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【最終章完結!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
最終章

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第1話 王都、緑に沈む


風に乗って漂ってきたのは、花の香りではなく、熟れすぎた果実が腐る寸前の甘ったるい匂いでした。


ノースガルドを発って数日。

私の愛機、巨大ゴーレムのタガヤス君の手のひらから見下ろした景色に、私は言葉を失いました。


「……これが、王都ですの?」


私の記憶にある王都は、石造りの城壁がそびえ、活気ある市場の喧騒が響く場所でした。

ですが、今、私の目の前にあるのは、緑色の怪物に飲み込まれた廃墟です。


城壁は太いつたに幾重にも絡め取られ、石の肌が見えません。

王城の尖塔ですら、巨大な花のつボみのように植物に覆われています。

街全体が、脈打つような深緑の森に沈んでいたのです。


「ひどい……。街が、食べられているみたいですぅ」


隣でエリナ様が口元を押さえました。

彼女の聖女としての感覚が、この植物たちの異常性を感じ取っているのでしょう。


「植物園にするにしては、センスが悪すぎますわね。手入れが全くされていません」


私は努めて冷静に言いました。

ですが、内心では警鐘が鳴り響いています。

これは自然の浸食ではありません。

何者かが意図的に、急速に植物を成長させ、都市機能を麻痺させたのです。


「リゼット。あれを見ろ」


クラウス様が城門の方を指差しました。

タガヤス君がゆっくりと高度を下げ、私たちは地面に降り立ちました。


城門の前には、数人の衛兵が立っていました。

いえ、立たされていました。


彼らの足元からは、地面から伸びた細い蔦が絡みつき、まるで血管のように肌に食い込んでいます。

そして、彼らの表情は。


「へへ……幸せだなぁ……」

「何も考えなくていい……。お腹も空かない……」


虚ろな目で、だらしなく口角を上げ、よだれを垂らして笑っていました。

彼らの手にある槍は錆びつき、地面に転がっています。


「おい! しっかりしろ! 何があった!」


クラウス様が衛兵の一人の肩を揺さぶりました。

しかし、衛兵は反応しません。

ただ、植物から送られてくる魔力を受動的に摂取し、夢を見ているだけの肉塊になり果てていました。


「……マザーの仕業ですわね」


私は確信しました。

ノースガルドの塔でハチが言っていた「管理」。

それは、人間から思考と労働を奪い、ただ生かしておくだけのシステム。


「働きもせず、悩みもせず、ただ栄養を与えられて眠るだけ。……これを楽園と呼ぶ人もいるでしょうね」


「リゼット……」


「でも、私はお断りです。自分の手で稼ぎ、悩み、選んだ食材で作ったご飯を食べる。それが人間というものです」


私は衛兵の足元に絡みつく蔦を、黄金のスコップで叩き切りました。

プツン、と嫌な音がして、蔦から緑色の体液が溢れ出しました。

衛兵が「あぅ……」と小さく呻き、膝から崩れ落ちます。


「行きましょう。こんな飼育小屋、一秒だって我慢なりませんわ」


私たちは城門をくぐり、街の中へと足を踏み入れました。


大通りもまた、異様な静寂に包まれていました。

店はすべて植物に封鎖され、道端には人々が座り込み、衛兵と同じように蔦に繋がれて幸福な夢を見ています。

まるで、街全体が巨大な苗床になったようです。


『警告。植物カラノ魔力干渉、増大。……取リ込マレナイヨウ、注意シテクダサイ』


ナナのドローンが警告音を発しました。

すると、私たちの侵入に気づいたのか、周囲の植物たちがざわめき始めました。

建物の壁を覆っていた蔦が、蛇のように鎌首をもたげ、私たちに向かって伸びてきます。


「ちっ、迎撃システムか!」


クラウス様が剣を抜き、炎の魔力を纏わせました。

エリナ様も聖なる光のバリアを展開します。


ですが、私は動きませんでした。

ふと、胸ポケットに入れていた「あるもの」が熱を帯びているのに気づいたからです。


「……お待ちになって」


私は制止し、懐から一枚の羊皮紙を取り出しました。

それは、かつてセドリック様にサインさせた「婚約破棄の合意書」。

王家の魔力が込められた、法的拘束力を持つ契約書です。


私がそれを掲げると、襲いかかろうとしていた蔦たちが、ピタリと動きを止めました。

そして、恐れおののくように、サァーッと左右に道を開けたのです。


「道が……開いた?」


クラウス様が驚愕します。


「やはり。この植物たちを操っているのは、セドリック様の魔力パターンですわ」


私は冷ややかに笑いました。


「この契約書には、彼が私に対して『二度と関わらない』『不利益を与えない』という誓約が込められています。彼の魔力で動くこの植物たちは、私を攻撃できないのです」


なんて皮肉なことでしょう。

かつて私を追放するために書かせた書類が、今、最強の通行手形になっているとは。

あの愚かな元婚約者は、自分の首を絞めることにかけては天才的ですわね。


「案内ご苦労様ですこと。さあ、王城まで一直線よ!」


私たちは開かれた緑の道を、堂々と進みました。

植物たちは私を避けるように震え、道端の人々は虚ろな目で私たちを見送ります。


やがて、緑に覆われた王城の前庭にたどり着きました。

そこには、地下へと続く巨大な階段の入り口がありましたが、分厚い樹木の根によって完全に封鎖されていました。


「ここが、マザーへの入り口ね」


『肯定。反応ハ、コノ地下深クニオリマス』


ハチのホログラムが、地下を指し示しました。


「開けようにも、この根は頑丈そうだぞ。俺の剣でも骨が折れる」


クラウス様が根を叩いてみますが、金属のような硬い音が返ってきました。

契約書の効力で攻撃はされませんが、物理的な障害物までは退いてくれないようです。


「ええ。ですから、専門家をお呼びしました」


私は後ろを振り返り、指を鳴らしました。


「タガヤス君! 仕事の時間ですわよ!」


ズズズズズ……ン!!


待機していたタガヤス君が、重厚な足音を響かせて歩み出ました。

彼にとって、植物の根など障害物ではありません。

ただの「開墾対象」です。


『ガガ……除根作業……開始……』


タガヤス君の左腕についた回転鋸のこと、右腕のドリルが同時に唸りを上げました。


ギュイイイイイイン!!


轟音と共に、鋼鉄のように硬い根が、木屑となって吹き飛びました。

タガヤス君は無慈悲に根を切り裂き、ねじ切り、地下への入り口を強引にこじ開けていきます。


「素晴らしいパワーですわ。これなら地下までノンストップです」


数分後。

そこには、地下の闇へと続くぽっかりとした大穴が開いていました。

穴の奥からは、むせ返るような植物の臭いと、冷たい機械的な風が吹き上げてきます。


「……行くぞ、リゼット」


クラウス様が私の手を取りました。

その手は温かく、力強い。

この手がある限り、私はどんな場所でも進んでいけます。


「ええ。セドリック様に、未払いの慰謝料ツケを払っていただきましょう」


私は黄金のスコップを握り直し、タガヤス君が切り開いた闇の中へと、最初の一歩を踏み出しました。

私の安眠を取り戻すための、最後の戦いが始まったのです。


地下の闇が、私たちを飲み込むように口を開けて待っていました。


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