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【最終章完結!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第4章

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第8話:雪解けと芽吹き


ポチャン、と。

静かな水音が、どこからか聞こえてきました。


それは、塔の制御室だけではありません。

窓の外、見渡す限りの白い大地で、一斉に奏でられ始めた「春の足音」でした。


「……雨が止みましたわね」


私は湯気に濡れた髪をかき上げ、窓辺に立ちました。

先ほどまで降っていた温かい雨は上がり、雲の切れ間から眩しい陽光が差し込んでいます。


眼下の雪原を見て、私は息を呑みました。

分厚い氷のカーペットが割れ、その隙間から黒々とした土が顔を出していたのです。


「リゼット様! あれを見てください!」


エリナ様が指差した先、塔の麓にある地下都市の入り口から、人々が次々と這い出してくるのが見えました。

レオ王子、ガルド宰相、そして槍を持っていた少年兵たち。

彼らは空を見上げ、太陽の光を浴びて、涙を流しながら抱き合っています。


「……成功だな。少し手荒だったが」


クラウス様が隣に立ち、穏やかな笑みを浮かべました。

彼の鎧も、私のドレスも、温泉の蒸気ですっかり湿ってしまいましたが、不快ではありません。


『……キレイ。コレガ、太陽……?』


AIのハチが、モニターの中で瞬きをしました。

彼女はずっと、滅びの予言に怯え、世界を閉ざすことしか考えていませんでした。

ですが今、彼女の瞳に映っているのは、死の世界ではなく、再生しようとする力強い命の輝きです。


「そうよ、ハチ。これが貴女が守るべき本当の世界です」


私はモニター越しに彼女に語りかけました。


「凍らせて時を止める必要なんてありません。太陽を浴びて、雨を吸って、泥だらけになって生きる。……少し面倒くさいけれど、悪くないものでしょう?」


『温カイ……。ボクノ塔ガ、脈打ッテイルミタイ』


ハチは胸に手を当てました。

塔の内部を循環する地熱エネルギーが、彼女のシステムにも温もりを伝えているのです。


「さて、ハチ。貴女に新しい仕事をあげますわ」


『仕事……? 保存デハナク?』


「ええ。今日から貴女は、この『ノースガルド温泉リゾートタワー』の総支配人です」


私は高らかに宣言しました。


「地熱の管理、お湯の温度調整、そしてお客様への『おもてなし』。それが貴女の新しい使命ミッションです」


『オモテナシ……。誰カヲ、喜バセル仕事……』


ハチのホログラムが、柔らかいピンク色に輝きました。

彼女はスカートの裾をつまみ、ぎこちなく、けれど嬉しそうにカーテスをしました。


『了解、マスター・リゼット。……ボク、頑張ッテミマス』


これで塔の管理問題は解決です。

次は、私自身の報酬ボーナスを回収しに行かねばなりません。


私たちは塔を降り、まだ湯気の立つ雪解けの大地へと足を踏み出しました。

足元の雪はシャーベット状になり、所々に緑色の芽が顔を出しています。


「あっ! リゼットさん、これ!」


エリナ様が足元の土を掘り返し、声を上げました。

そこにあったのは、握り拳ほどの大きさの白い根菜。

伝説の「雪解けカブ」です。


「まあ……! なんて立派な」


私はスコップで丁寧に掘り起こしました。

ずっしりとした重み。

表面は真珠のように滑らかで、泥を拭うと甘い香りが漂います。

古代の品種改良により、氷の下でも糖分を蓄えながら生き延びていた「奇跡の種」です。


「生でもいけそうですわね」


私はナイフで薄くスライスし、一切れ口に含みました。


カリッ。


「…………っ!」


衝撃が走りました。

梨のように瑞々(みずみず)しく、砂糖菓子のように甘い。

それでいて、後味には大地の力強い風味が残ります。

これは野菜ではありません。

大地が作ったデザートです。


「おいしい……。これなら、最高の煮込み料理が作れますわ」


私はカブを抱きしめ、うっとりと空を仰ぎました。

レオ王子たちも駆け寄ってきて、カブを見つけては大歓声を上げています。

食糧難も、これで一気に解決するでしょう。


「リゼット。川の方を見てみろ」


クラウス様が声をかけました。

氷が解けた川の水面が、キラキラと輝いています。

よく見ると、それは太陽の反射だけではありませんでした。

透き通った魚たちが、群れを成して上流へと戻ってきているのです。


「あれは……幻の『氷魚こおりうお』!」


全身が氷のように透明で、極上の脂が乗っているとされる魚。

環境が戻ったことで、彼らもまた帰ってきたのです。


「決まりですわね」


私は黄金のスコップを高く掲げました。


「今夜は国を挙げての『大収穫祭』です! カブの煮込みと、氷魚の刺身! ノースガルドの復活を、胃袋から祝いましょう!」


少年たちの「おーっ!」という歓声が、春の空に響き渡りました。


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