第3話:激辛外交
頑固な老人を説得するのに、一番効く薬は何だと思いますか?
正論? 涙ながらの訴え?
いいえ、違います。
物理的に「血行を良くすること」です。
「ならん! 断じてならん!」
ガルド宰相の怒号が、地下の広場に響き渡りました。
彼は氷の彫像のように凝り固まった表情で、私を指差しています。
「どこの馬の骨とも知れぬ余所者に、神聖な『氷の塔』を触らせることなどできん! 塔の怒りを鎮めるには、古来より伝わる『鎮めの儀式』しかないのじゃ!」
「儀式、ですか。具体的には?」
「……王家の血を引く若者を、塔の礎として捧げることじゃ」
宰相の視線が、私の後ろにいるレオ王子に向けられました。
王子がびくりと震え、私のコートの裾を掴みます。
「人柱……。つまり、この小さな王子様を生贄にするおつもり?」
私の声温度は、外の気温(マイナス四〇度)よりも低くなりました。
非合理的かつ非人道的。
一番嫌いなタイプの解決策です。
「儂とて辛い! だが、国を救うにはこれしか……!」
「いいえ、違いますわ。貴方はただ、思考停止しているだけです」
私は一歩前へ出ました。
「寒さで脳の血管が収縮して、新しいアイデアが浮かばなくなっているのですわ。……可哀想に。今すぐ治療して差し上げます」
「な、なんじゃと!? 儂をボケ老人扱いするか!」
「いいえ。ただの『冷え性』扱いしています」
私は魔法の鞄から、真っ赤な瓶を取り出しました。
私の農園で採れた唐辛子を、濃縮して作った特製スパイス「レッド・インパクト」。
そして、先ほどレオ王子にも振る舞ったスープの残りに、サイの目に切ったカブと、大量のスパイスを投入します。
グツグツ……。
鍋の色が、優しい黄金色から地獄のような赤色へと変貌しました。
刺激的な香りが立ち上り、周囲の少年兵たちが涙目で後ずさります。
「さあ、召し上がれ。リゼット特製『麻婆カブ』ですわ」
私はなみなみと注いだ皿を、宰相に突きつけました。
「毒なぞ食わん!」
「毒ではありません。貴方の冷え切った根性を叩き直す、熱意の塊です。……それとも、ノースガルドの戦士は、たかがスープ一杯が怖くて飲めないのですか?」
「……ぬ、ぬかせ!」
安い挑発ですが、プライドの高い彼には効果覿面です。
宰相はひったくるように皿を受け取り、スプーンで赤い塊を掬いました。
「見ておれ! こんなもの……!」
彼は大きく口を開け、パクりと食べました。
一秒。
二秒。
三秒後。
「ぐ、おぉぉぉぉぉぉッ!?」
宰相の目が飛び出さんばかりに見開かれました。
顔色が青白から真っ赤へ、そして紫色へと高速で変化していきます。
「か、辛い! いや、熱い! 口の中が燃えておるぅぅ!」
「飲み込んではダメですわ。よく噛んで、カブの甘みとスパイスの刺激のハーモニーを感じるのです」
「はふっ、はふっ……! だが、これは……!」
宰相は悶絶しながらも、スプーンを止めませんでした。
なぜなら、辛さの奥にある強烈な「旨味」と、何より久しく感じていなかった「体の芯からの熱」を感じたからです。
滝のような汗が、彼の額から噴き出しました。
分厚い毛皮のコートを脱ぎ捨て、彼はハアハアと荒い息を吐きながら完食しました。
「……ど、どういうことじゃ。体が……燃えるように熱い」
「カプサイシンの効果ですわ。血行が良くなり、代謝が上がり、脳に酸素が行き渡ったはずです」
私は空になった皿を受け取り、ニッコリと笑いました。
「さて、ガルド宰相。頭がスッキリしたところで、もう一度伺います。……まだ、可愛い王子様を殺して、解決した気になりたいですか?」
宰相はハッとして、レオ王子を見ました。
そして、その場にガックリと膝をつきました。
「……すまぬ、レオ様。儂は……寒さと絶望で、どうかしておったようだ」
「爺や……」
「儂とて、レオ様を死なせたくはない。だが、どうすればいいのかわからなかったのじゃ……」
頑固な老人の目から、大粒の涙がこぼれました。
彼もまた、極限状態で追い詰められていただけなのです。
悪い人ではありません。ただ、少し頭が冷えていただけ。
「顔を上げてください、宰相。わからないなら、プロに任せればいいのです」
私は黄金のスコップを担ぎ、自信満々に宣言しました。
「私がその『氷の塔』とやらを攻略し、この国を常春の楽園に変えてみせます。……温泉付きのね」
「お、温泉……?」
「ええ。貴方も好きでしょう? 熱いお風呂」
宰相は涙と汗でぐしゃぐしゃの顔で、コクコクと頷きました。
どうやら交渉成立です。
「リゼット様! ありがとうございます!」
レオ王子が私に抱きついてきました。
クラウス様も「やれやれ」といった顔で微笑んでいます。
これで、国の上層部の許可は取れました。
あとは、元凶である塔へ乗り込むだけです。
「行きましょう。……おや?」
出発しようとした私の肩で、AIのナナが青い光を点滅させました。
『マスター。塔カラノ信号ヲ傍受シマシタ』
「信号?」
『ハイ。……「妹」ガ、泣イテイマス』
ナナの声には、珍しく感情的な色が混じっていました。
塔の管理AI「ハチ」。
どうやら彼女もまた、一人で寒さに震えているようです。
私はコートの襟を立て直し、地下都市の出口へと向かいました。
待っていなさい、引きこもりの管理人さん。
今すぐドアをこじ開けて、熱々のスープを届けに行きますから。




