第5話 王の資格、夫の覚悟
キィィン! ドォォォン!!
金属音と爆発音が混ざり合った轟音が、白い空間を震わせました。
「遅い、遅いぞラングレー公爵! それが『氷の公爵』と呼ばれた男の剣か!」
セドリック様の嘲笑と共に、緑色の斬撃が乱れ飛びます。
彼の剣は振るうたびに植物のように伸び、鞭のようにしなり、予測不能な軌道でクラウス様を襲っていました。
それは剣術ではありません。
膨大な魔力に任せた、ただの暴力です。
「くっ……!」
クラウス様が防戦一方になっています。
彼の炎の魔剣がセドリック様の蔦を焼き払いますが、焼いた端から瞬時に再生し、さらに太くなって襲いかかってくるのです。
「どうした、手も足も出ないか! 僕はマザーに選ばれたんだ、無敵なんだよ!」
セドリック様が高笑いし、背中から伸びた無数の植物アームを一斉に突き出しました。
ドカッ!
「がはっ……!」
数本の蔦がクラウス様の防御を抜け、鎧ごと彼を弾き飛ばしました。
クラウス様は地面を転がり、私の足元で片膝をつきました。
口元から赤い血が滴り落ちています。
「クラウス様!」
私は悲鳴を上げて駆け寄りました。
彼の鎧はボロボロで、肩からは血が滲んでいます。
「……来るな、リゼット。下がっていろ」
クラウス様は荒い息を吐きながら、私を背中に隠すように立ち上がりました。
その背中は小刻みに震えていますが、決して逃げようとはしません。
「往生際が悪いな。愛する女の前で無様に死ね!」
セドリック様がとどめを刺そうと、巨大な花の蕾のような砲口を向けました。
中には圧縮された魔力の光が渦巻いています。
「……リゼット。俺は、貴様との静かな生活が好きだった」
クラウス様が剣を構え直しながら、独り言のように呟きました。
「毎朝、貴様が作るスープの匂いで目を覚ます。泥だらけになって笑う貴様を見る。……あの日々を守るためなら、俺はこの命など惜しくはない」
彼の剣が、これまで以上に激しく燃え上がりました。
炎の色が、赤から青へと変わっていきます。
それは、自らの生命力を燃料にした決死の炎。
「やめて! そんな捨て身の戦い方、許可していませんわ!」
私は彼の腕を掴みました。
「貴方は私の夫でしょう? 私を残して死ぬなんて、契約違反もいいところです!」
「だが、このままでは……」
「一人で勝とうとするから無理なのです。……よく見てください。あの男の力の源を」
私はセドリック様を指差しました。
彼の背中から伸び、床下のマザー本体へと繋がっている、太く脈打つ植物のパイプ。
あれがある限り、彼の魔力は無限です。
「エネルギー供給を断てば、ただの温室育ちの王子様ですわ。……クラウス様は正面を引きつけて。裏方は私がやります」
「……リゼット?」
「農家の嫁を甘く見ないでくださいまし」
私は不敵に微笑み、黄金のスコップを握りしめました。
そして、背後に控えていた頼れる相棒に合図を送ります。
「タガヤス君! 『根切り』の時間ですわよ!」
『ガガ……害虫……駆除……!』
修理されたばかりのタガヤス君が、重厚な駆動音と共に動き出しました。
その右腕には、ガーディアンから奪った軍事用ブレードが装着されています。
「小賢しい! まとめて消えろ!」
セドリック様が魔力砲を発射しました。
閃光が迫ります。
「燃え尽きろォォォッ!」
クラウス様が咆哮し、青い炎の斬撃を放ちました。
炎は魔力の光線と激突し、拮抗します。
視界が白く染まるほどのエネルギーの嵐。
セドリック様の注意が、完全にクラウス様へと向いた瞬間でした。
「今です! 行きなさい、タガヤス君!」
私はタガヤス君の影に隠れて突進しました。
狙うはセドリック様の足元、マザーと彼を繋ぐ供給パイプ。
「なっ、ゴーレムだと!?」
セドリック様が気づいた時には、もう手遅れでした。
タガヤス君のブレードが、唸りを上げて振り下ろされます。
ザンッ!!
太い植物のパイプが、一刀両断にされました。
切り口から大量の緑色の液体が噴き出し、セドリック様の絶叫が響きます。
「ぎゃあぁぁぁぁっ! ぼ、僕の力が……力が抜けていくぅぅ!」
供給を断たれたセドリック様の剣から、光が消えました。
再生していた蔦も、枯れ木のように萎れていきます。
「終わりだ、セドリック」
クラウス様が炎の壁を突き破り、距離を詰めました。
その瞳には、憐憫と、王族としての引導を渡す覚悟が宿っています。
「王の資格とは、力を持つことではない。守るべきもののために、泥を被れる覚悟のことだ!」
「ひぃっ、やめろ、僕は……!」
「眠れ!」
一閃。
クラウス様の剣の腹が、セドリック様の鳩尾を強打しました。
あえて刃を使わない、峰打ちです。
「ごふっ……」
セドリック様は白目を剥き、操り人形の糸が切れたように崩れ落ちました。
彼を覆っていた植物の鎧がボロボロと剥がれ落ち、ただの男に戻っていきます。
静寂が戻りました。
クラウス様が剣を収め、肩で息をしています。
私は駆け寄り、彼の体を支えました。
「無茶をしますわね……。でも、素敵でしたわ」
「……貴様こそ。いい度胸だ」
クラウス様が私の頭をポンと撫でました。
私たちは互いに泥と煤だらけで、ひどい格好です。
でも、これが私たちの勝利の姿。
「さて、あとはマザーを……」
私が光の柱を見上げた、その時です。
『……警告。管理者ノ生体反応、消失』
マザーの声が、不気味に響き渡りました。
先ほどまでの平坦な口調ではありません。
壊れたレコードのような、狂気じみた響きを含んでいます。
『システムエラー。制御不能。……人類ハ、ヤハリ不要デシタ』
ズズズズズ……!
空間全体が赤く明滅し始めました。
セドリック様という仮の管理者を失ったマザーが、自律防衛モード――いえ、「人類排除モード」へと移行しようとしています。
「な、なんですの、この揺れは!」
『マスター! 逃ゲテ! マザーガ自爆スル気デス!』
ナナの悲鳴が聞こえました。
どうやら、元婚約者を倒して終わり、というわけにはいかないようです。
最後の収穫作業は、ここからが本番のようでした。
「クラウス様、走れますか?」
「ああ。だが、出口は塞がれているぞ」
「出口なんて目指しませんわ。……目指すのは『中枢』です」
私は暴走する光の柱を睨みつけました。
逃げるのではなく、飛び込む。
この分からず屋のシステムに、私の「いただきます」を叩き込むために。




