第5話:害虫駆除モード発動
ウゥゥゥゥゥ……!
耳をつんざくような警報音が、地下プラント全体に鳴り響いていました。
先ほどまで青白く静かだった照明は、毒々しい赤色に変わり、点滅を繰り返しています。
『警告。害虫発生。害虫発生』
AIナナの声が、壊れたレコードのようにリピートされました。
天井から降りてきた無数の銃口が、ギギギと音を立てて私とエリナ様に狙いを定めます。
「ひぃっ! リゼットさん、あれ、絶対に殺す気ですぅ!」
エリナ様が私のガウンの裾を掴んで震え上がりました。
確かに、見た目は凶悪なガトリングガンのようです。
ですが、ここは農業プラント。
あれは「高出力除草レーザー」です。
雑草を根元から焼き切るための機械ですが、人間が当たれば消し炭になることにかわりはありません。
「……まったく。せっかくの設備を、こんな乱暴な使い方にするなんて」
私は舌打ちをして、黄金のスコップを構えました。
シュタイン教授の雑なハッキングのせいで、ナナの論理回路が焼き切れ、敵味方の識別ができなくなっているのです。
シュパッ!
乾いた音と共に、赤い熱線が発射されました。
「土壁!」
私は瞬時にスコップで床を叩き、土の壁を隆起させました。
ジュッ、という音と共に、土壁の表面が赤熱し、溶けていきます。
恐ろしい威力です。
あんなものを浴びたら、私の美肌も台無しですわ。
『排除。排除。作物を守るタメ、不純物ヲ焼却シマス』
ナナのホログラムが明滅し、彼女の目からハイライトが消えていました。
彼女は今、必死に「農園」を守ろうとしているのです。
ただ、その守るべき対象の認識がバグっているだけで。
「リゼット! 大丈夫か!」
通信機からクラウス様の焦った声が聞こえました。
背景には剣戟の音が混じっています。
彼も地上で、教授が雇った傭兵たちと戦っている最中です。
「なんとか耐えていますわ。ですが、このままではジリ貧です」
「あの教授を止めればいいのか?」
「いいえ。教授を止めても、暴走したシステムは止まりません。内部からナナの意識を正常化させる必要があります」
私は土壁の影で、次の手を考えました。
ナナを再起動させるには、彼女の中枢システムにアクセスし、私の「管理者権限」を強制的に上書きする必要があります。
ですが、今の彼女はエネルギー不足で不安定。
私のアクセスに耐えられるかどうかわかりません。
安定した電力……いえ、魔力が必要です。
それも、ナナのシステムと親和性の高い、純粋で膨大なエネルギーが。
私はチラリと横を見ました。
そこには、恐怖で涙目になりながらも、必死に祈りを捧げている聖女様がいました。
(……あ、ここに高性能な『電池』がいましたわ)
私はエリナ様の肩をガシッと掴みました。
「エリナ様。お仕事の時間です」
「えっ? い、嫌ですぅ! 私、戦えません!」
「戦うのではありません。ただ、そこに立って『光る』だけでいいのです」
「光る……?」
説明している暇はありません。
私はエリナ様の手を引き、レーザーの雨をかいくぐって、部屋の中央にある制御コンソールへと走りました。
「きゃあぁぁぁ!」
悲鳴を上げるエリナ様を、私はコンソールの接続ポートの前に立たせました。
そこは、以前の所有者が魔力を供給していたと思われる水晶板です。
「さあ、この板に手を置いて! そして、いつものように『美味しくなあれ』と念じて魔力を流し込むのです!」
「そ、そんなことで止まるのですかぁ!?」
「止まりはしません。でも、ナナが正気を取り戻すための『栄養ドリンク』にはなりますわ!」
エリナ様は半信半疑ながらも、震える両手を水晶板に乗せました。
「お、美味しくなあれ……! ナナちゃん、元気になってぇ……!」
カッ!
エリナ様の掌から、温かな金色の光が溢れ出しました。
それは水晶板を通じて、瞬く間にプラント全体へと広がっていきます。
彼女の持つ「育成」の魔力。
それは、傷ついたシステムを修復し、枯渇したエネルギーを満たす最高の特効薬です。
『ピ……? エネルギー充填率……上昇……』
ナナの赤いホログラムに、一瞬だけ青い光が混じりました。
攻撃の手が緩みます。
今です。
「よくやりました、エリナ様! そのまま続けて!」
「うぅぅ……吸われますぅ! 私の魔力が吸い尽くされちゃいますぅ!」
「あとで特上イチゴパフェをご馳走しますから、耐えなさい!」
私はその隙に、メインモニターの前に立ちました。
画面には、無数のエラーコードと、シュタイン教授が送り込んだウイルスプログラムがせめぎ合っています。
キーボード操作では間に合いません。
もっと直接的に、私の意志をナナに叩き込む必要があります。
「……仕方ありませんわね」
私は覚悟を決め、コンソールの横にある「ダイブ用ヘッドセット」を手に取りました。
前世の記憶にあるVRゴーグルのような形状。
これを被れば、意識を直接システム内部に投影できるはずです。
危険な賭けですが、私の可愛い農機具を救うためなら安いものです。
「クラウス様。少しの間、留守にしますわ」
私は通信機に向かって短く告げました。
「おい、何を刷る気だ!?」
「電脳世界へ、ちょっと説教に行ってきます」
私はヘッドセットを頭に装着し、意識を集中しました。
視界が暗転し、体がふわりと浮くような感覚。
次の瞬間、私の意識は肉体を離れ、光の渦の中へと吸い込まれていきました。
待っていて、ナナ。
今すぐ、その頭の中のバグ(害虫)を、私が駆除してあげますから。




