第10話:雪の国からの手紙
「……これは、ただの救助要請ではありませんわね」
私はダイニングテーブルに広げた羊皮紙を指で弾きました。
白いフクロウが運んできた手紙。
そこには、震える文字で北の小国「ノースガルド」の窮状が綴られていました。
異常気象による永久凍土化。
作物の全滅。
そして、制御不能になった古代の「氷の塔」。
「ノースガルドか。北の果てにある、雪と氷に閉ざされた国だな」
クラウス様がホットワインのカップを手に、険しい顔で地図を覗き込みました。
「以前はそれなりに豊かな国だったはずだ。耐寒性の麦や、珍しい根菜が採れると聞いたことがある」
「ええ。ですが、この手紙によると、今は『魔導暖房すら効かない寒さ』だそうです。……注目すべきは、ここですわ」
私は手紙の末尾に押された、蝋封の紋章を指差しました。
そこには、雪の結晶と、歯車を組み合わせた意匠が刻まれています。
『検索完了。……該当データ、アリ』
私の肩に乗ったナナのドローンが、青い光を点滅させました。
『コノ紋章ハ、古代文明ノ「第9環境制御プラント」ヲ示シマス。私(第7プラント)ト対ニナル、気象操作用ノ施設デス』
「やはり。地下で見つけた私の工場と同じ、古代の遺産というわけね」
私の農園にあるのが「食料生産」なら、北にあるのは「気象管理」。
それが暴走して、国全体を冷凍庫に変えてしまっているのでしょう。
「……リゼット。まさか、行くつもりか?」
クラウス様が私の顔を覗き込みました。
その瞳には、心配と、そして諦めが混じっています。
彼はもう、私が何を言い出すか理解しているのです。
「もちろんですわ。放っておけば、この異常気象はいずれここ(ドクロヶ原)にも届きます。私の可愛い野菜たちが凍死するのを、指をくわえて待つわけにはいきません」
私は立ち上がり、窓の外を見ました。
冬の空は鉛色で、ちらほらと雪が舞い始めています。
農園は今、農閑期。
地下プラントの自動化も完了し、私が数ヶ月留守にしても、ナナのサブシステムとタガヤス君がいれば回るでしょう。
「それに、北国特有の食材……『幻の雪解けカブ』や『氷魚』にも興味がありますの。絶滅させるには惜しい食材です」
「……やはり、そっちが本音か」
クラウス様は苦笑し、飲み干したカップを置きました。
「わかった。俺も行こう。公爵家の業務は弟に押し付け……いや、任せてある。妻の『食材探し』に付き合うのも、夫の務めだ」
「あら、頼もしい護衛ですこと」
「あのぉ、リゼットさん……」
ソファでうたた寝をしていたエリナ様が、目をこすりながら起き上がりました。
私たちの話を聞いていたようです。
「私も、連れて行ってくれますかぁ? その『氷の塔』も、きっと寂しがっていると思うんですぅ。私が、光を届けてあげたいなって」
彼女の純粋な碧眼が私を見つめます。
聖女の育成魔法は、暴走した古代システムを鎮める鍵になるかもしれません。
それに、旅先での「人間照明」としても便利です。
「ええ、もちろん。貴女も戦力ですわ、エリナ様。……ナナ、貴女も来なさい。現地のシステムへのハッキングには、貴女の力が必要です」
『了解。メインシステムハ「自動運転モード」ニ移行。私ハ、ドローンアバターデ同行シマス。……初メテノ、お出かけデス』
ナナの声が少し弾みました。
メンバーは決まりました。
私、クラウス様、エリナ様、そしてAIのナナ。
最強にして最恐の「農園視察団」の結成です。
翌朝。
私たちは特注の魔導馬車に荷物を積み込みました。
中には、保存食としての野菜スープの素や、防寒用の毛皮、そして何より大切な「黄金のスコップ」も忘れずに。
「留守は任せたわよ、タガヤス君」
私が声をかけると、農園の入り口に佇む巨大なゴーレムが、『ガガ……リョウカイ……』と片手を上げました。
彼は今や、農園の頼れる番人です。
不審者が来れば、その優しげな熊手で丁重に「排除」してくれるでしょう。
「よし、出発だ!」
御者台に座ったクラウス様が鞭を振るいました。
馬車が雪を踏みしめ、北へと走り出します。
冷たい風が頬を打ちますが、私の心は熱く燃えていました。
北の大地に眠る古代の謎。
そして、まだ見ぬ未知の味覚。
「待っていなさい、氷の塔。私のスコップで、カチカチに凍った大地をふかふかに耕してあげますから!」
こうして、私たちの新たな旅が始まりました。
目指すは極寒の地、ノースガルド。
そこで待ち受けるのが、野菜作りよりも過酷な「世界救済」のミッションだとは、この時の私はまだ、少ししか予感していませんでした。
(第3章 完)
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