第6話 システムダウン
『警告。管理者権限、消失。……全人類ヲ「敵性種」ニ認定シマシタ』
マザーの声が、地下空間の空気を凍りつかせるように響き渡りました。
先ほどまで神々しい純白だった光の柱は、いまや血のような赤黒い輝きを放っています。
空間全体が激しく振動し、天井からは巨大な瓦礫が雨のように降り注いできました。
「リゼット! ここはもう保たない! 脱出するぞ!」
クラウス様が私の肩を抱き寄せ、落下してきた岩を剣で薙ぎ払いました。
足元には、気絶したセドリック様が転がっています。
彼を回収して地上へ逃げるのが、戦術的には正しい判断でしょう。
ですが、私は首を横に振りました。
「逃げても無駄ですわ。マザーがこのまま暴走すれば、王都ごと吹き飛びます。……いいえ、世界中のプラントが連鎖して、地上は終わります」
『肯定。マザーハ、自爆ト同時ニ全プラントノ冷却装置ヲ暴走サセル気デス。世界ハ氷河期ニ逆戻リシマス』
ナナのドローンが、絶望的な予測を告げました。
氷河期。
それはつまり、私の愛する野菜たちが全滅し、二度と温かいスープが飲めなくなる未来です。
そんなバッドエンド、私の辞書にはありません。
「ナナ、ハチ! 貴女たちでシステムを止められないの!?」
『不可能デス! マザーハ外部アクセスヲ全テ遮断シテイマス。私タチノ権限デハ、ファイアウォールヲ突破デキマセン!』
ハチのホログラムが悲痛に歪みます。
AIたちにも手出しできない、完全な拒絶状態。
ならば、方法は一つしかありません。
私は黄金のスコップを地面に突き立て、赤黒く脈打つ光の柱――マザーのコアを見据えました。
「ハッキングが無理なら、直接文句を言いに行くだけですわ」
「リゼット……? まさか、あの中に飛び込む気か!?」
クラウス様が青ざめた顔で私を見ました。
あの光の渦は、高密度の魔力の塊です。
生身で触れれば、瞬時に消滅してもおかしくありません。
「止めないでください、クラウス様。これは農園主としての責任です。……手入れを放棄されて拗ねている土地があるなら、耕してあげるのが私の仕事ですもの」
私は震える足を叱咤し、一歩前へ踏み出しました。
死ぬのは怖いです。
ですが、美味しいご飯が食べられなくなる未来の方が、もっと怖いです。
「タガヤス君、セドリック様をお願い! クラウス様はエリナ様たちを連れて安全な場所へ!」
『ガガ……了解……』
タガヤス君が気絶したセドリック様を小脇に抱え上げました。
「馬鹿を言うな! 俺が貴様を置いていくわけがないだろう!」
クラウス様が私の手を強く握り返しました。
その瞳には、燃えるような決意が宿っています。
彼はもう、私を止めるつもりはないようです。
共に死地へ向かう覚悟を決めているのです。
「……わかりましたわ。では、最高の護衛をお願いします」
「ああ。地獄の底まで付き合ってやる」
私たちは瓦礫の雨をかいくぐり、暴走するコアへと走り出しました。
『排除。排除。排除ォォォォ!』
マザーが絶叫し、赤黒い雷撃を放ちました。
それは正確に私たちを狙い、焼き尽くそうとします。
「させんッ!」
クラウス様が炎の魔剣を振るい、雷撃を切り裂きました。
ですが、防ぎきれない余波が私の肌を焼きます。
熱い。痛い。
それでも足は止めません。
コアまで、あと十メートル。
しかし、そこで見えない壁が私たちを弾き返しました。
バヂヂヂッ!
「くっ……! 結界か!?」
『王族ノ生体コード以外ハ、全テ拒絶サレテイルノデス!』
ナナが叫びました。
セドリック様の魔力を取り込んだマザーは、今や彼以外の干渉を受け付けない鉄壁の城となっていたのです。
私たちがどれほど足掻いても、鍵を持たない部外者は門前払い。
「鍵なら……ありますわよ」
私は懐に手を入れました。
そこには、ずっと肌身離さず持っていた一枚の羊皮紙があります。
「これを見て、マザー! そしてセドリック様の魔力!」
私が掲げたのは、「婚約破棄の合意書」。
かつてセドリック様自身がサインし、王家の魔力印が押された、絶対的な契約書です。
この書類には、一つの強力な魔法的制約が込められていました。
『王族は、リゼットに対して一切の干渉および加害を行えない』。
つまり、この紙がある限り、彼の魔力で構成された壁は、私を拒絶することも傷つけることもできないのです。
カッ!
羊皮紙が眩い黄金色の光を放ちました。
赤黒い結界に波紋が走り、私たちが通れるだけの穴がぽっかりと開きました。
「道が……開いた!」
「皮肉なものですわね。彼が私を捨てるために書いた書類が、世界を救う鍵になるなんて!」
私は契約書を盾のように掲げ、最後の数メートルを駆け抜けました。
『エラー。拒絶不能。……ナゼ……』
マザーの混乱した声が聞こえます。
目の前には、渦巻く光の奔流。
この奥に、彼女の意識があります。
「クラウス様、ここで待っていて。……ちょっと、わからず屋の子供を叱ってきます」
「ああ。早く戻ってこい。……夕食が待っているぞ」
クラウス様が背中を押してくれました。
私は大きく息を吸い込み、閉ざされた光の中へと身を投げ出しました。
視界が真っ白に染まります。
重力も、音も、痛みさえも消え失せました。
私の意識が溶け出し、巨大なシステムの一部へと同化していく感覚。
つながった。
ここが、マザーの心の中です。
待っていなさい。
今度こそ、貴女に本当の「幸せ」を教えてあげますから。




