第8話:聖女とAIの奇妙な友情
「ナナちゃん、こっちの角度はどうですかぁ?」
『計算完了。エリナ、右へあと三度ズレてください。そうすれば、光合成効率が十二パーセント向上します』
「はぁい、わかりましたぁ!」
地下プラントの温室エリア。
そこには、信じられないほど平和で、かつ恐ろしいほど効率的な光景が広がっていました。
私は腕組みをして、その様子を満足げに眺めました。
エリナ様は作業着姿で脚立に登り、手から温かな金色の光を放っています。
その周囲をブンブンと飛び回っているのは、手のひらサイズの球体ドローン。
AIのナナが、移動用の小型端末に意識を移した姿です。
「素晴らしい連携ですわね」
『肯定。エリナの魔力波長は、当プラントの育成ライトと九十九パーセント適合します。非常に優秀な外部電源です』
ナナのドローンが私の肩に止まりました。
彼女の音声はスピーカー越しですが、どこか弾んでいるように聞こえます。
「外部電源呼ばわりはどうかと思いますけれど……。でも、野菜たちの成長速度が桁違いですわ」
目の前の畑では、昨日植えたばかりのレタスが、もう青々とした葉を広げていました。
古代のテクノロジーによる環境制御と、聖女の育成魔法。
この二つが組み合わさった今、私の農園は世界最強の「野菜工場」へと進化したのです。
『マスター。提案があります』
「なんでしょう?」
『現在の生産ペースを維持するため、エリナには今後、二十四時間体制で発光してもらうことを推奨します。睡眠時間は不要です』
ナナが淡々と恐ろしいことを言いました。
効率至上主義のAIらしい発想ですが、それはブラック企業の思考です。
「却下です。人間は機械ではありません。休みなしで働けば、性能が落ちて、最悪の場合は壊れてしまいます」
『壊れる……? メンテナンスでは直らないのですか?』
「ええ。心の摩耗は、部品交換では直りません」
私は脚立から降りてきたエリナ様に、冷たいタオルとスポーツドリンクを渡しました。
「ふぅ……。ありがとうございますぅ。でも、私ならまだいけますよぉ?」
エリナ様も、少しハイになっているようです。
かつて教会で酷使されていた名残でしょうか。
役に立つことに喜びを感じすぎて、自分の限界を無視する癖がついています。
「いいえ、休憩です。ナナ、貴女もスリープモードに入りなさい」
『スリープ……? 私は電源があれば稼働できます。休む必要性は理解不能です』
ナナのドローンが不思議そうに首(カメラ部分)を傾げました。
「休むのも仕事のうちです。良いですか、ナナ。貴女たちには『有給休暇』という権利を与えます」
「ユウキュウ……?」
『未登録単語デス』
二人がキョトンとしています。
私は人差し指を立てて、経営者として教育的指導を行いました。
「何もしない時間を作ることで、次の仕事の質を高めるのです。例えば、エリナ様なら美味しいお菓子を食べて幸せを感じる。ナナなら、過去のデータ整理をして思い出に浸る。……それが、心を豊かにし、結果として良い野菜を作ることに繋がるのです」
『心を、豊かに……』
ナナが小さく呟きました。
彼女はドローンを操り、エリナ様の肩にちょこんと着地しました。
『エリナ。貴女は、何をしたいですか?』
「えっ、私ですかぁ? うーん……。ナナちゃんと、おしゃべりがしたいです。仕事の話じゃなくて、もっとどうでもいい話を」
『どうでもいい話。……非効率的です。ですが、マスターの命令なら実行します』
「ふふ。じゃあ、まずは『恋バナ』から始めましょうかぁ? 私、クラウス様とリゼットさんの馴れ初めが気になってて……」
『検索開始。ログデータ参照……』
二人は仲良く連れ立って、休憩スペースのソファへと向かっていきました。
聖女と古代AI。
生まれも種族も違いますが、どちらも「道具」として扱われてきた過去を持つ者同士。
案外、良いコンビになるかもしれません。
「……やれやれ。私のいないところで、変なデータを共有しないで欲しいものですけれど」
私は苦笑しながら、青々と茂るレタスに触れました。
指先に、微かな魔力の脈動が伝わってきます。
この地下で作られた野菜には、地上のものとは違う、不思議な力が宿り始めていました。
それはきっと、彼女たちの純粋な「育てたい」という想いが結晶化したもの。
「さて、初収穫が楽しみですわね」
私は黄金のスコップを握り直し、大きく伸びをしました。
古代の遺産は、もう兵器ではありません。
私たちの新しい家族であり、頼もしい相棒になったのですから。




