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【最終章完結!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第4章

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第3話:激辛外交


頑固な老人を説得するのに、一番効く薬は何だと思いますか?


正論? 涙ながらの訴え?

いいえ、違います。

物理的に「血行を良くすること」です。


「ならん! 断じてならん!」


ガルド宰相の怒号が、地下の広場に響き渡りました。

彼は氷の彫像のように凝り固まった表情で、私を指差しています。


「どこの馬の骨とも知れぬ余所者に、神聖な『氷の塔』を触らせることなどできん! 塔の怒りを鎮めるには、古来より伝わる『鎮めの儀式』しかないのじゃ!」


「儀式、ですか。具体的には?」


「……王家の血を引く若者を、塔のいしずえとして捧げることじゃ」


宰相の視線が、私の後ろにいるレオ王子に向けられました。

王子がびくりと震え、私のコートの裾を掴みます。


「人柱……。つまり、この小さな王子様を生贄にするおつもり?」


私の声温度は、外の気温(マイナス四〇度)よりも低くなりました。

非合理的かつ非人道的。

一番嫌いなタイプの解決策です。


「儂とて辛い! だが、国を救うにはこれしか……!」


「いいえ、違いますわ。貴方はただ、思考停止しているだけです」


私は一歩前へ出ました。


「寒さで脳の血管が収縮して、新しいアイデアが浮かばなくなっているのですわ。……可哀想に。今すぐ治療して差し上げます」


「な、なんじゃと!? 儂をボケ老人扱いするか!」


「いいえ。ただの『冷え性』扱いしています」


私は魔法の鞄から、真っ赤な瓶を取り出しました。

私の農園で採れた唐辛子を、濃縮して作った特製スパイス「レッド・インパクト」。

そして、先ほどレオ王子にも振る舞ったスープの残りに、サイの目に切ったカブと、大量のスパイスを投入します。


グツグツ……。


鍋の色が、優しい黄金色から地獄のような赤色へと変貌しました。

刺激的な香りが立ち上り、周囲の少年兵たちが涙目で後ずさります。


「さあ、召し上がれ。リゼット特製『麻婆マーボーカブ』ですわ」


私はなみなみと注いだ皿を、宰相に突きつけました。


「毒なぞ食わん!」


「毒ではありません。貴方の冷え切った根性を叩き直す、熱意の塊です。……それとも、ノースガルドの戦士は、たかがスープ一杯が怖くて飲めないのですか?」


「……ぬ、ぬかせ!」


安い挑発ですが、プライドの高い彼には効果覿面てきめんです。

宰相はひったくるように皿を受け取り、スプーンで赤い塊をすくいました。


「見ておれ! こんなもの……!」


彼は大きく口を開け、パクりと食べました。


一秒。

二秒。

三秒後。


「ぐ、おぉぉぉぉぉぉッ!?」


宰相の目が飛び出さんばかりに見開かれました。

顔色が青白から真っ赤へ、そして紫色へと高速で変化していきます。


「か、辛い! いや、熱い! 口の中が燃えておるぅぅ!」


「飲み込んではダメですわ。よく噛んで、カブの甘みとスパイスの刺激のハーモニーを感じるのです」


「はふっ、はふっ……! だが、これは……!」


宰相は悶絶しながらも、スプーンを止めませんでした。

なぜなら、辛さの奥にある強烈な「旨味」と、何より久しく感じていなかった「体の芯からの熱」を感じたからです。


滝のような汗が、彼の額から噴き出しました。

分厚い毛皮のコートを脱ぎ捨て、彼はハアハアと荒い息を吐きながら完食しました。


「……ど、どういうことじゃ。体が……燃えるように熱い」


「カプサイシンの効果ですわ。血行が良くなり、代謝が上がり、脳に酸素が行き渡ったはずです」


私は空になった皿を受け取り、ニッコリと笑いました。


「さて、ガルド宰相。頭がスッキリしたところで、もう一度伺います。……まだ、可愛い王子様を殺して、解決した気になりたいですか?」


宰相はハッとして、レオ王子を見ました。

そして、その場にガックリと膝をつきました。


「……すまぬ、レオ様。儂は……寒さと絶望で、どうかしておったようだ」


「爺や……」


「儂とて、レオ様を死なせたくはない。だが、どうすればいいのかわからなかったのじゃ……」


頑固な老人の目から、大粒の涙がこぼれました。

彼もまた、極限状態で追い詰められていただけなのです。

悪い人ではありません。ただ、少し頭が冷えていただけ。


「顔を上げてください、宰相。わからないなら、プロに任せればいいのです」


私は黄金のスコップを担ぎ、自信満々に宣言しました。


「私がその『氷の塔』とやらを攻略し、この国を常春の楽園に変えてみせます。……温泉付きのね」


「お、温泉……?」


「ええ。貴方も好きでしょう? 熱いお風呂」


宰相は涙と汗でぐしゃぐしゃの顔で、コクコクと頷きました。

どうやら交渉成立です。


「リゼット様! ありがとうございます!」


レオ王子が私に抱きついてきました。

クラウス様も「やれやれ」といった顔で微笑んでいます。


これで、国の上層部の許可は取れました。

あとは、元凶である塔へ乗り込むだけです。


「行きましょう。……おや?」


出発しようとした私の肩で、AIのナナが青い光を点滅させました。


『マスター。塔カラノ信号ヲ傍受シマシタ』


「信号?」


『ハイ。……「妹」ガ、泣イテイマス』


ナナの声には、珍しく感情的な色が混じっていました。

塔の管理AI「ハチ」。

どうやら彼女もまた、一人で寒さに震えているようです。


私はコートの襟を立て直し、地下都市の出口へと向かいました。

待っていなさい、引きこもりの管理人さん。

今すぐドアをこじ開けて、熱々のスープを届けに行きますから。


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