違いない。
だが、それでも軽々しく判断する様子はなかった。
三百人の生存者を預かる立場。
軽い決断はできない。
ロドリックはゆっくりと口を開く。
「提案はわかった。私は代表として話しているが、あくまで臨時だ。各自が好きにすれば良いと思っている。
だが、力を持たない子供や女性も多い。彼らは私が促した方に流れるだろう。
仮に私がここを独立した住処にしたいと言ったら女王は何と言う?」
グレインは少し笑った。
「好きにしろというだろうな。我らの女王はそういう方だ」
ロドリックは少し拍子抜けした顔をした。
「君らはそれで困らないのか」
「この洞窟はドミナスの拠点から少し離れている。お主らがここを住処にしたいなら、我々はあちらを拠点にする。
守ってやれる保証はないが、一緒に来ないかからと言って何かするわけではない。
今までも空振りはあったしな」
ロドリックは黙って聞いていた。
この荒れ果てた世界では、力ある者が弱者を支配するのが普通だ。
しかし目の前の男の話は、それとは少し違う。
レンヌの勢力が生存者を保護して回っているという噂はロドリックも聞いていた。
だが、この荒んだ世界でそんなうまい話があるのかという疑念も、まだ心の奥に残っていた。
やがてグレインが言った。
「代表として簡単には答えられないならそれで良い。テラに会いたいなら紹介しよう」
「会わせてもらえるか」
グレインは頷き、ロドリックを連れて森の方へ歩き出した。
ジェニスも後ろからついてくる。
少し歩いたところでジェニスが言う。
「グレイン様、大丈夫でしょうか……」
グレインは苦笑した。
「俺も同じような決断を迫られた時、テラにぶん投げられて覚悟を決めた。リーダーとはそういうものだ。むしろ好感を持つね」
森を抜けると、開けた場所に出た。
そこに一人の女性が立っていた。
オリーブ色の外套。
白銀の髪。
まだ距離はある。
だが遠目にも分かる。
普通の人間ではない。
近づくにつれて、ロドリックの鼓動が早くなる。
グレインが声をかけた。
テラが振り向く。
その瞬間――
ロドリックは言葉を失った。
(う、美しい……)
絵画から出てきたかのような顔立ち。白銀の髪、翠色の目。
古代の彫刻が動き出したかのようなスタイル。
左腕を失っているように見えるが、それすら神秘性を感じさせた。
ロドリックの中で一つの確信が生まれる。
目の前にいるのは……女神だ。
「ロドリック。無事で何よりだ」
(声も良い……厳しくはっきりした声。しかし傲慢さは微塵も感じない。人々を導く声だ)
グレインが説明を続けようとする。
「テラと直接話したいそうだ。我々と共に来るかを見定めた……」
しかしその言葉が終わる前に、ロドリックは口を開いた。
「お供させてください!」
グレインは思わず声を漏らした。
「え……」
ロドリックは続ける。
「そのお顔、その佇まい……あなたは私が追い求めた美の女神です。
死すまであなたに仕えることを誓います。皆にも合流するよう伝えます!」
「そうか、よろしく頼む」
テラはあっさりと答えた。
ロドリックは続けて尋ねる。
「時にテラ様、その腕は……」
「これか。気にするな。思ったよりやられただけだ」
ロドリックは感極まったように言った。
「我々のために負われた怪我とは! なんと尊い……」
交渉は、あっさり終わった。
ジェニスが小さく言う。
「グレイン様……リーダーとは……」
グレインは遠い目をした。
「リーダーにも色々おる……」
後で聞いたところ、ロドリックは元々美術商だったらしい。
金儲けというより、美へのこだわりが強い男だった。
テラの造形が、その琴線に触れたというわけだ。
グレインは一人つぶやく。
「相変わらず規格外な女王だ……」
ロドリックは戻って皆を説得した。
もちろん美の話は伏せてだが、レンヌの保護活動の噂やキレルの布教の成果もあり、ほぼ全員が合流を決めた。
西の拠点は三百人ほどの集団となった。
テラが言う。
「グレイン、ジェニス。私はヴァンを連れてレンヌに戻りたい。ロドリックと後を任せる」
「わかった」
「承知いたしました」
テラは森の奥へ歩き出す。
ロドリックはしばらくその背中を見つめていた。
やがて白銀の髪は木々の向こうに消えていった。
西の拠点では生存者たちが少しずつ動き始めていた。
グレインは周囲を見渡しながら言う。
「この地を拠点化する。働ける者は基本この地を住まいとして活動してもらいたい。
体の弱い者や子供は、希望があればレンヌに移す」
ロドリックが言う。
「では私もここか……」
ジェニスが答えた。
「それはそうだろうな」
ロドリックは森の方を見る。
「テラ様はここに頻繁にきてくださるだろうか……」
グレインとジェニスは顔を見合わせた。
グレインは少し意地悪そうな顔で言う。
「ロドリック……一応言っておくがテラは人間ではないぞ」
ロドリックは怪訝そうに言う。
「バカなことを。会話したではありませんか」
グレインは肩をすくめた。
「あとで説明してやる……」
ロドリックはふっと表情を引き締めた。
「それはともかく、実は気になることがあります」
空気が少し変わる。
「なんだ」
ロドリックが言う。
「我々の中にある子供がいるのですが、その子が気になりまして……とりあえず見てもらえませんか」
「わかった」
ロドリックの案内で、三人は洞窟の奥へ向かった。
ロドリックが指さす。
「あの子です。身寄りはありません。いつからかこの場所にいたのですが、どうも普通ではない気がします。
最初はレムリアなのかと思いましたがそれも違う気がするのです」
グレインとジェニスは、その子を見た瞬間に足を止めた。
二人は顔を見合わせる。
同じことを感じていた。
レムリアの子――
いや、どこか違う。
顔立ちの奥に見覚えがある。
レグナート。
その面影が、わずかに残っていた。
【現在の保護対象:2,236人】
【増減:±288人】




