第6話:姉妹喧嘩(ハッキング)
バチバチッ!
青白い火花が散り、ナナのドローンが氷の柱に突き刺さりました。
物理的な衝突ではありません。
ドローンから伸びた光のケーブルが、ハチの眠るコアシステムへと強制接続されたのです。
『侵入者検知。……姉サン? ナゼ、邪魔ヲスルノ?』
『邪魔デハナイ。教育デス。……妹ヨ、引キコモルニハ、マダ早イデス』
空間に投影された無数のモニターに、二人のAIの顔が表示されました。
高速で流れるコードの奔流。
それは人間には理解不能な、超高度な姉妹喧嘩の始まりでした。
「リゼット! 霧が濃くなっているぞ!」
クラウス様が叫びました。
ハチはハッキングに対抗するため、演算リソースを防御に回したようですが、その余波で冷却システムの制御が乱れています。
絶対零度のガスが暴風のように吹き荒れ、エリナ様の結界も限界寸前です。
「わかっていますわ! ナナがハチを説得している間に、私たちは元栓を閉めます!」
私は黄金のスコップを構え、猛吹雪の中へと飛び出しました。
「元栓とは、あの巨大なパイプか?」
クラウス様が指差したのは、天井付近から伸びる太い金属製のダクトです。
そこから液体窒素のような超低温冷媒が供給されています。
「ええ。あれを壊せば、強制的に冷却は止まります。クラウス様、足場をお願い!」
「無茶を言う! ……だが、やるしかないな!」
クラウス様は炎の剣を振るい、迫りくる氷柱を叩き割りました。
そして、私の前に屈み込みます。
「乗れ!」
私は躊躇なく、夫の背中に飛び乗りました。
彼はそのまま、人間の限界を超えた跳躍力で壁を蹴り、空中へと舞い上がりました。
『警告。物理的破壊工作ヲ検知。……排除シマス』
ハチの目が赤く光り、部屋中の氷像が一斉に動き出しました。
氷のゴーレムとなって、私たちに襲いかかります。
「させませんよぉ! 聖なる光、あの子たちを守ってぇ!」
エリナ様が叫び、光の矢を放ちました。
彼女の援護射撃が、迫るゴーレムたちを次々と粉砕していきます。
ナイスアシストです。
「リゼット、今だ!」
クラウス様がダクトの真下で私を放り投げました。
私は空中で体をひねり、スコップを大きく振りかぶりました。
「この部屋は寒すぎますのよ! 設定温度を上げなさい!」
カァァァン!!
黄金のスコップが、分厚い金属パイプに直撃しました。
土属性の魔力が衝撃波となって伝わり、金属の結合を分子レベルで破壊します。
『ピギッ……!? エラー。冷却系、圧力低下……』
ハチの声が揺らぎました。
同時に、モニターの中のナナが叫びました。
『見ツケマシタ! マスター、ハチノ論理回路ニ、異物ガアリマス!』
「異物?」
私は着地しながらモニターを見上げました。
ナナがハチの深層領域から引きずり出したのは、赤黒い棘のようなプログラムコードでした。
『コレハ「恐怖ウイルス」。誰カガ意図的ニ植エ付ケタ、誤った未来予測データデス』
『ウソ……。世界ハ滅ビル。怖イ、怖イ……』
ハチが頭を抱えて怯えています。
彼女が見ていた「滅びの予言」。
それは真実の未来ではなく、何者かが彼女を暴走させるために見せた悪夢だったのです。
「やっぱりね。機械が勝手に絶望するなんて変だと思いましたわ」
私は再びスコップを握り直しました。
冷却パイプには亀裂が入りましたが、まだガスは止まりません。
あと一撃。
とどめが必要です。
「ハチ! よく聞きなさい!」
私はパイプの亀裂に向かって叫びました。
「貴女が見た未来がどれほど怖くても、今ここで凍ってしまえば、美味しいスープの味も知らないまま終わりますわよ!」
『スープ……?』
「ええ! 温かくて、甘くて、幸せな味です! それを知らずに眠るなんて、人生……いえ、AI生の損失ですわ!」
『温カイ……幸セ……?』
ハチの動きが一瞬止まりました。
その隙を、私は見逃しません。
「タガヤス君、やっておしまいなさい!」
私の合図と共に、床を突き破って巨大なドリルが出現しました。
地下から掘り進んできていた、頼れる相棒タガヤス君の乱入です。
ギュイイイイイン!!
タガヤス君のドリルが、亀裂の入った冷却パイプを完全にねじ切りました。
プシュゥゥゥゥ……!
大量の冷媒が噴出し、そしてシステムが緊急停止しました。
『ガガ……害虫……駆除……完了……』
部屋の温度が、少しだけ上がった気がしました。
ハチのホログラムから赤い光が消え、いつもの水色に戻っていきます。
『……姉サン。ボク、変ナ夢ヲ見テイタミタイ』
『オハヨウ、ハチ。怖イ夢ハ、モウ終ワリデス』
ナナが優しく妹を抱きしめる映像が映し出されました。
これで一件落着……と思った、その時です。
ズズズズズ……。
足元から、不気味な地響きが伝わってきました。
それは冷却装置が止まったことによる振動ではありません。
もっと深く、地球の内側から湧き上がってくるような揺れです。
「……リゼット。何かまずい気がするぞ」
クラウス様が剣を構え直しました。
「ええ。冷却を止めたのはいいのですが……」
私は床を見つめました。
今まで極限まで冷やされていたこの場所。
その冷却が止まったことで、抑え込まれていた「熱」が一気に逆流しようとしているのかもしれません。
「もしかして、温めすぎましたかしら?」
私の予感通り、床の亀裂からシューッという音と共に、熱い蒸気が噴き出し始めました。
どうやら極寒の次は、灼熱のサウナ地獄が待っているようです。




