第7話:大地よ、熱くなれ
冷凍庫から出したばかりのお肉を、どうやって解凍しますか?
自然解凍? 流水?
いいえ、せっかちな私は電子レンジで「あたため」ボタンを押します。
それも、最大出力で。
塔の制御室には、シューシューと白い蒸気が充満していました。
冷却装置は止まりました。
ですが、数百年かけて冷やされたこの大地は、そう簡単には温まりません。
『報告。冷却システム、完全停止。……デモ、気温上昇ニハ時間ガカカリマス』
正気に戻ったハチが、申し訳なさそうにモニターに表示されました。
『自然解凍マデ、推定五十年。完全ナ生態系復旧ニハ、三百年ヲ要シマス』
「三百年!? 待てませんわ! その頃には私は骨になっていますし、カブも化石になっています!」
私はスコップを床に叩きつけました。
私の寿命があるうちに、この国で温泉卵を食べたいのです。
「リゼット。蒸気が出ているということは、地下に熱源がある証拠だ。だが、このままではチョロチョロと漏れる程度だろうな」
クラウス様が床の亀裂を覗き込みました。
そこからは、生温かい風が吹き上げています。
「ええ。地下深くには、古代の地熱パイプが通っています。ここに来るまでのトンネルで確認済みですわ」
私はニヤリと笑いました。
この塔は「気象管理プラント」。
つまり、冷やす機能があるなら、温める機能、あるいはそのためのエネルギー源が必ず近くにあるはずです。
「タガヤス君。貴方のドリル、まだ回せますわね?」
『ガガ……タガヤス……カクニン……』
「よろしい。ここの床をぶち抜いて、地下の熱源まで直通トンネルを掘るのです!」
「なっ!? リゼット、正気か!?」
クラウス様が驚愕します。
しかし、私は止まりません。
寒さでかじかんだ指先が、限界を訴えているのです。
「エリナ様、結界を最大展開してください! 熱湯が噴き出すかもしれませんから!」
「は、はいっ! わかりましたぁ! 温泉なら大歓迎ですぅ!」
エリナ様はノリノリで金色のドームを展開しました。
準備万端です。
「いきますわよ! オペレーション・マグマ!」
私の号令と共に、タガヤス君が巨大なドリルを床の亀裂に突き立てました。
ギュイイイイイン!!
けたたましい掘削音が響き渡り、氷の床が粉砕されていきます。
タガヤス君は猛烈な勢いで掘り進み、あっという間に深い縦穴を開けました。
穴の奥から、赤い光と、ゴゴゴゴという地鳴りが聞こえてきます。
『警告! 警告! 地脈エネルギー、急上昇! 許容量ヲ超エテイマス!』
ハチがパニックを起こしていますが、もう遅いです。
私は黄金のスコップを穴に向け、土属性の魔力を全力で注ぎ込みました。
地中のマグマ溜まりを刺激し、出口へと誘導するイメージです。
「眠れる大地の熱よ! ここが出口ですわ! 思いっきり吹き出しなさい!」
ドォォォォォォン!!
次の瞬間。
世界が裏返るような爆音と共に、掘った穴から真っ白な柱が噴き上がりました。
それは溶岩ではありません。
地下水脈が一瞬で沸騰し、高圧で噴出した巨大な間欠泉でした。
「きゃあああ! すごい勢いですぅ!」
「熱っ!? 結界がなければ死んでいたぞ!」
熱湯と蒸気の柱は、制御室の天井(冷却装置があった場所)を突き破り、さらに塔の上層へと突き抜けていきました。
塔全体がガタガタと震え、青白かった氷の壁が、熱気でみるみる溶けていきます。
『ピ、ピピ……! 気温上昇! マイナス四〇度カラ、プラス二〇度ヘ! ……イエ、四〇度! 五〇度!』
「あら、少しやりすぎましたかしら?」
気がつけば、制御室はあっという間に巨大な蒸し風呂状態になっていました。
床にはお湯がたまり、足首まで浸かっています。
「ふぅ……。極楽ですわ」
私は思わず、その場にへたり込みました。
冷え切った体に、お湯の温もりが染み渡ります。
硫黄の香りが微かに漂う、極上の源泉かけ流しです。
「……リゼット。ここを『温泉タワー』にするつもりか?」
クラウス様も、諦めたように剣を収め、お湯に手を浸しました。
「悪くありませんわね。各階を違う温度の浴場にして、最上階は展望露天風呂。……ノースガルド観光の目玉になりますわ」
『理解不能……。デモ、ボクノ塔ガ、温カイ……』
ハチが呆然と呟きました。
彼女の氷の体も、熱気で少し溶けかけて、角が取れて丸くなっています。
恐怖で凍りついていた彼女の心も、この強制的な「温め」で解凍できたようです。
窓の外を見ると、塔から噴き出した蒸気が雲となり、ノースガルド全土に温かい雨を降らせ始めていました。
絶対零度の冬が終わり、強制的な春――いえ、常夏の時代が到来したのです。
これで、雪の下のカブも目を覚ますでしょう。
私の安眠と食欲のためのリフォーム工事は、少々ダイナミックすぎましたが、大成功と言ってよさそうです。




