第9話:古代野菜の味
宝石のように輝く野菜を、貴方は見たことがありますか?
私の目の前にある皿には、一枚のレタスが乗っています。
ですが、それは普通のレタスではありません。
葉脈の一本一本がガラス細工のように透き通り、内側から淡いエメラルドグリーンの光を放っているのです。
地下プラントでの初収穫。
名付けて「クリスタルレタス」です。
「……リゼット。これを、食べるのか?」
テーブルの向かいで、クラウス様が少し引きつった顔でフォークを握っています。
彼にとって、発光する食べ物は「毒」か「魔物」の認識なのでしょう。
「ええ、もちろんですわ。成分分析はナナにさせましたし、毒性はありません。ただ、栄養価と魔力が普通の野菜の十倍ほど凝縮されているだけです」
『肯定。ビタミン、ミネラル、マナ濃度、全てAランク。摂取すれば疲労回復効果が見込めます』
テーブルの端に止まったナナのドローンが、太鼓判を押しました。
隣ではエリナ様が、「きれいですねぇ~」と目を輝かせています。
「さあ、クラウス様。私の愛する夫として、最初の一口をお願いします」
「……わかった。貴様が作ったものなら、たとえ石でも食べよう」
クラウス様は覚悟を決め、輝くレタスを口に運びました。
ドレッシングはなし。素材の味だけで勝負です。
パリッ。
静寂なダイニングに、小気味よい音が響きました。
クラウス様が咀嚼を続けます。
その眉間の皺が、見る見るうちに解けていきました。
「……なんだ、これは」
「お味はいかが?」
「水だ。いや、最高級の天然水のように澄んでいる。噛んだ瞬間に弾けて、甘みが口いっぱいに広がる……。苦味や青臭さが一切ない」
「大成功ですわね!」
私も一口食べてみました。
シャキシャキとした食感と共に、清涼な風が吹き抜けるような味わい。
土を使わない水耕栽培特有のクリアな味に、エリナ様の育成魔法による濃厚な旨味が加わっています。
「おいしいですぅ! これなら、野菜嫌いの子供でも食べられますよぉ!」
エリナ様も大喜びで頬張っています。
地下プラントの再稼働は、大成功と言っていいでしょう。
これだけの品質の野菜を、季節を問わず大量生産できるとなれば、世界の食糧事情を根底から覆すことができます。
「ふふ。これでリゼット屋の株価はまた上がりますわね」
私が経営者としての皮算用を始めた、その時でした。
「……リゼット。なんだか、体が熱いのだが」
クラウス様が首元のボタンを外しました。
見ると、彼の顔色が……いえ、顔そのものが。
「クラウス様? 貴方、光っていましてよ?」
「は?」
クラウス様の肌が、蛍のようにボゥッと青白く発光し始めていました。
手も、首も、顔も。
部屋の明かりを消しても本が読めそうなほどの輝きです。
「な、なんだこれは!? 俺の体が!」
『警告。マナ濃度ノ過剰摂取ニヨル、一時的ナ「生体発光現象」デス。副作用ハアリマセンガ、約三時間ハ照明トシテ機能シマス』
「照明って……! 人間照明係はエリナだけで十分だ!」
クラウス様が慌てて自分の体をさすりますが、光は消えるどころか増すばかり。
氷の公爵ならぬ、光の公爵の誕生です。
「あら、素敵ですわ。夜の散歩に懐中電灯がいらなくなりますね」
「笑い事ではない! リゼット、なんとかしてくれ!」
夫がLEDライトになってしまっては、安眠の妨げになります(眩しいので)。
私はため息をつき、席を立ちました。
「仕方がありませんわね。じっとしていてください」
私はクラウス様の肩に手を置き、意識を集中しました。
土魔法の基本原理、「アース(接地)」です。
彼の体内に溜まった過剰な魔力を、私を介して地面へと逃がすのです。
「土よ、過分な力を受け取りなさい」
私の足元から、微かな振動が床へと伝わりました。
数秒後。
クラウス様の体から光がスゥッと引いていき、元の精悍な顔色に戻りました。
「……助かった。一生光り輝く男になるところだった」
クラウス様がげっそりとした顔で椅子に座り直しました。
どうやら、クリスタルレタスは一般販売する前に、魔力含有量の調整が必要なようです。
「食べると光るサラダ」として売り出せば、パーティーグッズとしては受けるかもしれませんが。
「でも、可能性は感じましたわ」
私は残ったレタスを見つめました。
「このプラントなら、飢えに苦しむ土地へ、すぐに栄養価の高い食料を届けられます。……ナナ、生産ラインの調整を頼めるかしら?」
『了解。魔力濃度ヲ低下サセ、代ワリニ成長速度ヲ倍増サセル設定ニ変更シマス』
「ええ、それでお願いします」
和やかな夕食の時間が過ぎていきました。
トラブルはありましたが、古代の遺産は確実に私たちの未来を明るく照らしています。
その夜。
窓の外から、コンコンとガラスを叩く音がしました。
「……鳥?」
私が窓を開けると、そこにいたのは一羽の白いフクロウでした。
寒さに震えるその足には、見慣れない紋章のついた手紙が結ばれています。
「北の国からの使い……?」
私は手紙を解き、封を開けました。
中には、震える筆跡で書かれた短いメッセージと、一枚の枯れた葉が入っていました。
『氷の大地を救ってください。私たちの「塔」が、暴走しています』
シュタイン教授の捨て台詞が、現実のものとなって私の手元に届いたのです。
どうやら、私の野菜作りは、一箇所の農園だけでは完結しない運命にあるようでした。




