Chapter 20 裏切り
巨体となったダルマシオンが床を踏み砕きながら迫る。
振り下ろされた拳を、テラは横へ跳んでかわした。
拳が床を砕き、石の破片が広間中へ飛び散る。
続けて蹴りが来る。
腕で受けた瞬間、凄まじい衝撃が全身を貫いた。
テラの身体が吹き飛び、石壁へ叩きつけられる。外骨格が鈍く軋んだ。
先ほどまでの遠距離振動波とは威力がまったく違う。
ダルマシオンがゆっくり歩み寄る。
巨大な拳が再び振り下ろされる。
テラは床を蹴り、距離を取った。
回避を続けながら観察する。
ダルマシオンの体内では、常に振動が発生している。
その振動が筋力を増幅し、打撃に共振破壊を乗せている。
触れるだけで相手の内部にダメージが入る。被弾は致命傷。
ダルマシオンが笑う。
巨大な拳が振り下ろされる。
空気が唸りを上げた。
テラは回避するが、すぐに追撃が来た。
脚部の振動による加速で、動きが異様に速い。
完全には避けきれない。
腕で受ける。
振動が外骨格を通り、内部構造にまで届く。膝がわずかに沈んだ。
ダルマシオンが楽しげに言う。
「頑丈な身体だ。しかし、いつまで耐えられるかな」
その後も攻撃は続いた。
受け攻め問わず、触れるだけでダメージを受ける。
しかも不規則に波が変化しており、中和は困難。
テラは回避と防御を続けながら思考する。
体内振動を攻略しない限り負ける。
点で打ち消すのは不可能。中和する前にこちらの武器が破壊される。
ならば面――
テラは脚部へ出力を集中させ、一気に距離を詰める。
攻撃をかわしながらダルマシオンの懐へ入り込む。
攻撃はしない。回避だけを続ける。
ダルマシオンは苛立ち、怒りに任せた拳が床を砕いた。その瞬間、テラの身体が跳躍する。
ダルマシオンの上空。
そこで、テラの身体から色が消えた。
これまで彼女の外装にはいくつもの色があった。
黒い装甲、表面を走る青、人工皮膚の肌色、そして白銀の金属光沢。
それらが一瞬で失われる。
残ったのは、鈍い金属の色だけだった。
同時に、テラの身体を覆っていた流体金属がすべて剥がれ、銀色の奔流がダルマシオンへ降り注いだ。
それは床へ落ちずダルマシオンの上半身へ貼り付き、そのまま肩から胸を覆った。
ダルマシオンの振動が走る。
だがすぐに鈍る。
流体金属がダルマシオンの振動に同期し、振幅を拡散させていた。
ダルマシオンの振動が封じられる。
「何だ……これは!」
テラが着地する。
そこに立っているのは、これまでの姿とは違う機械体だった。
黒銀の外骨格。
隙間から見える内部構造。
人型ではあるが、人間の面影はない。
目元のセンサーだけが緑色に光っている。
テラは踏み込んだ。
拳がダルマシオンの腹へ叩き込まれる。
振動防御は働かない。
巨体が揺れる。
ダルマシオンが怒号を上げる。
やぶれかぶれの拳が振り抜かれた。
直撃。
テラの左腕の外骨格が大きく歪み、内部構造が露出する。
しかし、千載一遇の好機。テラは止まらない。
そのまま距離を詰める。
高速で叩き込まれる拳が、ダルマシオンを何度も打ち抜く。
巨体が後退する。
岩のような皮膚が割れ始める。
テラはさらに踏み込む。
破損しているテラの左腕は限界を超え、肩の辺りから引きちぎれた。
構わず右の拳。
渾身の一撃がダルマシオンに深くめり込む。
「お……おお……」
巨体が崩れ落ちた。
ダルマシオンが膝をつく。
荒い呼吸。
やがて口を開く。
「……わかった」
「去ろう……この地から。それで良いだろう」
テラの機械音声が静かに響く。
「攫った人間たちはどこだ」
「知らん……何の話だ」
その言葉に嘘は感じられなかった。
テラが沈黙した瞬間。
ダルマシオンの背後から、強烈な衝撃が走った。
レグナートの腕が、その背中を突き破っていた。
巨体がびくりと震える。
ダルマシオンの口から血があふれる。
背後に立っていたのはレグナートだった。
彼の腕はダルマシオンの体内深くまで突き刺さっている。
レグナートは穏やかな笑みを浮かべていた。
「うまくいったようだな……」
ダルマシオンの声が震える。
「レ……レグナート……貴様っ!」
テラは状況を理解できず、目の前の光景を見ていた。
レグナートはダルマシオンの体内から何かを探るように腕を動かす。
