第10話:全ての道は王都へ
パチン、と。
私は愛用の革製トランクの留め具を、少し乱暴に閉めました。
中には、お土産の「雪解けカブ」と「氷魚の燻製」がぎっしり詰まっています。
本来なら、これを持ち帰って農園でゆっくりとレシピ開発に勤しむはずでした。
ですが、今の私の心にあるのは、ワクワク感ではなく、静かな怒りです。
「リゼット様……。本当に行ってしまうのですか?」
レオ王子が、寂しそうな顔で私のコートの袖を掴みました。
背後には、すっかり顔色の良くなったガルド宰相と、国民たちが並んでいます。
彼らにとって、私たちは救世主そのものでしょう。
「ええ、殿下。私にはやらなければならない『害虫駆除』が残っていますの」
私は王子の頭を撫でながら答えました。
ノースガルドは救われました。
ハチ(AI)が管理する塔のおかげで、ここはもう極寒の地ではなく、豊かな温泉大国へと生まれ変わるでしょう。
でも、この平穏は仮初のもの。
王都の地下で何かが起きている限り、私の農園も、この国も、いつシステムダウンするかわかりません。
『マスター。ハチカラノ通信デス』
私の肩に乗ったナナ(ドローン)が、空中にホログラムを投影しました。
そこには、温泉旅館の女将のような着物(データ上の衣装)を着たハチが映っています。
『リゼット様。ドウカ、気ヲツケテ。……王都ノ「マザー」ハ、私タチ端末トハ桁違イノ権限ヲ持ッテイマス』
「あら、怖がらせないでちょうだい。貴女たちのお母様なんでしょう?」
『……マザーニハ、感情ガアリマセン。アルノハ「目的」ダケ。……ソシテ今、ソノ鍵ヲ握ッテイル人間ガ、一人イマス』
ハチが映し出したデータ画像を見て、私は眉をひそめました。
そこに表示されていたのは、見覚えのある、そして二度と見たくなかった男の顔データ。
「……セドリック様」
廃嫡され、北の塔へ幽閉されたはずの元婚約者。
なぜ、彼の生体反応が、王都の地下深く――マザーコンピュータの制御室にあるのでしょうか。
「あいつか。……厄介なことになったな」
クラウス様が剣の柄を強く握りました。
セドリック様自身は無能ですが、彼には王家の血が流れています。
もし、その血が古代システムの「マスターキー」として機能してしまっているとしたら。
愚か者が、核兵器のスイッチを持っているようなものです。
「行きましょう。タガヤス君、エンジンの調子は?」
『ガガ……良好……イツデモ……』
私たちの後ろには、雪かき仕様から長距離移動モードに変形した巨大ゴーレム、タガヤス君が控えています。
その巨大な手のひらに、私たち全員が乗り込みました。
魔導馬車よりも速く、どんな悪路も踏破する、最強の移動手段です。
「リゼットさん! 私も戦いますよぉ! 王都の悪い気を、浄化してみせますぅ!」
エリナ様が拳を握りしめています。
彼女の「育成」の力は、暴走するシステムを鎮めるための切り札になるはずです。
「頼りにしていますわ。……ガルド宰相、温泉の温度管理は任せましたよ」
「うむ! この命に代えても湯加減は守り抜く所存じゃ!」
宰相が敬礼し、レオ王子が大きく手を振りました。
「いざ、出発!」
私の号令と共に、タガヤス君が大地を蹴りました。
ドォォォォン!
猛烈な加速で景色が後ろへと流れていきます。
目指すは南。
全ての因縁が始まり、そして終わる場所――王都です。
風を切る音の中で、私は懐から一枚のメモを取り出しました。
それは、かつてセドリック様にサインさせた「婚約破棄の合意書」。
まだ効力はあるはずです。
「待っていなさい、セドリック様。……いいえ、古代のマザーAIよ」
私は遠くの空を睨みつけました。
「私の安眠と、美味しい食卓を邪魔する者は、たとえ神でも王でも許しません」
黄金のスコップが、朝日を受けてギラリと輝きました。
最強の農家、最強の騎士、最強の聖女、そして最強のAI姉妹。
役者は揃いました。
さあ、最後の収穫の始まりです。
(第4章 完)
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