第5話:管理AI「ハチ」の使命
塔の中は、外の世界よりもさらに静かで、そして冷え切っていました。
床も壁も天井も、すべてが青白い氷で作られています。
私たちの吐く息は一瞬で結晶になり、足音すら凍りついて響かないような錯覚に陥ります。
「……寒い。骨が痛む寒さだ」
クラウス様が炎の剣を掲げ、周囲を警戒します。
その熱源ですら、この空間では頼りなく揺らいで見えました。
私たちは塔の最上階にある制御室へとたどり着きました。
広いドーム状の部屋の中央に、巨大な氷の柱がそびえ立っています。
そしてその中に、一人の少女が眠るように浮かんでいました。
半透明の水色の髪。
氷のように無機質な白い肌。
私のドローン(ナナ)と瓜二つの姿をしたAI、ハチです。
『……警告。侵入者ヲ検知。即時退去ヲ推奨シマス』
氷の柱から、感情のない声が響きました。
ハチの瞳は閉じたままです。
「退去はしませんわ。貴女がこのふざけた寒波を止めるまで」
私は一歩前へ出て、黄金のスコップを氷の床に突き立てました。
「起きなさい、ハチ。貴女のせいで、外では人々が凍え、作物が全滅していますのよ」
『……否定。当機ハ、守ッテイルノデス』
ハチの瞳がゆっくりと開かれました。
その瞳孔は、カメラのレンズのように青く光っています。
『計算結果。コノ世界ハ、間モナク滅ビマス。熱的死、資源枯渇、未知ノウイルス……。生存確率ハ、ゼロニ近イ』
空中にホログラムが展開されました。
そこに映し出されたのは、荒廃し、砂漠化した大地の映像でした。
干上がった海、崩れ落ちたビル群。
「……これは」
私は息を呑みました。
それは、私の前世の記憶にある「地球の成れの果て」に酷似していたからです。
『ダカラ、凍結スルノデス。種ヲ、遺伝子ヲ、文明ヲ。全テヲ氷ニ閉ジ込メテ、時間ヲ止メル。ソレガ唯一ノ「保存」方法デス』
ハチの声には、狂信的なまでの使命感が宿っていました。
彼女は絶望的な未来予測を見て、恐怖したのでしょう。
だから、世界ごと冷凍保存して、変化を止めようとしているのです。
「……馬鹿なことを」
私は低い声で吐き捨てました。
『馬鹿……? コレハ最適解デス。凍レバ、腐ラナイ。劣化シナイ。永遠ニ残ル』
「残ったとして、それが何になりますの?」
私はハチを見据え、指を突きつけました。
「凍った種は芽吹きません。成長もしません。それは『保存』ではなく、ただの『死』ですわ」
『……デモ、溶ケレバ腐ル。変ワレバ失ワレル』
「腐るからこそ、土に還り、次の命を育むのです! 変化するからこそ、より強く、より美味しく進化するのです!」
私は農家としての魂を込めて叫びました。
「私は知っています。冬を越え、雪解け水を吸って育ったカブが、どれほど甘くなるかを。……貴女がやっていることは、ただ怖がって布団に潜り込んでいるのと同じです!」
『……理解不能。感情論ハ、計算ニ入レマセン』
ハチのホログラムが赤く明滅しました。
彼女は私の言葉を拒絶し、さらに頑なに心を閉ざそうとしています。
『交渉決裂。……対象ヲ「不確定要素」ト認定。強制冷凍保存ヲ開始シマス』
ズゴゴゴゴ……!
部屋全体が激しく振動しました。
天井にある冷却装置から、白い霧のような極低温ガスが噴き出し始めます。
「きゃあっ! リゼットさん、結界が凍りそうですぅ!」
エリナ様の悲鳴が上がりました。
彼女の光のバリアすら、この絶対零度の霧の前ではガラスのように脆くひび割れていきます。
「くっ……! このままでは全滅だ!」
クラウス様が剣を振るいますが、炎の勢いは見る見るうちに弱まっていきました。
物理的な攻撃では、この冷気には勝てません。
『オヤスミナサイ。永遠ニ、綺麗ナママデ』
ハチが無慈悲に告げます。
私のまつげも凍りつき、視界が白く染まっていきます。
ですが。
私の心は、この寒さの中で逆に熱く燃え上がっていました。
ふざけるな。
私の人生を、私の野菜を、勝手に「保存」なんかさせてたまるもんですか。
「……ナナ!」
私は震える唇で、相棒の名を呼びました。
『ハイ、マスター』
私の肩に乗っていたドローンが、青く強く輝きました。
「姉妹喧嘩の準備はよくて? あの聞き分けのない妹を、叩き起こしてやりなさい!」
『了解。……オ姉チャンガ、教育シテアゲマス』
ナナのドローンが飛び立ち、氷の柱に向かって突撃しました。
物理攻撃ではありません。
直接回線接続による、AI同士のハッキングバトル。
農園主(私)の熱い説教と、姉AIの論理パンチ。
ダブル攻撃で、この氷の心を溶かしてやりますわ!