やがてゆっくりと腕を引き抜いた。
その手の中に、小さな物体が握られている。
黒紫に光る結晶。
小さいが、ただならぬ力を感じさせる。
ダルマシオンが呻く。
「レグナート……貴様……これを狙って……」
その時、入口から足音が響く。
グレインがヴァンとジェニスを抱え、広間へ入ってきた。
彼はその場で立ち止まる。
崩れた巨体。
レグナート。
そして、見たことのない機械人形。
「なんだこれは……どういう状況だ……」
グレインの背中越しにヴァンがレグナートを見つめる。
「……レグナート……」
レグナートは満足そうに笑った。
「どういう状況か……という顔をしているな。今の私は気分が良い。少し語ってやる」
「数百年の昔、私の祖先はこの男に仕えていた。いつからか、一族に子が生まれるたび、そのコアを差し出させるようになった。永遠に支配するためだ」
「私も例外ではない」
レグナートは掌の結晶を見る。
「私は長い間、コアを取り戻す機会を狙っていた。だが力ずくで奪うわけにはいかん。そんな素振りを見せれば、コアを破壊されて終わりだからな」
テラが言う。
「だから第三者を利用した」
レグナートは続ける。
「ドミナスは基本的に他のドミナスに関心がない。よほどのことがない限り争わない」
「だが人間は違う。弱いくせに好戦的で、しかも他者のために戦う。面白い種族だ」
視線がテラに向く。
「その人間に加担する強者、数十年ぶりの好機だった」
グレインがつぶやく。
「やはり誘いだったか」
レグナートは肩をすくめる。
「結果的にお前たちも勢力を伸ばせた。悪くない話だろう」
少し間を置き、レグナートは言う。
「おしゃべりが過ぎたな」
掌の結晶が黒く光る。
次の瞬間、それは液体のように崩れ、レグナートの体内へ吸い込まれた。
「さらばだ……我が主よ」
ダルマシオンが叫ぶ。
「ま、まて……レグナ……」
レグナートは静かに手を向け、掌から放たれた魔力が巨体を大きく貫く。ダルマシオンは地面に崩れ落ち、その肉体は風化していった。
静寂。
レグナートが振り返る。
「さて……」
一同が構える。
レグナートは軽く笑った。
「そう構えるな。少なからずお前たちには感謝している」
グレインが睨む。
「……人間たちはどこだ」
レグナートは答える。
「この居城にはいない。少し離れた西の洞窟だ」
その背後で空間が歪み始める。
亜空間。
レグナートはその前に立つ。
「強く勇敢な者たちよ」
振り返る。
「また会おう」
そのまま姿は消えた。
広間は静まり返った。
ダルマシオンを覆っていた流体金属が床を流れるように移動し、テラの身体へ戻っていく。
黒銀の外骨格を覆い、内部構造を包み込む。
やがて、見慣れた姿が戻った。
人工皮膚。
柔らかな外装。
そして白銀の金属光沢。
テラの姿は、再びいつもの女性の形へと復元されていく。
ただ、ちぎれた左腕はそのままだった。
その様子を、グレインたちは言葉もなく見ていた。
誰もが、まだ状況を完全には理解できていない。
やがてグレインが口を開く。
「……西の洞窟と言ったな」
テラが頷く。
「行こう」
広間を出る。夜を超え、外はすでに朝日が昇っていた。
ダルマシオンの拠点の西側の奥、人工的に生成された洞窟の入口。見張りと思しき外の魔物たちは消えた後のようだった。
その奥へ進んでいくと、巨大な空間が広がっており、人の気配が現れる。
気づいた生存者達が怯えた目でこちらを見る。
グレインが息を呑んだ。
「……三百人はいるぞ」
レグナートの言葉は本当だった。
ひとまず近くにいた男に声をかける。
「代表者はいるか」
男は静かに頷き、案内してくれるようだった。
グレインはヴァンをテラ達に預けた。
「まずは俺とジェニスで行ってくる」
外套で隠れているとはいえ、今のテラには左腕がなく、内部機構も露出している。
この状況でいきなり会わせるには刺激が強い。
グレインとジェニスは奥の方へ案内された。
しばらくすると代表者らしき男が現れる。三十歳くらいだろうか。
男は静かに言う。
「私はロドリックだ。君らは何者だ」
囚われの人物とは思えないほど、鋭い眼光をした男だった。
【現在の保護対象:1,948人】
【増減:±0人】




